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父が母を殺した日、僕は外科医になった  作者: そっと外科医
白衣への憧れと、「呪い」
6/9

ヒーローになりたかっただけの、僕

医者を志すよりもずっと前。


内気で人の目を気にしがちな少年時代の僕は、「かっこいい大人」になりたかった。


要領が良く誰からも愛される弟への、ちょっとした劣等感もあった。


「お兄ちゃんらしくしなさい」


そんな両親の声にこたえたかったのかもしれない。

一人と二匹の兄として一目置かれたかったし、僕だって一番になりたかった。


家では弟たちのリーダーを気取り、思い通りに動かない彼らとたびたび喧嘩した。

外に出れば昆虫や白球を夢中で追いかけ、小学校の卒業アルバムには「プロ野球選手」の文字。


どこにでもいる、普通の少年だった。


まだ「才能」という諦めのための言葉を知らなかった僕は、中学生になってもなお、プロになれると信じてただ野球に打ち込んでいた。


一言で言えば、年齢の割に少し幼く、単純な思考回路だったように思う。


そんな僕に、「現実的」な夢が出来たのは中学を卒業する頃。

これもまたありがちな話だけれど。


母方の祖母の大病をきっかけに、「外科医」という仕事を知り、強く心を惹かれた。

心臓、命の要にメスを入れ、元気になる祖母の姿。

その時の言葉にできない感動を、今も鮮明に覚えている。


正確には「現実的」と呼ぶには少し遠すぎる目標だったかもしれない。

野球漬けの日々を経て進学したのは、至って「平均的な」高校。


担任や友人には、無謀だと笑われることもあった。

けれど僕は生まれて初めて真剣に勉強した。


目標との距離に気が付き、迷った末に大好きな野球からは離れた。

周囲の言葉どおり、道のりは険しかった。


僕よりもずっと早く走り始めていた人や、勉強が得意な人たち。

彼らと戦うのだから当然だった。


それでも、医療をテーマにした漫画やドラマに、将来の自分の姿を重ねて、心を奮い立たせたりもした。

明るい未来だけを思い描いていた。


一度目の挑戦は失敗。

それでも諦められなかった僕を、両親は静かに見守ってくれた。

裕福ではない家計の中、頼み込み、浪人を許してもらった。


そして祖母の手術から5年が経つ頃。

僕は何とか、スタートラインにたどり着いた。


大学では、少年時代の夢を弔うように、野球部に入った。

縦社会の根強い医師の世界では、意外にも運動部に所属する仲間が多かった。


夢に近づきながら、好きなことも再開できている。

順調そのもののように思えた。


一方で、医師を目指し始めた頃から、医療過誤や「悪い医者」が糾弾されるニュースが気になるようになっていた。


世の中には、「良い医者」と「悪い医者」がいて、

どちらになるかは自分の覚悟と努力次第。

当時の僕は、そう単純に捉えていた。


「立派な医者。つまり常に正しく、優しく、絶対に折れない人になりたい」


かつて思い描いた「かっこいい大人」のイメージが、だんだん具体的な輪郭を持ちはじめた。


思春期らしく、まだ世間を知らない僕の無邪気な願望。


それは徐々に「こうあるべき」という思考に姿を変え、いつの間にか自分自身を締めつけていくことになった。


——予期しない母との別れが、その思考に拍車をかけた。


僕は、本当は自分の中にしかいない

「かっこいい大人」という幻想を、ただ、追いかけ続けた。

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