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思い出のつくり方

 酒、刺身、果物。テーブルいっぱいに並ぶ豪華な食事。貸し切りの広間なのをいいことに大きな声で騒ぎ散らす酔っ払い。それを無視して天ぷらに舌鼓を打つ祖母たちと、「美味しいよ」の言葉と共に次々食べ物が盛られていく目の前の取り皿。

「もう食えない……」

 網村理玖は口の中をパンパンにしながら訴えた。

「あっそう? でも、結構食べたね。おじいちゃん似かな~」

「そんなに食べたっけ」

「白米限定だったかもねぇ」

 楽しそうに会話をする彼女たちも、ずっと大笑いしている大人たちも揃って喪服を着ていた。そこらに脱ぎ捨てられたネクタイにジャケット、畳んで置いている理玖の学ランも黒い色をしている。

「高校生の時、でっかいおにぎり食べてたって。ねぇ、言ってたよね」

 続柄が分からない相手の言葉に頷いた。

「それ白米じゃなかったけどって話でしょ。街中華のハシゴもよく聞いた」

「年取っても変わらなかったねぇ変わったんでしょう」

 こんな調子で周りは理玖の祖父、一岩の話題で持ちきりだ。肝心の主役は祖母である空子の隣、遺影の中で微笑んでいる。見慣れない顔が多い席で、席、口と共に耳も働かせていたが耳にタコが出来るほど聞いたエピソードしか出てこなかった。

「あ~あ、一岩さんの今だから出来る話とか出てこないね?」

「え、空子さんは何かないんですか? 初めて話すこと」

「うーん、自分で話したがらなかったことはねぇ。ぇ。いくら行っちゃったとはいえね」

「えぇ~」

 祖母の気持ちも分かるが、理玖もひそかに期待していた。祖父の口から聞くのはいつも高校時代の話ばかり。他の話は「つまらんつまらん」と乗り気でなかった。

「そういえば理玖くん、来年は高校生だね。おじいちゃんみたいに沢山思い出、できるといいね!」

 ああ、そうだと思い出して、理玖は俯きがちに頷いた。

「あれは一岩さんが変なだけ。ふつーに過ごせればいいんよ、普通に」

 特別何もしなくたって、勝手に思い出はできる。そう続いた言葉から意識をそらして、理玖は目の前の皿に集中した。


 翌日、理玖は自室で課題のプリント束に取り組んでいた。だらだらとシャープペンシルを動かしていたが、スマートフォンの通知音で手が止まる。解答欄の埋まりは半分ほどだが、いいかとスマホの画面を見た。

「もうすぐ着く」

 メッセージを確認して理玖は部屋を出た。階段を下りていくと遺影の前で空子が手を合わせていた。

「ばあちゃん」

 理玖が呼びかけると、空子は手を降ろしてこちらを向いた。

「雫とノリおばあちゃん、もうすぐ来るって」

「そう。じゃあ、お菓子とお茶の用意をしようかな。理玖ちゃんは雫くんの好きそうなお菓子、選んでくれる?」

「分かった」

 理玖は迷わず冷蔵庫を開けると、冷えた水ようかんを取り出した。「テーブルに置いとく」と台所の空子に伝えて客間に戻り、座布団を二枚押入れから引っ張り出しているとインターホンが鳴った。

「俺出る」

 座布団を床に放ってインターホンの画面を見る。見慣れた幼馴染の男とその祖母、雫とノリヨが映っていた。

「今開けますね」

「はいはい」

 ノリヨへ向けた言葉に雫の返事が返ってきたが、気にせず玄関へ。ドアを開けて二人を迎え入れた。

「空子さん、お茶淹れてるんで。ソファ座っててください」

「ありがとーねぇ!」

 声の大きなノリヨを客間に通している間に、雫はドアの内鍵を閉め靴も脱いで上がっていた。

「今日は俺もこっちね」

「知ってる。お前は座布団な」

 客間を指差した雫を連れて中に入る。投げっぱなしだった座布団の片方を滑らすように渡して、理玖と雫はソファの向かいに座った。

「食っていい?」

 うん、と理玖が答えると雫は水ようかんに手を伸ばした。そこに丁度良く空子が湯呑を運んでくる。

「ああ空子さん!」ノリヨが腰を浮かせた。

「いいの座って座って。暑かったでしょう、一息ついて」

 空子は皆の前に湯呑を置いて、きょろきょろしていた雫にスプーンを差し出すとノリヨの隣に腰掛けた。

「わざわざありがとうね」

「こういう時にわざわざも何も無いの。後で手を合わさせてもらいたいんだけど、せっかく腰を下ろしたし、お菓子もあるし」

 ノリヨが雫に視線を投げると、雫は鞄から厚いアルバムを取り出した。それを差し出されたノリヨがページを開くと、隣で覗いていた空子が「まあ」と声をあげた。

「うちのじいさんの」

 理玖の視線を感じた雫が一足先に答えた。

「やっぱり若い……うちのひとも辰男さんも」

 空子がアルバムをそっと撫でる様に触れている。辰男は、理玖の祖父一岩にとって無二の友人だったた。。同じよう光景を辰男が亡くなった時に理玖と雫は見たことがあった。

「じいちゃんのも、持ってこようか」

「そうね、そうしてくれる?」

 理玖の提案に空子が頷いたので、理玖は客間を出た。向かいにある和室が一岩と空子の部屋だ。整った本棚に一岩の物は一つだけ、重たいアルバムを両手で抱えて客間に戻った。

 理玖がアルバムを渡すと、二人の祖母はそれぞれの写真を見比べながら話を弾ませた。

「散々聞いたな。この話」

 あきれた様に笑った雫は、水ようかんを食べ終えると一人で遺影に手を合わせた。少しの無言の後、「理玖の部屋行っていい?」と聞くので理玖は頷いて答えた。

「うん。じゃ、俺たち上にいるから」

「ええ。お菓子は好きに持っていってね」

 空子はそう言うと、またアルバムに視線を戻した。すぐに次の話が始まって笑いが絶えない。数日前はあんなに悲しんでいたのにと思いながら、笑った一岩の写真を横目に理玖は客間を出た。雫を連れて自室に向かう。

「へぇ、課題こんなんなんだ」

「だいたい一緒でしょ」

 ガサガサと机上のプリント漁る雫の横で、床に積んでいた問題集を棚の上に置く。雫からハイと渡されたプリントも乗せた。

「理玖は? アルバム無いの」

「親の部屋にあるんじゃない」

「小学校のアルバム?」

「え、いや……そいつはどっか探せばあると思うけど」

「なんだ」

 沈黙が流れた。別に気まずくはない。小さいころからそれぞれの家族に連れられて遊んでいたのだ。長い時間を過ごせば黙っているときだって多々あった。

「何度も見たよな、あのアルバムさ」

 スマホをいじりながら雫がポツリと言った。

「自慢だからね」

 何度も見た何度も聞いた、得意げな顔は忘れられない。ボロボロになるまで開いた高校時代のじいちゃん達のアルバムはとても色あせていた。一岩と辰男は高校の同級生で、二人がそろえばその話ばかりしていた。中身の変わらない昔話を羨んだことは無かったが、一岩が亡くなっても周りがその話で楽しげに笑うのを見ていると理玖は少し苦しい気がしていた。

「俺たちには一緒に写ったアルバム、無いな」

「あるでしょ。家族写真とかに写りこんでるよ、どっちの家でも」

 このまま高校に行っても、きっと理玖の卒業アルバムは家の中で行方知れずになるだけだ。せめて雫がいたのなら、という考えが頭をよぎっての言葉だったがドライな返答に肩を落とした。

 でも、はっきり言ったわけじゃないし、と気を持ち直してスマホのカレンダーを見た理玖はまた気落ちした。夏休みはまだ一か月ほどあるが、塾以外の予定が無い。休み前の三者面談で高校を見学して進学先を考える様に言われていたのに、見学の候補すらあげられていなかった。

「高校、どっか見に行く?」

「誘われるままにって感じ」

 理玖の質問に雫はポンポンといくつかの学校名を挙げた。同じく進学が迫る立場のはずなのに、理玖は聞いたことあるという以外なにも情報が思い浮かばなかった。

「行くとこ決まってんの」

「うん」

「ああ、そう」

 雫の答えに対する自分の返事が思ったより素っ気なくて、理玖は口を閉ざした。

 雫が部屋にあるベースを弾いたり、理玖が半端な課題を終わらせたり、よく分からない動画を二人でのぞき込んだりしていると下の階から呼び声がした。

「雫! おばあちゃん帰るよ! アンタは?」

 ノリヨの声だ。雫はスマホで時刻を確認すると「俺も課題しよっかな」と立ち上がった。

「俺も帰るー。支度して降りるから待っててー」

 ひょいっと雫が鞄を背負うと、理玖も立ち上がった。

「見送り?」雫が笑った。

「今日はノリおばあちゃんもいるし」

 雫の後ろに着いて階段を下りると、ノリヨがすでに靴を履いて玄関に立っていた。はい、とノリヨから差し出されたアルバムを受け取って、雫も靴を履いた。

「じゃ」

「また来ますね、空子さん!」

 出ていく二人を理玖と空子が手を振って見送る。二人が背を向けたところで、玄関の扉を閉めた。一緒に客間に戻ると、空子は湯呑を片付けながら「アルバム戻しておいてくれる?」と理玖に頼んだ。

 わかったと頷いて、理玖は再び和室に移動した。ただ空いている場所に仕舞えばいいのに、理玖は畳に座って見飽きたアルバムを開いた。どのページも隙間の空白に何らかの落書きがされていて、とても綺麗とは言えない。署名のあるメッセージだったり、へのへのもへじだったりが様々な筆跡で残されていた。なにより、写真に写った一岩がどれも笑顔だった。

 小学校で貰った卒業アルバムを見た時、理玖は自分の写りが悪すぎて落ち込んだ。家に帰って見せれば「あんた何ちゅう顔してんの」と言われ、「もういらない」と拗ねてから行方知れず。次の三月に貰うであろう中学校の卒業アルバムは、開くのさえ億劫に思えてしまう。

 本人からも家族からも大事にされてきた一岩のアルバムを見て、理玖はため息をついた。いいな、羨ましいなという気持ちがわき上がるほどに、どこからか「慎重に」「よく考えて」「将来に関わる事なんだから」と声がするような気がする。ごちゃごちゃになった気分を払うように、理玖は頭を振った。

 日が暮れて、テーブルには空子の手料理が並んでいる。理玖も皿を運んでいると理玖の父と母がやって来て、各々飲み物を手にして席に着いた。空子と理玖も手が空いたので席に座る。

「いただきます」

 空子の言葉を皮切りに手を合わせ、食事が始まった。理玖は目をつけていたカボチャのそぼろあんかけをパクパクと味わってから母に尋ねた。

「母さんは高校、どうやって決めた?」

「母さんはねーやりたいことがあったから、食物科があるところにした」

 箸を止めずに答えた母は隣の父へ「あんたは?」と話を振った。

「いけそうなところで、一番偏差値の高かったところ!」

「ちなみに、おばあちゃんは高等学校には通ってませんよ」

 食卓にいる三人の返事を聞いて、理玖は「そっか」と気が抜けた声で呟いた。

「なにあんた悩んでんの」

「うん」

「あんたが大事にしたいものを基準に選べばいいのよ」

 どこでもいいならパパ流で選べばいいし、と母は笑った。

「それってさ」

理玖は大事にしたいものと言われて、浮かんだ疑問を口にした。

「友達とか、思い出とか。そういうのは有り?」

「いいんじゃない。あんたが大事なら」

 母の答えに反対意見は出なかった。父は醤油を取り、空子は「お好きになさい」と理玖に微笑んだ。

 一晩眠って、課題を一つ片づけて、理玖はスマホを見ていた。メッセージの画面に文字が打ち込まれている。

「俺、お前と同じ高校に行こうと思う」

 送信ボタンを押す前に、理玖は自分に問いかけていた。

「思い出を作るより、大事に感じることは無いか」

「そのために選ぶのが、雫と同じ高校で良いのか」

「この選択が雫に迷惑をかけないか」

 一つ目と二つ目には自分の気持ちから答えを出した。三つ目には、迷惑なら雫は断るだろうと結論を出して理玖は自分の背中を押した。

 カン。スマホの液晶を叩くと、雫宛ての画面に打っておいた文章が表示された。ソワソワして一分ほど画面を見つめるが返事は来ない。理玖は机にスマホの画面を伏せて置くと、ベッドに転がり目を閉じた。エアコンの音が聞こえる。まぶたが重くなってきて時々音が遠ざかっていく気がした。

 コンコン。ドアが叩かれた。緩んでいた口を閉じてのんびり体を起こしながら「はい」と返事をする。

「理玖ちゃん、お昼ご飯ですよ。並べていい?」

 空子だ。理玖は「うん。すぐ行く」と返事をして立ち上がった。机の上からスマホを取るとメッセージの通知が来ていた。空子の足音が離れていくなか、メッセージの画面を開く。

「つじなん、俺の家から近くて便利だよ!」

 ああ、と息を吐いた。そんなこと言ってたなと納得して、理玖はスマホをポケットにしまい階段を下りる。理玖の心は辻野南高等学校への進学に決まった。


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