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すがる気持ちを持て余す

 次の日。雫は眼鏡、理玖は帽子で簡単な変装をして、念のために上着を交換し駅へ向かった。メガネと面識のない雫に変装は必要ないはずだが、理玖の服に口を出しながら自分の服もいじっていた。

「さすがに楽しいね~」

 眼鏡をいじってニヤニヤしながら、雫は辺りをきょろきょろ見回している。探偵ごっこに舞い上がっているんだろう。理玖は雫の動きに注意を払いながら、スマホで玉乃と連絡を取っていた。「ついた! サングラスしてる!」ときたので、雫に伝えて理玖も探し始める。

「お。あれじゃん」

 雫が腕をぶらんと下ろしたまま指だけで示した。やっほーと手を振りながら背の高い人が歩いてくる。一瞬、誰? と戸惑ったが、ヒールで高くなっていると気が付いて玉乃だと納得できた。「走って帰る」が常の彼女にとって大敵であるはずの靴を履いて、それに合わせた全身真っ黒の服を着ている。

「それ変装?」理玖が尋ねた。

「うん。イケイケでしょ」

 理玖の後ろで雫が音無く笑っている。「失礼だなあ」と玉乃が咎めると、くるっと背を向けた。

「二人と違って私はすぐバレちゃうんだから、これぐらいでいいの。それで、いた?」

 玉乃の質問に理玖が首を横に振る。

「まだ。第一、人多すぎ」

「え、あそこにいるじゃん」

 理玖の言葉に背後の雫が反応した。まだ笑いながら遠くのビル前を指差す。

「どれぇ?」「だれ……」

 理玖と玉乃はそろって目を凝らしたものの、行きかう人も立ち止まっている人も多すぎた。二人共、見つけられずに首をかしげる。

「まだ彼氏ひとりだから。誰かと合流したら教えるね」

 観察は見えている雫に任せて、能力不足の二人は少し離れた。飲み物を買って理玖が玉乃のコーデ写真を撮らされていると、雫から電話がかかってきた。

「動いた。三人だと多いし、理玖と渡部さんで俺のこと追っかけて」

「了解」

 通話を切り、喉を潤していた玉乃を連れて尾行の尾行を開始した。

「知り合いと合流したのかな?」

「さあ……」

 雫をつけながらチラチラと先の様子を伺ってみるが、変わらずどこにメガネがいるのか分からない。当然、知り合いの姿も分からないまま歩いていくと、雫がアミューズメントパークの入り口付近で立ち止まった。

「どうすんの、Uターンすりゃいいの?」

 理玖が尋ねると「慌てすぎ! いったん通り過ぎればいいの」と玉乃が答えた。それに従ってまっすぐ進みながら雫の方を確認すると、スマホを見たままこちらを手招きしたように見えた。

「てきとーに回って戻ろっかな~」とルートを考えている玉乃の横で、理玖はスマホの画面を開いた。雫から「俺らも合流で」とメッセージが来ている。他に指示も無かったので、二人で来た道を戻って雫に合流した。

「中入ってったから、行こっか」

 説明も手短に、三人組でアミューズメントパークへ入場する。

「ここうるさいし物も多いから。キョロキョロしていいよ」

 雫に言われ、玉乃が即座に先陣を切り出した。辺りを覗きながら歩く玉乃についていくと、プリントシール機が立ち並ぶエリアで止まる。プリ機に背を向けてから、玉乃が控えめな声で報告した。

「いたアホメガネ」

 理玖と雫もプリ機のエリアを覗く。トゲのある言葉の原因は、二人組の女性だった。プリントシール片手にメガネたちと四人で会話が盛り上がっているようだ。

「うわ~……」

 茶化したそうな雫の声が漏れているが、さすがに先の言葉は飲み込んだようだ。理玖は完全に視線を背けている玉乃の代わりに観察を続けた。三分ほど経って女性たちがメガネから離れていくと、同行者の顔が見えた。

「古森君か……?」

 薄暗くて確信は持てないが、メガネに笑いかける顔が似ている。理玖が目を凝らしている横で、雫は遠のいていく女性たちを目で追う玉乃の様子を見ていた。玉乃の意識がそちらに向いているとみると、理玖の肩を掴んだ。

「行こうぜ理玖。何してたか聞いちゃうぞ」

「まじかよ」

「だって面白そうじゃん」

 玉乃が聞いていたらキレそうだな、とは思ったが動機はどうあれ聞いたほうが早いだろう。理玖も雫に乗っかってメガネたちの元へ向かった。近づいていくと目が合ったので、理玖は「よっ」とメガネに手を挙げた。

「あれッ網村くんだ!」

「ああうん、偶然」

 メガネより早く、思ったより楽しそうに古森が声をかけてくれた。理玖は驚いてとっさに嘘の返事をしてしまう。

「りっくん、もしかしなくても偶然じゃないでしょう」

「そうだね」

「だよね」

 メガネは突っ込みを入れながらも理玖の登場で何かを警戒し始め、そろそろと古森とプリ機の影に移動した。

「玉乃ちゃんもいるの……?」

 メガネの質問に理玖が頷くと、メガネは早口で弁解をし始めた。

「いやさっきのは違くて、そのナンパとか浮気とかそういうんじゃないんだけど、そう見えてもしかないのは分かってはいて、そのうえで話してたので非はもちろんある」

「俺に言われても」

 そういうのは本人に、と理玖は振り返った。だが、玉乃が見当たらない。帰ったのかとスマホを確かめると玉乃からメッセージが来ていた。

「私の器が小っちゃかったかも。一回トイレ行ってくる」

 理玖がメッセージの内容を伝えるや否や、メガネは「トイレトイレ……!」と呟きながら去っていった。三人で残されて一瞬の沈黙が過ぎた後、古森は手にしたプリントシールの解説をし始めた。

 ポーズに加工に落書きに、とワードを何度も聞き流していると「おまたせ!」という声でやっと話が遮られた。

「まずごめんね。大騒ぎして巻き込んじゃって」

 メガネと共に現れた玉乃は、最初に理玖と雫に対して手を合わせた。

「気にしないで。結構ノリでやったから」

 雫の返答に理玖も頷いた。

「それから初めまして。佐々木とお付き合いしてます、渡部です。急に来てお騒がせしました」

 古森に向かって玉乃が頭を下げた。佐々木ことメガネも一緒に謝っている。古森は笑顔のまま目をぱちぱちさせ、なぜかこちらに視線を向けてきた。

「何を……?」

返答に困っている様子だ。小声で助けを求められ、雫が「じゃあ」と提案をした。

「皆で遊ぼっか」

「さんせーい! レアな面子だしね」

玉乃のテンションが一段上がる。

「でも、古森さんは私たちと同じ高校って聞いたからそうでもないのかな?」

「そうでもないと思うよ! 俺と網村くんなんて同じクラスだ」

「そうなんですね! そっか、じゃあここの皆りっくんと知り合いだね。私と佐々木は塾仲間で、長谷は幼馴染?」

「そうそう」

 雫が答えて、理玖が話すまでもなく理玖の紹介が終わった。

「で、あと私と長谷が同じ中学で~」

 そうなんだ。理玖は初耳だった。

「二人は陸上部の友達繋がりでしたよね?」

 玉乃の質問にメガネと古森がそうだと答える。「これで全員紹介終わりかな」と玉乃が締めにかかると、ちょっとと古森が手を挙げた。

「勘違いかもしれないけど、俺と君って顔見知りじゃない?」

 古森が問いかけたのは雫だった。

「あー。だね」

「やっぱり! 服屋で会うよね」

 趣味は違うみたいだけど、と雫が笑った。これも理玖は初耳だった。

それから五人で群れながらゲームをして回った。だが、カップルと三人に別れがちで、理玖は銃を撃つ雫と古森を黙って見守った。ワンプレイの間、暇だなとジュースを吸っていると無駄に頭が回る。

聞いたことは無かったが、当然雫にも中学や小学校での記憶があるわけだ。少なくとも中学の同級生である玉乃とは、良好な関係のようだった。寂しいのか羨ましいのか、順調にゲームをクリアしていく雫たちの背中に息をついた。理玖は一人、壁に背を預けている。

それなりに遊んで、五人は駅へ戻ってきた。帰り道は玉乃が話題を出しながらメガネの腕を取り意気揚々と歩いていた。

「じゃ! みんなバイバイ、また機会みつけて遊ぼうね~」

「古森くん今日ありがとう。りっくんたちもお付き合いありがとう」

 駅に着くなり、メガネはこちらに礼をしながら玉乃に連れていかれてしまった。残った古森ともここでお別れだ。

「楽しかったよ、また遊ぼうね。良ければ今度は俺の幼馴染も混ぜて」

「もちろん。まずはまた学校で」

 雫の返事を聞いて、古森は駅に入って行った。理玖も手を振ったが、物足りなさが残った。せっかく一緒に遊んだのに古森とはさほど話せていない。雫とすら簡単な意思確認しかしていないように思える。

「……駅来て直帰は物足りないな」理玖が呟いた。

「なんか気になる場所ある? できれば食べ物希望で」

「あー……うーん」

 とりあえず、二人で店が密集する駅ビルに向かいながら、理玖は頭をひねった。行きたいところがあったわけではないので、食べ物食べ物と記憶の中を探る。横では雫が目についた物を「餃子」「パンケーキ」「ラーメン」と羅列していた。その中からパンケーキが引っ掛かって候補がポンと浮かんだ。

「チョコの店。なんか、なんだっけ。とにかく黒い店があるって」

「ソコで」

 雫の即答を得た。理玖はスマホで場所を検索してから向きを変えて歩き出した。

 真っ黒、より少し茶色い店内。メニューはビターチョコ、カカオといった文言が並ぶカフェだ。

「かわい~」

 雫がスマホを構えたので適当に親指を立ててポーズをとった。何を撮ったのかと振り向くと、壁にはパフェのような装飾がちりばめられていた。どうりでSNSを見ていた女子たちが盛り上がるわけだ。塾で「可愛くない?」と写真を見せられたのを思い返した。

「俺フォンダンショコラね」

 注文が決まって雫がメニューを差し出してきた。理玖はパラパラとめくって目星をつけた後、チャイムを押した。

「ご注文お伺いいたします」

「フォンダンショコラ一つ、カカオパンサンド一つ、ホットチョコレートのビターを」

「二つで」雫が割り込む。

「かしこまりました」

 メニューを見ながら雫が「うまそうだった」と呟いた。店員が離れていき、理玖は手持無沙汰にスマホを眺めた。玉乃とメガネからメッセージの通知が来ている。

「トイレ行って解決したアレさあ。要約すると、彼女の気を引くためにモテ男にアドバイス貰ってたって話らしい」

「へー」

 関心薄目な返事をした雫の元にホットチョコレートが運ばれてきた。ありがとうございますと受け取って、一口飲んだ。

「うまい」

 パシャっと、飲んでフチを汚した後に写真を撮り始める。露骨に機嫌がよくなって、分かりやすいやつだ。だが、その基準は今でもよく分からない。

「今日楽しかった?」

「それなり」

 理玖の質問に雫はパッと答えた。なにがとか、どこがとか続くことは無く、なんでそんなこと聞くんだろ? という視線が向けられた。理玖はドリンクを飲みながら「なんで」を考えてみる。

 俺といる時より楽しそうだったな? そんな問いかけが頭に浮かんだ。頭の中でこの質問が何度も変換された結果、「楽しかった?」なんて口に出たんだとしたら。寒気がしたので、理玖は急いでホットチョコレートを飲み込んだ。

「お、すげー。ありがとうございまーす」

 テーブルに追加がやってきた。雫がてきぱきと受け取り、理玖の前には湯気の立つ黒いパンのサンドイッチが置かれた。しかし、雫が手を付けているフォンダンショコラの甘い香りがテーブルを支配している。

「ちょっと欲しい」

 理玖が頼むと皿がこちらに寄せられたので、スプーンで一口貰って食べた。こっちもアリだったなと羨ましく思った。それからもぐもぐとパンを食べ進めていると、体が温まってきて上着を脱いだ。

 目の前で雫が美味しそうにケーキを平らげている。羨ましくて当然だ。なぜなら、理玖は雫を理由に高校を選んだのだから。自分の気持ちに納得したうえで、だからってどうしたもんだと別の悩みが出来た。


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