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【05】試し撃ち

※1−4話は改稿版です。過去の読了済みの方は遡って楽しんでいただけたら幸いです。


 先程まで誰かが使っていた訓練所には、壁には無数の細かい傷が無秩序に刻まれ、長年の訓練の激しさを物語っていた。クラウスは的を設置し、射撃位置へと戻る。

 

 試作の魔法銃と魔石弾を確認する。赤、青、そして透明の魔石弾が、それぞれ1ダースずつ同封されていた。

 まずは安全性を考え、水属性の青い魔石弾を弾倉に装填する。グリップを握って感触を確かめ、深呼吸と共に高まる興奮を鎮めた。


 安全装置を外し、的に狙いを定める。


 パァンッ――。


 乾いた発砲音の直後、的がびしょ濡れになった。

 それを見てクラウスの目が見開かれる。


(ちゃんと、的まで届いた……)


 ハンマーによって魔石が割れることを危惧したクラウスは、どうしたら魔石弾を割らずに打ち出せるかを考えていた。それが実際に叶ったとこがまず嬉しかった。


 装填した弾を取り除き、今度は透明な無属性魔石に自らの魔力を限界まで見極めて注ぎ込んだ。次の的に狙いを定めて発砲した。

 弾が命中すると砕け散り、魔法が発動する。的は凍結したものの、範囲も威力も予想を下回り、今度は胸にぽっかりと穴が空いたような気がした。


「魔力の量が足りない……のか?」


 何度も計算を重ねて設計した魔石弾だったが、的を確認しに行ったクラウスはガックリと落胆に肩を落とした。その後火属性でも試したが結果は同じであった。


(結構いい線いってると思ったんだが……)


 深いため息をつくと、トボトボと使った物を片付け掃除を行う。綺麗に片付けると、見知らぬ生徒が訓練所に来ているのに気がついた。


「悪い、今……」


 ――出る。と言いかけたその言葉は、彼女の姿を目にした瞬間、喉の奥で止まった。

 少女の手にはクラウスが書いた魔法銃の理論書と設計図の一部があり、凄まじい集中力でページをめくっていた。見られて困る資料ではなかった。あまりに熱心な様子に、読み終えるまで待つことにした。


 少女はクラウスと同じくらいの背丈で、スラリとした程よい筋肉質の四肢をしていた。

 南部の出身と思われるその金髪碧眼は、校内では珍しく、どこか異国の風をまとっているように感じた。


 髪はきっちりと後ろで団子にまとめられ、前髪だけがストレートでやや長めに残っている。そのサラサラとした髪が動くたびにゆらめくのを、クラウスはぼんやり眺めていた。

 

(前髪、邪魔じゃないのか……?)


 自分の長い前髪の毛先を指先で触りながら、そんな他愛のないことを考えていると少女が顔を上げた。


「これ、君が書いたの?」


 優しい目元の大きな瞳と視線がかち合う。

 パチリ、と音がしたような気がした。


「……ああ」

「それ、実物?」


 クラウスの手にある銃を見て、彼女が指を差す。


「よかったら、見るか?」

「是非!」


 銃を受け取るなり、その場に座り込み、銃をじっと観察しながら、資料を地面に広げ始めた。


「これバラして……あ、私はエマ。エマ・ファーガスト。よろしく。で、これ分解していい?」

「クラウス・ラングレーだ。いいけど、大切に扱ってくれ」

「ふふ、任せて」


 エマはためらいなく銃を分解し始める。訓練生なら誰もが銃も扱うが、彼女はその中でも特に手際が良かった。その手つきに、クラウスは言葉もなく見惚れていた。

 

「ふーん……思ってたより、ちゃんと考えてる。構造は単純で無駄が少ない。素人にしてはいい出来……。でも、こことここの接合部。強度が足りない。すでに歪みが出てる。このままだと暴発しかねない」


 銃身を軽く押すエマの指先に応じて、金属がわずかにたわむのが見えた。


「それに引き金周り。魔力の流れを考慮すると、この幅じゃ発動が不安定になる」


 クラウスは無言で頷く。彼自身が薄々感じていた欠点を、彼女は正確に指摘した。


「耐性強化魔法も、ここの線が甘い。もっと細かく刻むか、いっそ別素材に変えるべき。……これじゃほとんど意味がない」


 まるで全てを見透かしたかのように語ると、エマは素早く銃を元通りに組み立て、にっこりと笑ってクラウスに差し出した。

 手を伸ばしかけたクラウスだったが、彼女は銃を引いて言う。


「ねぇ、私も噛みたいんだけど」

「それは、協力……してくれるって、ことか?」

「ええ。すごく面白そうだもの。それに、これが完成すれば、魔法使いの負担が格段に減るし、討伐での死者も減る。そんな未来が見えるわ」


 その瞳の奥に、一瞬だけ翳りが差した。

 情熱だけでは説明できない強い意志。それが、クラウスには引っかかった。噂が本当なら、彼女の兄は従軍している。貴族家ではないことから魔法使いか、あるいは志願兵か。彼女にもまた、事情があるのだろう。


 とはいえ、初対面の彼女をすぐに引き入れてよいのか。クラウスは迷いを拭えなかった。

 

「信用できないって顔ね。……“ファーガスト”の名を聞いたことない? 武器開発で有名な一族よ。貴族じゃないけど、軍関係者なら誰でも知ってる」

「……ああ……!」


 ようやく胸の奥に引っかかっていた違和感が解ける。南部を拠点とする技術名家――ファーガスト家。クラスメイトが知らなくても無理はない。


(そうだ……ファーガスト。過去に武器と魔道具の開発で名を馳せた一族。爵位こそないが、その技術は並の貴族を軽く凌駕する――)

 

 ただ、今では魔道具の制作にはほとんど手を出していないはずだ。技術もコストも桁違いに高く、今では過去の遺産を再利用する方が現実的とされている。

 実際に魔石の採掘にかかる費用ですら、今はエミールの家に頼っている状態だ。銃の開発費用も彼の脛を齧っている。

 快く支払ってくれてはいるが、神官長である彼がいなければ計画は成り立たなかった。


 資金に乏しいクラウスにとって、潤沢な資金を持つ子爵家(エミール)の協力は不可欠だった。そして今、“ファーガスト”の名が過去の啓示にも出ていたことをクラウスは思い出す。

 その家の娘が、目の前にいる。


「設計や改良にも関わりたい。――もちろん技術料は要らない。けど、代わりに完成品の制作と販売権は私にちょうだい。独占で」


 当然のように微笑む彼女に、クラウスは言葉を失う。可憐な見た目とは裏腹に、図太く、そして大胆だ。圧倒されかけていると、まだ迷っていると思われたのか、エマは一歩踏み込むように囁いた。


「それに私……あなたの秘密を知ってるわ」


 エマの瞳に宿る光はあまりにも強く、確信を持った表情をしている。

 クラウスは急いで“ファーガスト”の名を記憶から探った。 本当は、啓示で聞いた名ではないのかもしれない。 焦りながら記憶を遡っていくと――一件、その名に心当たりがあった。


(バラされたりでもすれば、計画どころではなくなる……)


 背中を冷たいものが這う。これは、脅しだ。

 もし秘密が露見すれば、伯爵家の没落どころでは済まない。 自由を奪われるどころか、過去の母の罪まで問われて、よくて牢獄、最悪処刑だって考えられる。


「……いいだろう。だが、俺はまだ君を信用できない。それに、君も口約束では不安だろう。正式な魔法での契約書を作成する。それでどうだ?」

 

 その提案に、エマは満足げに微笑んだ。

 静かな訓練所の中で、クラウスはそっと彼女の手を取る。

 

 ――その日を境に、二人は正式な契約を結んだ。


 空いた時間があれば図書室で顔を合わせ、資料を広げて研究と試作を繰り返す。

 エミールの知人から得た魔法理論書にも目を通し、仮説と検証を重ねる日々。


 図書室の奥、陽の差さない書架の影に、ふたり分の椅子と書類が散乱していた。

 

「この流路じゃ、魔力が逃げる。ほら、ここ」

 

クラウスが資料に指を滑らせると、エマが眉をひそめてのぞき込んだ。

 

「でも、この理論は南部魔術の基本よ? 変えすぎたら、魔法の安定性が……」

「安定してるだけじゃ戦えない」

 

 書類をめくる音が、ぶつかり合う視線の間に響く。エマは魔法使いでもないのに、魔法理論をよく理解していた。

 

 *


 そうして二人はまた、運命の出会いを果たした訓練場に再び足を運んでいた。

 魔石の強化率を上げ、付与した魔法の効果にも微調整を加えた。魔力の流路は絶妙なバランスで設計されている。

 

「……頼むぞ」

 

 小さく息を吐き、引き金を引いく。乾いた発射音がして、魔石弾が命中。瞬時に氷結魔法が炸裂すると、的が一瞬で凍り、太い氷の塊と化した。

 クラウスは目を見開き、凍てついた的へと歩み寄った。氷の厚みを指でなぞりながら、呟く。

 

「……これなら、十分に武器として通用する」

「やったねクラウス!」

「……やめろ」


 勢いよく抱きついてくるエマ。クラウスは彼女の距離の近さに辟易していた。

 幸い互いに婚約者がいないため、エマとの噂が流れたことは特にダメージもなかったが、こうも頻繁にスキンシップをされるのは慣れていないのだ。

 クラウスはうんざりした表情で押し返すも、その頬の奥では確かな手応えと達成感がじんわりと広がっていた。

 夜を徹して試作を続け、魔力を削ってきた努力は、確かに形になった。


(……本当に、ここまで来たんだな)

 

 けれど、クラウスはすぐに気を引き締める。

 

「……だが、まだ足りないな。大型の魔物を相手にするには、これでも不十分だ」

 

 エマを引き剥がし、床に座り込むと設計図を見つめる。その瞳は先ほどよりもさらに鋭く光っていた。


 ***


 月日は流れ、学年も上がり、もう数ヶ月もすれば卒業を迎える。

 あれ以来、クラウスは一度も家に戻っていなかった。学校の長期休暇にはエミールの屋敷へ赴き、母のライラと癒しの時間を過ごしていた。

 鉱山の調査も無事に終わり、今は採掘に向けて現地の準備が始まっているという。

 父の訃報も、まだ届いてはいない。

 概ね計画通りにことが進んでいるように思えた。

 

 クラウスの机の上には、無数の計算用紙が散らばっている。魔力の流量、魔石の耐久度、付与魔法の組み合わせ……。クラウスは眉間に皺を寄せ、何度もペンを走らせては消し、書き直す。

 

 エミールから支給してもらった魔石はすっかり使い果たし、手元に残ったのは魔石弾一発分。

 

「……いや、これじゃ魔力の圧が偏る……なら、ここで一度流れを分散させて……」

 

 脳内で、魔力の流れを細かくシミュレーションする。数値のずれは、即座に魔法の暴発に繋がる。慎重に、正確に。

 やがて、クラウスはふっと息を吐いて立ち上がった。

 

「……よし、行けるはずだ」

 

 すぐに作業台へ向かい、残る試作材料に取り掛かった。

 魔石に書かれていた付与魔法を一度外し、新たに細工を施し、魔法陣を刻む。作業は細かく、集中力を切らせればすぐ失敗する。

 

 夜が更け、辺りが静まり返った頃――

 一つの試作弾が完成した。もう失敗は許されない。クラウスは魔法で連絡を飛ばし、エマに声を掛けた。慌てて駆けつけてくれたのだろう。

 いつも纏められている彼女の髪はサラサラと風に揺られている。


 クラウスは額の汗を拭い、エマが完成させた魔法銃に、弾を装填した。隣ではエマが固唾をのんで見つめている。


「いくぞ……」

「……うん」


 訓練場の的に向かって、深く息を吸い、引き金を絞る。鋭い発射音と共に、銃弾が炸裂する。

 魔法が発動した瞬間、的を中心に大きな氷結が広がっていく。それは、訓練場を覆うほどにまで広がり、周囲の空気も凍てつくように冷えていた。

 二人の感嘆の息が白く染まる。

 

「……成功、した……!」

「した、よね……?」

 

 クラウスは呆然と的を見つめた。凍りついた空気が、頬を刺す。それでも、拳に力がこもるのを感じる。

 

「これなら、確実に実戦で使える……!」

「すごい! すごいよクラウス! やった……やったぁ! 私たち、やったのよ!」

 

 胸の奥に、じわじわと熱い達成感が広がっていく。だがその熱狂の裏で、氷の広がりと威力を冷静に見つめている自分がいた。

 まだまだ改良の余地はある。だが……これで一旦は魔石の採掘を待つばかり。

 

 クラウスの口元が、微かに笑みを浮かべた。


 魔銃弾の試作がようやく成功し、卒業まで二月を残したある日。

 ――ラングレー伯爵家当主の訃報が届いた。


 クラウスはすぐに用意された馬車に乗った。

 エミールとは既に連絡を取っており、手続き等はセバスチャンと行うと、馬車でも葬儀には間に合うという事だった。

 場所は最寄りのリリアのいる教会になるが、取り仕切るのは神官長のエミールだ。

 そこには北部を収め、民の安全を命がけで守った伯爵家当主への教会からの敬意の現れだった。

 

 久しぶりに帰還した屋敷は最後に来た時から、また少し様子が変わっていた。


「予定通りのご到着に安心致しました」


 義母達は既に教会に居るという。

 執事長のセバスチャンに用意してもらっていた喪服に袖を通して、準備を整える。


「いつかはこんな日がと思っておりましたが……。まさかこんなに早いとは……」

「……そうだな。……葬儀の知らせや手配を任せてしまってすまなかった……セバスチャン」

「……クラウス様は学生の身。当たり前の事をしたまでです」

「助かる」

「せめて……ライラ様が生きておられれば」

 

 クラウスはかすかに視線を逸らす。


「……見殺しにしたのは、あの人だ……」

 

 声は震えていなかった。ただ、ただ、淡々としていたそれに、セバスチャンは何かを言うことはなかった。

 

 クラウスは用意された馬車に乗り込み、葬儀が執り行われる教会へと向かう。

 討伐任務中、魔獣の襲撃を受けて命を落とした――その知らせに、クラウスは特段の感情も湧かなかった。


(本当に、啓示通り……なんだな……)


 到着した教会。クラウスの到着をエミールが確認すると、厳かな葬儀が執り行われた。

 当たり前、といえばそうかもしれないが、すすり泣いていたのは、軍関係者の一部の者だけだった。


 軍関係者にも挨拶を済ませると、クラウスは久しぶりに義母と対峙する。


「義母上、ご無沙汰しております。父のこと、改めてお悔やみ申し上げます。これからのことについては、シャーロットがこちらに向かっておりますので、彼女と話しをお願い致します」

「まぁ、クラウス。わざわざ戻ってきてくれてありがとう。あら、もうシャーロット様は体調はよくなられたのかしら? 分かったわ。しっかりと話し合っておきますね」

「お願いします。来てすぐではありますが、まだ士官学校での授業が残っておりますので、先に失礼致します」


 クラウスは静かに礼をすると、乗ってきた馬車に乗り教会を後にした。


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