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 将来就職案件で冒険者案が没った際は、それでも有り余りながら蓄積され続ける用途不明の魔力量を訝しみ、

「もしや俺様は『異世界からの転生者』なのでは?」

 と海流は考えたこともあった。


 こことは違う異世界で、なんかの事故で死んだ俺様は生前激ハマりでプレイしていたゲームに似たこの世界に転生したんだろう。


 大国の王子に生まれた俺様だが無能「ただしまだ発揮される道が分からないがとりあえず魔力量だけはヤバいほど持ってる」の俺様を優秀な第2王子が見下すイベントがあって、家臣からも馬鹿にされて冷遇されてイジメ抜かれた挙句に他国に追い払われるシチュとかあるんだろ?。ほら存外当てはまってそうじゃねえか?俺様ってばよ?。


 だとしたら近い将来俺様は何かの罪を押し付けられて断罪されて、断首の窮地にとか陥ったりするが、クソ親父の嘆願で辛くも皇国外に追い払われる。その先でなんか俺様と同じく不憫ポジのお姫様とかに拾われてあれやこれやあっていい仲になり。

 やがて俺様になんらかの才能が花開き、俺様は姫様のお願いでその国で慈善事業なんかを始めるわけよ。

 で人々から感謝され支持され始めた時にタイミングよく「王が乱心された!」とか言う国難イベントが発生して、俺様が前世のゲームプレイの記憶をフル稼働してそれを解決して救国の聖者とかもてはやされんだろ?。


 んで

「海流様。この国にはあなた様が必要なのです。どうか私と共にわが国の未来を導いてくださいませんか?」

 なんつってお姫様に逆プロポーズされて俺様は国王になり。『2人はハッピーで末長く幸せに暮らしました』とかになるんだ。間違いねえ。


 …と思い込んでいた時期あった厨二時代。

 積極的にSNSで俺様と同じ「前世持ち()」な奴を探したり交流したりもしてみたが、

 俺様の方に待てど暮らせど転生者として必要な

「前世でプレイしていたゲームの記憶」も

 肝心の「前世の記憶」すらも蘇らねえ所為で「俺様、異世界転生者説」はボツになったんだよな。

 はー。世知辛え。


 ま、そんな黒歴史は置いておいて。


 海流が学園の校門で締め出しを食らってから1週間が経った。


「この俺様を締め出すとか上等だ!」と海流は怒り狂い、帰宅してから一歩もタウンハウスから出ずにベッドにゴロゴロと転がって、帰り道でコンビニに立ち寄ってマジックバッグに買えるだけ詰め込んだ食料品を喰らいつくしながら、漫画やラノベを読みふけりアニメ視聴やゲームざんまいで不登校ライフを満喫した。


 最初こそは東雲の兄弟も付き従って櫻井のタウンハウスで一緒に遊んでいたが、流石に1週間を過ぎる今朝方は

「ごめんナサい海流さん。通学シない事を東雲の親族が心配してイて」

「卒業出来ナいなら妹達ニ、頭目ノ座を渡せト皆ガうるさいノデす」

とすまなさそうに頭を下げると学園へ登校して行った。


 まあ?既にあいつらは頭目の重責を継いでいるからな。仕方がない所もあるか。

 と、海流はポテチを片手にパリパリと、コーラも苛立ちと合わせてガブガブと飲み込む。


 昨日までの各授業の板書をクラスメイトに写させて貰い、転送してくれた兄弟達のグループRINEによれば

「逢野先生の授業、結構面白かったでスよ?」

 との事。


「これまでノ先生ノようにただ教壇に立ったままノ普通の授業ヲしないんデす。休んでル海流さんノ席に座って皆とゲームヲしてるみたいに授業を進メて、生徒ノ方で分からない点があったらそノつど生徒皆を巻キ込んで解決して行く感じ。終始ラフと言うかゆる〜っと授業が進んデ。僕デも気づいたらたったの1時間で描けてたんデす、この魔法陣」


 自慢げにRINEにペタリと貼られた魔法陣は、勉強なんざ試験解答を『視』りゃ良いっしょ?な海流から見ても、かなり複雑な構造に見えた。

 先日海流が構造式まで『視』ぬいてしまったあの卒業試験の古代魔法陣ほどではなさそうだが、貼り付けられただけの写真だとしても魔力を流し込めばとんでもない威力を発揮しそうな術式に見える。

流石にあのアタオカ先公が組んだ魔法陣だとしても魔術式の一部にブレーカーくらいは仕込んである事を祈りつつ、とりあえず「写真は消しとけ、痛い目に遭うぞ」と返した。


 面白い授業、ねえ?。

 日々海流の護り役としても友人としてもバックアップをする為に熱心に授業を受ける兄弟が言うのだから、楽しく授業が受けられてるのはいい事なんだろう。

 トークは続く。


「それとクラスメイトデすガ

 大半変わりありませんデした」


「だろうな。俺様達は万年Fクラスだしよ」


「でスがその代わり

 ビっクリ情報でス!

 なんとボク達の教室に

 あの銀髪の生徒が居タのでス!」


「銀髪の生徒と言やぁ始業式で出会したあの?」

 傾国の美亜人か。やっぱり編入生だったか。


「はい。相変わらず動物達ニ囲マれて、

 イヤーマフも外さずニ

 教室の後方窓際ヲ陣取って

 ずーっと机に伏セて寝てマしタ」


「起きてモうつらうつらと

 取り巻キの動物達と

 のんびり日向ぼっこしてるだケ

 何しに来てルんでショウね?」


「それト

 ジーヤゥさんは

 亜人仲間のクラスメイトとは

 ポツポツトなら

 皇国語の単語ヲ使っテ

 話をするのデすが

 僕たち貴人相手ニは完全シカトの

 塩対応デす」


「おそらク紫釉さんワ

 始業式ノ日にボク達が

 逢野先生と話していタのを見てまシたかラ

 ボク達を先生ノ仲間と認識しテいるのかモ」


「厄介な先公だなオイ」


 双子のメンション入力が恐ろしく速い。今日の出来事を海流に伝えたくて仕方が無いのだろう。海流の既読が追いつかない。


「先公はどうしてる?」

 始業式前にあれだけ紫釉とか言う奴に絡み掛かってた先公だ。何もしていないはずがないと海流は推定していた。すると

「めげルと言う言葉を

 知らない様でス」

 と、春日から苦笑いのスタンプと一緒に送られて来た。


「朝ノホームルームカら終礼マで

 他ノ授業時間でモ

 隙あらば教室ニやって来て

 ジーヤゥさんニ絡み倒してマしタ」


「でスが、てんで相手にされなくテ

 あの美人が美青年に頬を膨らませテ

 拗ね散らかしテる姿が可愛いト

 クラスの腐女子が

 キャイキャイしてまシたよ」


 おぅふ。いわゆるBL萌えって奴か。俺様には関わりのない趣味だが、好きよなー?一部の女子って。


「『響、保護者なのにー!』って暴れ始めたラ

 理事長がどこからかスっ飛ンで現レて

『いい加減にしなさい!逢野先生!』って

 ゲンコツ落とさレて首根っこを掴まレて

 何度も本来担当ノ教室に連れ戻されて行きマしタ」


「『保護者』?」

 海流はそこでようやくその記憶を思い出した。

 響は海流と出会った当初から言っていたではないか。


「なんたって響はあの子の『保護者』だもん!」

 自信満々に胸を張る響の姿が脳裏に浮かぶ。


「『月紫釉』égal『先公の保護』対象っつーワケか。紫釉とかいう銀髪美人の様子が気になりすぎて先公の職に入り込むとか、やっぱ頭がイかれてるぜ」


 それでも3つも山積していた謎のうち、1つ目の「響が学園にやって来た理由」が判明したのでスッキリした海流だった。


 夏日は続ける。

「デもなんデすが、カイルさん

 ボク、昔あの先生に

 会った事がある気がスるんデす」


「そウなの?」

 春日が驚いている風にメンションを打っている。

「僕は知らないけド

 どこで?」


「それが記憶が不確かデ……

 後、マだおかしな事がアるんだ

 春日ワ『貴族名鑑』ヲ見タ?」


 スッキリついでにトイレに立った海流を置いてトークは続く。


「『貴族名鑑』?

 親戚とカ

 やたらあレを見て僕たちニ

『婚約者にどうか?』って

 貴族のお嬢様の釣り書キを

 送って来るヨね」


「ソう

 ソれニ

 無いんだ

 先生の名前」


「『子爵 逢野』っテ言ってタのに、ネットの検索にモ引っかからナい。おかしくナい?」

 フリックする指を止めて、夏目は隣にいる春日に問いかけた。


「陞爵がどうトか言ってたシ?あノ先生の事だかラ爵位を勘違いシてるんじゃなイノ?」

 春日もタイピングを止めて夏目に答える。


「ううん、大公爵様カら男爵や騎士候マで検索ヲ掛けたケど『逢野』の名前は一文字も無かっタ。

ソんナ身元不明人物がうちの学園に入り込んデるなんテ、ヤっぱりおかしイよ」

 訝しむ夏日に春日はうなじを搔きながら思考する。

「そンなに深く考えル事じゃ無いと思うケド?。

 ほら最近はプライバシー保護ノ観点かラ名前を名鑑ニ記載さセない貴族も居るって聞クし。

 理事長かラも何も言われてもないしサ」


「そう……なのカな?」

 夏目はどうにも納得がいかないのか「モう少し調べてミる」と言ってRINEを閉じた。


 小用を終えた海流が伏せて置いていたスマホを開くとRINEのトークは途絶えていたが、まあ断りなく先に離席したのは海流だったので、離席中のトークは読まずに急ぎ適当にリアクションをつける。


「引き続きしっかり勉強しろ。板書もキチンと読みやすくまとめて俺様に送るように」とRINEを〆るとベッドの上で寝転んだまま、うーんと伸びをした。

 それからベッドサイドデスクに置いておいたサイダーを口に含みシュワシュワの泡を転がす。


 南に面した日当たりの良い部屋はメイド達により、風通しを良くしておかなければ夏になるとエアコン無しではやってられないほど暑くなる。


 まだ今は春なので大丈夫だが、ご想像の通りメイドなぞ海流の部屋に足を踏み入れる事は一切無いので万年カーテンは降りたままだ。

 何機ものマナ駆動式自走掃除機だけが海流の部屋の床を賑やかに駆け回るが、なにぶん筆頭公爵の長子の為に部屋だけは無駄に広く、空気清浄機もフル稼働しているがとでもじゃ無いが追いついていない。


 そんな全面にうっすら埃を被っている傍らの窓のカーテンを、海流は炭酸が抜け始めたなまぬるいサイダーを飲み込み、少し持ち上げる。

 小さな隙間から夏にはまだ遠い太陽がゆっくりと、しかし確かに西の山すそに向かって降りて行くのをぼんやりと見送った。


「そろそろメシか。かったりーな……」

 海流は独り言ちる。


 それもそのはず。

 今日は迦允より「日が落ちる前に帰宅する」とRINEに連絡があった。

 つまり迦允と夕食を共にしなければならない日なのだ。


 いや、普段ならば共食になったとしても、何を言われても右の耳から左の耳へ素通りさせ、パパッと夕食を口にかき込んで自室に戻れば良いので特に気にもしないのだが。現在海流は絶賛登校拒否中と言う事もあり、叱責確定なので顔を合わせるのが憂鬱で仕方なく。


 更に言えば、いや確実に乃蒼も同席する。

 莎丹も同室に控え、海流が迦允に叱られる様をニヤニヤ見届けるのだろう。


 食事だって最近は料理人や使用人に何を混ぜられてるか、分かったもんじゃねーからな。


 以前サーブされた飲み物にガラスの欠片が入れられていて口の中を切った事がある海流は、だからこそこの屋敷では自身が買い込んできた食料か、迦允か乃蒼の為にだけ用意された食材を横取りした分しか口に出来ないのだ。


 流石に今日の迦允が居る夕食の卓でガラスは入れて来なくても、激辛にされたり逆に味付け無しをサーブされる可能性は大いにある。

 面倒くささも最極である。


 しかし、だ。

「ふんっ」と海流は気合いを入れた。

 叱られんのは仕方ねえ、甘んじて受けるわ。

 代わりにクソ親父には俺様の質問に答えて貰う。


 山積していた謎の2つ目。

 アタオカ先公とクソ親父の関係だ。

 我が櫻井魔導学園の教壇に立てる先公は皇国中を見渡しても一握り、誰もがどこかで名前を見たり聞いたことがあるSSS級冒険者や才英の魔術師しか就れねえ。

 しかし俺様は「逢野」なんて野郎はネットでも新聞でも見たことがねえ。

 なのに新学期直前に最終学年の俺様のクラスの担任教師の席にねじ入って来れたのはすなわち

「逢野」の先公とクソ親父は個人的な繫がりがある、と俺様は考えた!。

 あの先公もクソ親父の事を呼び捨てにしかけてたし。

 あーやーしーいー。


 お袋が亡くなって久しいが、次々と持って来られる後妻の話は全て蹴って仕事と俺様達の教育に全力を注ぎ、浮いた噂のひとつもなく今までやって来た親父が初めて見せた他人の影。


 相手が男なのには驚きだが、あの美貌じゃまかり間違ってくらっときてもおかしくは無い。

 てかよ。同性婚だってとっくの昔に許可されてんだから、コソコソするこたぁねえだろ?なあ親父。

 あの先公と「付き合って」んならそうだとはっきり言って来やがれってっつーの。


 全力で拒否するがな!!。


 かと言って。

 晩餐室にて、いざ家族3人。

 気まずっ。


 海流は無言で、

 乃蒼は海流よりも下座なのが不満そうに。

 迦允だけがニコニコで食卓についている。


 いざ食事が始まるとどうにも口が重くなり、なるべく音だけは立てないようそれなりに身についているテーブルマナーを遵守しながら海流はアミューズを口にした。


 幸いにして、アミューズはまともな味がした。

 不味かったら迦允に残りのアミューズを突き出して交換させ、料理人からの海流への嫌がらせを知らしめて告発して大騒ぎにしてやろうかとも考えていたので、海流は緊張で固まっていた肩を密かに下ろしながら食事に集中する。


 逆に乃蒼は海流の対面からかしましく喋り倒す。

「父上、今日は学園にいらしていたそうですね?。お声掛けいただけていたらサロンにて神璽様も交えてアフタヌーンティーをご一緒いただけましたのに。

 ボクの料理人が、神璽様も絶賛なさる至高のスコーンをその場で焼き上げたのですよ?。

 我が屋敷の料理人はご存知の通り神璽様の料理人と親交がありますから皇帝陛下しか口に出来ないような食材の融通も聞いていただけるので、次こそはご連絡ください。最上の時間を用意させますので!」

「うん?。……まあ、考えておこう」

 迦允は脂肪を蓄え、でっぷりとした体躯を揺らしながら顔肉に埋まった眼鏡をクイと上げると優雅にオードブルを口にした。


 我がクソ親父ながら……変わり果てたな。

 と、海流もオードブルを口に運びながら思う。


 今の迦允に、芝蘭が生きていた頃の引き締まった体躯は見る影も無い。

 身なりこそ白髪が少し混じり始めた焦茶色の髪を、几帳面にオールバックに撫で付けてキチンとしているが、何故ここまで変わり果てたのかと親族が眉を顰めるほどぽよんぽよんに肥え太った。

 幼い海流が太りゆく迦允にストレートに「おとうさま、ブタさんになるの?」と尋ねた時は「貫禄がついたと言いなさい」と笑って頭を撫でられて言い直しをさせられたのは遠い昔の話だ。

ただ一度だけ海流にだけ囁いて教えてくれた事がある。


「女性は見た目を重視するからね。太っていればいるだけ余計な面倒に巻き込まれないのだよ」と。

 実際に。芝蘭を亡くした直後に、今の海流ほどのスタイルだった頃の迦允には月に数百通に及ぶラブレターや舞踏会のお誘いが届いていたし。

 育児に積極的な迦允が幼稚舎に海流を連れて行けば、待ち構えていた迦允の後妻の座狙いの貴人の子女達が共も伴わずに我先に迦允に駆け寄り、

 自分がどれだけ子供思いであるかとか孤児院などに慈善活動を行っているかなど捲し立てたおかげで海流は怖くて泣いてしまった事を海流自身も記憶しているので、さもありなんと納得はしているのだが。


 中身はどうなんだろうな?。

 根菜のスープを口につけ、海流は迦允を盗み見る。


 迦允は晩餐の卓に着いてなお、いまだに海流の不登校についての話題を上げない。

 海流が黙っている事を良いことに、乃蒼がひたすら自分上げで海流をこき下ろして話しかけて来るのを「さて?はたしてそうだろうか?」とやんわりと否定しながら受け流している。


 迦允は乃蒼や他の血族の言葉にも一度とて、芝蘭が死してこちら長きに渡ろうとブレる事なく芝蘭の『未来視』を信じている。

 公言し体現し続けている。

 迦允が海流の可能性を信じてくれている。その一点だけで海流は今の今まで「錬石術師」になれていなくても死を選ぶほどの絶望感に苛まれる事なく生きて来れたのだ。


 だから、だから。

 変わってねーとは思う……けど。


「あのさ、親父」

 乃蒼のマシンガントークが途切れた隙を突いてなんとか勇気を振り絞り、海流から迦允に声をかける。

 すると迦允は

「何かな?」

 と微笑んで海流の方を向いた。


「叱んねーの?」

「何をだい?」

 迦允は海流の言葉を聞く姿勢を崩さない。


 その姿があまりに真摯なので脛に傷をもつ海流は言いにくそうに続けた。

「俺が、がっこ……、休んでる件について」

「そうだね」

 迦允はスプーンを持ち上げる。


「では私は『今はその時ではない』と答えようか。海流がそうするに至った理由についていくつか心あたりはあるんだが、私は未だ答えを絞りきれかねているんだ」

 静かに穏やかな笑みを浮かべたまま、迦允はそう返すとスープを掬った。


「そ、そっか」

 あー、理由絞りきれたらカミナリが落ちるパターンだな。これ。

 長年の経験が海流に警鐘を鳴らすので、思わず背筋が凍る。

 よし、話題、すり替えてうやむやにしていくしかねえ。

 アレだアレ。


「せんせ!。あ、新しく俺のクラスの担任になった奴の事だけどよ、アイツ……何?」

 言った!言ったぞ?。俺様聞けたぞ?偉いぜ俺様!。


 すると迦允は本日食卓を囲んで、初めて困った顔を見せた。

「始業式の件かな?。だったらキミに直接伝える時間がどうしても取れなくて申し訳なかった。

 ……そうか、海流の不登校の原因も彼にあると言う事か」


「わ、分かってんじゃん」

 海流はむいっと口を尖らせる。

 迦允はスプーンを置いた。そして真っ直ぐに海流を見た。


「正直に言って、彼には私もいつも振り回されていてね。

 プライベート……いや、仕事上で親友に託された子なんだが、私は海流や乃蒼と同等に愛しみ、また後見人としてあの子の成長を見守っている。

 少々わがままな気質もあるが、根は良い子だから多少の暴走は許してやって欲しい」

 そう言って迦允は頭を下げた。


「ほえ?」

 親父が?俺様に??頭を???下げたぁ?!!!。

 海流はうっかりすると椅子から転げ落ちるかと思うほど驚愕した。


「こ?後見人って、いつから?」

 迦允にそこまで深々と頭を下げられるなど、海流は初めての事だったので思わず声が上擦ってしまう。

 いや、そんな事で動揺している場合ではなかった。


 アイツを俺様と乃蒼と同等に愛しんでいるってそんなの……、お袋は知ってたのか?。


「ああー……、そうだね。芝蘭が亡くなる前から、かな」

 その答え方は、迦允にしては何故か珍しく歯切れが悪いように海流は感じた。

 何かを隠しながら。しかし伝えたい言葉があって、それをどう言えば伝わるのか。思案しながら言葉を紡いでいるようだった。


「言い置くが、この事は芝蘭も承知の話だよ。嘘だと思うなら学園で逢野先生に聞いてみなさい。幼い頃に遊んでくれた『芝蘭のおばちゃん』と言う優しい女性が居たと彼も証言するだろう」

 そんなの…

「言い訳にしか聞こえねーし」

 海流の中に苛立ちが募る。


「てか、そんな前から?。んな話一度も聞いた事ねえぜ?」


 迦允は「ふむ」と唇を指でなぞると視線を天井へ漂白わせながら答えた。

「半分『仕事上』だと言っただろう?。その前に私は家庭に仕事は持ち込まない主義だからね。しかしながら、公の場では彼を私の『養い子』だと呼称する時もあった。

 あったが、あくまでも書類の上だけだ。

 コラ海流。そう顔をしかめるんじゃない。勘違いだけはして欲しくないからはっきりと言っておくが、断じてあの子は私の血は受けていない。

 私と親友は本当にただの友人だよ。

 キミがありもしない万が一を妄想するのは勝手だが、もし私の血を受けていたとすればあの子の異能の特性的に『錬石術師』の異能を確実に取り込んでいたはずだ。

 だがキミが見た通り、あの子には櫻井の者なら如実な顕性遺伝であるはずの『錬石術師』の異能は発現していない。櫻井特有の浅黒い肌色でもなかっただろう?。

 つまりは私の子ではないし、櫻井の血筋の者でもない。

 そう言うわけだ。分かってくれたかな?。

 さて、あの子は本人の異能で授爵も叶い、家も新しく起こした。

 一時編入させたうちの戸籍からも削除して久しい。

 ただ、今でも『お前がお父さんのままでいいのに』とあの子にわがままを言われるのには辟易しているが」


「ぜ、ぜんぜん説明になってねーよ!」

 海流はブンブンとかぶりを振った。


『養い子』って。言うに事欠いて俺様とアイツが『義兄弟』だっただあ?!。

 形の上だけとは言えそんな大事な話、はっきり言ってお袋に隠れて女を作って居たと聞いた方がマシなくらいだ!。どこの昼ドラだよ!?。どろっどろじゃねーか!。


 海流は迦允の突飛な答弁にショックを受けていた。

 しかし、追い討ちをかけるように迦允は続ける。


「では何かな?。赤子の頃に父親に拒絶され、広い屋敷にひとりぼっちで居たあの子を見て、私に見て見ぬふりをしろと?。救いの手を差し伸ばさなければ良かったとキミは言うのかい?」


「そうは言わねーけど……。なんだよ母親だってちゃんと子の面倒みろよ」


「みたかっただろうさ。だが親友のパートナーは気難しい上に悋気持ちの人物でね。私の親友を徹底的に囲い束縛するくせに、もうけた子の存在を拒絶した。

 私と親友の仲を疑う猜疑心の余り、あの子を自分の異能で呪い殺そうとした。

 奴の血族の異能は皇国の暗部を一手に担ってきた『蟲毒術師』。

 今だってあの子を呪っているかもしれない厄介極まりない奴なんだ。


 おかげであの子は産みおとされたのち即座に遠方のセカンドハウスに放り出された。

 状況をみかねた親友側の親族が乳母だけは送り込んだがね。

 親友は親友の出来る範囲で彼の奴の束縛から解放される隙を見ては婚家の屋敷を抜け出してあの子を育ていたんだが、いかんせん親友も世間知らずの貴人だからね。何をどうしていいのかすら分からなかったのか、長い間あの子に戸籍すら与えてやれない状態だった。

 親友は思い悩んだ末に『兄に迷惑はかけられないけど』私ならなんとかしてくれるだろうと、あの子を抱いて皇宮庁に居た私を訪ね、子細をこぼしてくれたお陰でようやく事の次第が判明したというわけだ。

 私も早くに介入して解決したかった事案なんだが、どうにもこうにも親友の忌ま忌ましいパートナーと私は学生時代から犬猿の仲でね。皇国において新参者のくせに短期間で私や父が伯爵から公爵まで成り上がったのが気に入らないらしい。

 私は奴を宰相の名において厳重注意したが無視されただけだった。


 そうなると取る手段は強引なものになる他なかった。

 私とて宰相命令で足りないなら陛下に皇命宣下を以ってあの子を奴の家から引き離し『私の養い子』として引き取る案はどうか?と思いついたが、芳しくない方法かと却下しかけたところで、芝蘭が

『よろしいではありませんの。どうかお助けして差し上げて。それが出来るのは迦允さまだけなのですから』と

 何故か強く言うものだから。まるで何かを『視』たかのようにね。


 言っておくが、これはキミ達が生まれる前の出来事だよ。

 海流が生まれていたなら私はそんな方式は決して取らなかった。

 まあ、生まれた後でも芝蘭はあの子を受け入れただろうがね。


 だが結果は今の状況だ。

 その事でキミ達にも要らぬ誤解を与えたのなら重ねてお詫びしよう。本当にすまなかった」

 迦允は再び深く頭を下げた。


「は、母上が?了承してたんなら、まあいい、けど」

 海流は迦允の真摯な姿勢に触れ、しどろもどろになる。


 いい……のか?。

 てか、お袋はやっぱり何かを『視』ていたのか?。

「過去」も『視』て『剪定』するお袋だ。ありえない話じゃない。

 だがいったい何を?。


 そうして心の中のモヤモヤをうまく形に出来ずに硬直してしまい。しばらくモダっていた海流の態度を了承と取ったのか、迦允は「ならよかった」と顔を上げ、自身のタプタフのあご肉を揺らしながらようやく笑った。


 乃蒼も尋ねる。

「確かにボクもあの新任教諭の授業には驚かされましたが、人物評としては悪いものでは無かったかと。

 ただ、万が一が恐ろしく……。

 父上、念のためおうかがいしますが、本当にあの先生は櫻井の血族では無いのですよね?。

 ボクを脅かす者では無いのですね?」


「もちろんだ。彼はかつて櫻井の名を利用していた事はあるが、今は本来の名を取り戻しているし。

 ……念のために別の通名を名乗らせているがね」

「それならボクは構いませんよ。ボクの正道を邪魔しないようですので」

 乃蒼はスンっとした表情ではあったが安心したようにグラスの水を口にした。


「ありがとう」

 迦允は乃蒼にも頭を下げた。


「2人とも物わかりのいい子で助かるよ。いつかはキミ達と彼を引き合わせようとは思っていたから。多少事故った感はあるが無事顔合わせが出来ていたようて何よりだ。

 そうであれば善は急げかな?。

 誰か、新しい空の皿を私達に」


 パンッと迦允が手を叩くとメイド達によりスープが下げられ、代わりに何も盛り付けられていない皿が目の前に置かれた。


「我が最愛の息子達に私からの贈り物だ」

 迦允は迦允付きの執事を呼び、持ってこさせたマジックバッグから何やら包みを取り出すと、トングを手に、手ずから息子達の皿に赤い雫が滴るままの何かを取り分けた。


「え?これって」

海流は理解は出来るが、理解はしたくない物体にたじろいだ。


ゴメンちょっと長すぎたので分ける(今更???

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