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加害者の子であるということ

「家族だけ置いて去れない——」

父は、そんな、終わりだけを見つめる思考回路に導かれていった。


母の命を奪い、次は弟を——

けれど弟が必死に抵抗し、家族にとって幸か不幸か…それは未遂に終わった。


なぜ、僕じゃなかったのか。


自分だけが、当事者であるようで、そうでもない現実。

父を含め傷ついた家族に対する罪悪感。

そしてかすかに混ざる歪んだ嫉妬が心に浮かんだ。


そんなことはどこか遠い世界の話だと思っていた。

けれどあの日、僕には一つのレッテルが貼られた。


被害者の子であり、加害者の子


それは、僕という存在の輪郭を、どこか曖昧にするものだった。


日が変わっても、夢と現実の狭間にいるようだった。

慣れない葬儀の準備に追われる時間だけが、かろうじて僕を現実に繋ぎ止めていた。


「こういったケースでは…」


慎重に言葉を選びながらの、葬儀社の控えめな提案を受け入れ、家族葬で進める事にした。

友人の多かった母には、申し訳ない選択だったかもしれない。


花や祭壇の種類など、ぼんやりとした頭で決めなくてはいけないことは多かった。

特にアルバムから遺影を選ぶ作業は、母の存在をいよいよ過去にする時間に思えて辛かった。


眩しい笑顔の写真ばかり。

僕たち兄弟が同時に選んだのは、皮肉にも少し前に父と二人で旅行に出かけた時の一枚だった。

数ある写真の中でも、とりわけ幸せそうに微笑んでいた。


二人がともに歩んできた長い時間。

それを象徴する一枚を、絶対に忘れない形で残したかった。


葬儀や宗教は、生きている人を少しずつ前に進めるためにあるのだと、妙に納得していた。


そんな話し合いの途中、同席していた父方の祖母の言葉が、無理矢理平坦にしていた感情を大きく揺らした。


親戚への案内の話になった時に彼女は小さく、呟いた。


「親戚に連絡して…周りにバレたらどうしよう…」


小さな背中は、さらに小さく丸まり、震えていた。

祖母もまた、押しつぶされそうだったのだろう。

けれど、母が居なくなった現実さえもなかった事にするような発言を、許せなかった。


(こんな時に、何を言ってるんだろう。)


ただただ優しく温かいと思っていた存在に、僕は初めて失望を覚えた。


心が、冷たく固まっていくのを感じた。



一方で、母方の親族は、長男である僕を厳しく問い詰めた。


「どうして…どうしてなの?!」


僕だって知りたかった。

色々な言葉が浮かんだが、結局、僕はただ、黙って視線を逸らした。


「きっと…色々あったんだ。話せるようになったら話してくれ。」


母の兄が絞り出した言葉が、沈黙を破った。

それは僕への助け船ではない事は、語気からすぐに察した。

怖くて視線を上げることができなかった。

その場の空気が、一層重くなったように感じた。


母を知る全ての人が、やり場のない感情の矛先を探していた——


数日間、「大人たち」の言葉を繰り返し思い出してはうまく眠れずにいた。

そして喪主として母の葬儀を迎えた。


「何か失敗をして、これ以上誰からも責められたく無い」


それ以外は何も浮かばなかった。

身体はこわばり、涙は一筋も流れなかった。


形式ばった儀式の終盤、母が眠る無機質な壺を胸に抱いた。

小さく、軽くなってしまった体。

僕はなぜか、幼い頃に繋いだ手の温もりを思い出していた。


それでも、涙は流れなかった。

この場にいる誰にも、弱さを見せてはいけないと思っていた。


もう僕を守ってくれるものは何もないし、誰も助けてはくれない。

誰よりも強くならなければいけないと、心に誓った瞬間。


僕は静かに、進むべき道を逸れていった。


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