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居づらい場所

 塾での対策の甲斐もあって、合格発表の日には理玖と雫で鉄板焼きを食べた。それからやってきた入学式の日、理玖は新調してもらったブレザーを身につけて落胆していた。

「しゃーないね」

 行こ行こ、と足取り軽く雫が先行していく。理玖も引っ張られるようにして、トボトボとクラス発表の掲示板から離れた。階段を登り廊下を渡って、一年生のクラスが並ぶエリアに着いた。理玖が考えなしに雫の背を追って歩いていると、立ち止まった雫が「あっち、あっち」と通り過ぎた教室を指差す。

「あと、背曲がりすぎね」

 忠告を受けて背筋を伸ばした理玖は、渋々後方の教室に向かった。雫は理玖の背中に「じゃ」と呼び掛けてから前方の教室へ入って行った。

 中から喋り声が聞こえる。初日から誰と話すんだと思いながら、理玖は教室に入って黒板を確認した。座席表が張り付けられており、名簿順でとチョークの書き足しがあった。苗字が「あみむら」の理玖は廊下沿いの列、前から三番目の席だった。背負った鞄を降ろしながら歩き、三つ目の机にどさっと荷物を置く。

「おはよう」

 隣から声が聞こえた。にこやかな男の顔が明らかに理玖へ向けられていた。

「あ。おはようございます」

 さっき名簿を見たはずだが名前が出てこない。隣の席は誰だっけ、と考えながら鞄を開けるのに手こずっていると、男が「あの」と声をかけてきた。

「初めましてだけど、ため口でいいからね。俺、年上とかじゃないから」

「あ、いや、うん……」

 理玖はあいまいに頷こうとして、途中でいやいやと振り払った。

「名前……ごめん、名前教えて。名簿よく見てなかった」

「俺、古森統壱」

「古森君。網村理玖です、よろしく」

 頭に浮かんだ「お願いします」は切り捨てて、理玖は小さく礼をした。「よろしくね! どこ中?」から始まった会話は教師が現れるまでポツポツと続いた。

 説明続きの一日が終わり、「また明日」という古森と教室を出てから別れた。帰ったら鞄の中にある大量の紙を仕分けしなければならないと思うと、余計に肩が重い気がする。校舎を出てスマホを見ると、雫からグラウンドに近い校舎裏にいると連絡が来ていた。なんでここ? と思うような日陰で合流して二人は帰路についた。

 家に入ると、台所から物音がしている。のぞき込んで空子の姿を確認した理玖は「ただいま」と声をかけた。

「おかえり理玖ちゃん。何か食べる?」

「何があるの?」

 空子が冷蔵庫を見る様に指さしたので中を漁っていると、空子はいくつか質問を投げてきた。

「どうだった学校? 雫くんと一緒だったんでしょう。綺麗だった? 面白そうなところはあった?」

「まぁ、ぼちぼち」

 あまり印象に残っていなかったので適当に返事をして、理玖はヨーグルトを取り出した。さらに聞きたげな空子の脇からスプーンを取って、そそくさと階段を登っていった。

 翌日も説明やイベントが続き、最後の予定は委員会の集会だった。理玖は特に希望が無く、あまっていた図書委員を面識のないクラスメイトと務めることになった。決まった時も集会場に着いてからも会話は無く、ただじっと配られた資料を読み込んでいた。

 ガラッと扉が開くたびに視線を向けて誰が入ってきたのか確認していたが、ネクタイの色から学年が分かるだけだった。目の前に座るクラスメイトとの気まずさに耐えかねて、誰が知っている人をと視線を送っていたが成果は無い。

それでも懲りずに逐一確認していると、入ってきた生徒の一人と理玖の目がばっちり合った。彼女は理玖を見て笑うと、大げさに手を振ってみせたあと一年生が集まる席に着いた。理玖は別の気まずさで彼女から体ごとそむけた後、ああ彼女は慣れ親しんだ人ではあるけれど、と眉を寄せた。

 一時間ほどで仕事の説明が済んでお開きになると、パタパタと人が減っていく。クラスメイトもサッと立ち上がって出ていった。荷物は持って来てあるので理玖もさっさと帰りたいところだったが、今日の待ち合わせはこの図書館に設定していた。雫が来るまで離れるわけにいかず、何か本でもと腰を浮かせると理玖の席に彼女がやってきた。

「りっくんも図書委員! 奇遇だね」

「ああ、そーね」

 最もこの場で呼んでほしくなかったあだ名が出てきて、理玖は投げやりに返事をした。「同じクラスだったらもっと良かったのに」という彼女は渡部玉乃。理玖が小学生のころから通う塾で見慣れた顔だ。

「でもさーマジで丁度良かった! 相談あったんだよね」

「なに? それココじゃないとだめ?」

 静けさ漂う図書館で会話メインの相談を始めることに抵抗があった。玉乃が「じゃ、廊下で」というので荷物をまとめて廊下に出る。

「私、彼氏いるの」

「え⁉」

 図書館で話始めなくて良かったと心底思った。塾で出会ってから今日までこの手の話題を初めて聞いた。

「それでね、彼氏メガネなんだけど」

「は?」

「あだ名の方のメガネ」

「は⁉」

 メガネというあだ名で知り合いの顔が浮かんでくる。こちらも塾が一緒で、周囲の誰よりも早く眼鏡をかけ出した人だ。

「メガネと付き合ってんの。初耳すぎる」

「だって内緒にしてたもん。仲間内の恋愛は関係の危機を呼ぶっていうでしょ」

「だったら言うなよ」

 理玖が呆れた顔をすると「それより大事な相談なんだって」と玉乃が反論した。

「彼氏、梅林行ったの。でね」

 梅林学園高等学校のことだな、と整理して続きを聞く。

「入学前から陸上部の練習に参加してたんだけど、そこで知り合い? 友達? が出来てしょっちゅう出かけるんだよ」

「そういうもんじゃないの」

「まー友達ならね。けど、出かけてるのってその人本人じゃなくて、その人から紹介してもらったまた別の人なんだって」

「へー」

 だから何だってんだと思いながら理玖は適当に相槌を打った。

「分かってないね、りっくん。問題なのはその上に何してるか教えてくんないの」

「困ったね」

「ほんと!」

 玉乃のギアが一段上がった。俺も困った、と理玖が視線を泳がせていると廊下の向こうに雫の姿が見える。理玖の視線に気が付いてゆるゆると手を振ってきた。それに手招きを返すと、動きに反応して玉乃が振り返った。

「あれ。長谷だ」

「渡部さんどうも~」

 軽く挨拶をかわす二人。理玖は挟む口が無い。

「図書室?」玉乃がドアを指す。

「待ち合わせ」雫が理玖を指した。

「え! りっくんと友達⁉」

「そうだね」

「すごいじゃん、まだ二日目だよ!」

 友達できたんだね! と、玉乃が理玖の肩をパタパタと叩く。「いや違う」と理玖が言っても聞こえていないようだ。

「ざんねーん、友達十五年目。俺ら家近だから」

「なんだ~そうなんだ」

 やっと目が合った玉乃に理玖は頷いた。「そちらは?」という雫の質問には玉乃が「塾仲間!」と即座に返した。

「丁度いいし長谷も聞いてよ。で、協力してくんない?」

「何の話?」

 雫が尋ねると、玉乃は同じ話を始めた。概要を聞き終えると、うっすら笑って雫は感想を述べた。

「浮気調査?」

「探偵みたいね! でも違うと思うよ」

 玉乃はすぐさま否定して「ただ、隠されてるのはムカつく」と付け足した。

「だからね明後日、尾行と言うか調査と言うか付き合ってくんない⁉」

「はあ……?」

「それってどこに行くか当てはあるの?」

 困惑する理玖の前で、玉乃と雫の話がポンポン進んで行く。

「一応、友達の目撃証言ある所に。明日探りを入れて確証得ようかなって」

「それ大丈夫? さすがに警戒しそう」

 話の内容を聞くより、理玖の意識は二人の様子に向かっていた。知りあい同士が話しているはずなのに輪からはみ出た気がして、思わず引いた足がコツンと壁に当たる。

「そこでりっくんよ」

 壁を感じてすぐに玉乃の顔が理玖に向いた。

「りっくんが探って! 明日塾だし」

 お願いと手を合わせてくる。理玖は「まあ」と頷いた。

「どうせ顔合わせるし」

「さんきゅー! じゃ明日」

 話がつくと玉乃は早足で帰っていき、遠くから鼻歌が聞こえた。

「なんか食って帰ろ」

 雫が呟いて歩き出した。理玖はたこ焼きを思い浮かべながら後ろに続く。結局、小さなフードコートで理玖はたこ焼き、雫はあずきアイスを食べて帰った。

 翌日の夕方、理玖は玉乃と合流して塾に向かった。お目当てのメガネは自習室でノートを広げていた。行って、と玉乃が理玖を肘でつついてくる。理玖は荷物を降ろしてメガネの隣の机に置いた。

「りっくん早いね」

 ペンを走らせながらメガネが声をかけてきた。

「うん。明日予定あるから、課題片付けようと思って」

「そっかあ」

「メガネも? なんか用事あんの」

 メガネが早く来るのはいつものことだが、理玖はとぼけて尋ねた。メガネは「う~ん」と手を止めて周りを見回す。

「ね、ね。玉乃ちゃん来てた?」

「……俺は見てないけど」

「実はさ僕、用事があるんだよ」

 メガネは椅子をこちらに寄せて小声で話し始めた。

「それで明日の待ち合わせ、駅前なんだ。人通りが多いだろ? 玉乃ちゃんにばったり会わないか心配なんだ」

「行かなければいいのに」

「そうなんだけど、僕は行きたいんだよ。それでね、玉乃ちゃんに明日は駅に行かないように言ってくれないかな……」

「無理だろ」

「だよね……あぁ見られたらどうしよう」

 メガネが頭を抱えだした。チラッと物陰の玉乃を見ると、手だけを出して「行け! つっこめ!」と合図をしてきている。

「あのね困るんならやめたら? なにすんの」

 はじめに頼まれていた行き先はサクッと話してくれたが、こうなれば聞けるところまで聞き出そうと理玖が質問をした。メガネは「いや、う~ん……りっくんならいいか」と答える。

「高校の友人の知り合いがそれはそれはモテモテの人らしくて。色々教えてもらってるんだ」

 モテモテの人に何を? と考えて会話が止まると、後ろから聞こえるかすかな音が耳に入った。床が踏みつけられて擦れたように、ズリズリという音がしている。嫌な予感がした。

「ああそう。その、上手くいくといいね」

「ね、僕もそう思ってる。ありがと」

 探りを切り上げて、理玖は玉乃がいるはずの物陰を覗いた。さきほど隠れていた場所から少し離れて、玉乃は部屋の外に出ていた。聞いてた? と尋ねるまでもなく、指や足をせわしなく動かしてイライラを発散している。

「もしかしてさぁ。ムカつくだけじゃすまないのかな私」

「……さあ。楽しそうって感じではなかったけど」

「そうだね。私もそういうんじゃないって思ってるけど。思ってるけどね!」

 思ってはいるんだろうな、ということは理玖も分かる。仕方なく自販機で缶コーラを買って玉乃に渡し、飲み干したところで一緒に教室へ行った。


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