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その日も、海流は書店やゲーセン巡りをを終えると日課の鍛錬をこなした後、門限以内に転移陣で帰宅した。
ちなみにこの転移陣は市販の固定式でもマットに描かれた物でもない。
『錬石術師』の最高峰、櫻井迦允が愛息子に特別に造り上げた物だ。
魔術に頼らないマナ自動充填式ミスト型魔道具で、マナネットワークが敷かれた場ならいつでも繰り返し使える。
魔術師が描く1回限りの転移陣のように、空でも地面にでもワンプッシュするだけでマナミストが広がり、転移陣が描かれると言う、櫻井家の聖書『みらドラ』にも登場した『どこにでもドア』的なトンデモグッズである。転移場の指定も脳内に想い描くだけなので簡単だ。
この魔法陣は確実に櫻井のマナネットワークを通る=櫻井サイバー犯罪対策班の個人照会が自動で行われる=防犯対策ばっちり!!。
なので脛に傷を持つような反社会的人物は使えないシロモノになっている。
その為、魔術が使える高位貴族でも迦允が造った魔道具の廉価版をこぞって櫻井の血族に作成を依頼し、子息子女に持たせていたりもする。
防犯対策の無いただの魔法陣なんて、描き間違えていたらどこに飛ばされるやらわかったものでもないからね。
そんなこんなで屋敷の生体認証ゲートを問題なく潜り抜け、長い道を歩き海流は玄関のノブに手をかけた。
こちらも生体認証クリア、カチャリとロックが外れる音がする。
珍しいな。
海流は独り言ちる。
乃蒼が帰宅したら即システムロックをかけやがる乃蒼贔屓の家令の奴、とうとう呆けが入ったか?乃蒼さえ帰宅したら俺様が帰る時間を見越していつも完全ロックで遮断してくるくせに。
まあ、また転移陣ミストを吹いたり自室によじ登らなくて良いから構いやしねーが。
海流が鍵を開けた扉の先の玄関ホールはガランとしていた。
ひとつ目の生体認証ゲートを通った時点で海流が帰宅した事はメイド共にも伝わるはずだが、誰一人迎えに来ない。この屋敷に俺様の味方はウザいクソ親父しか居ないから慣れたものだが。
一応
「帰った」
と言ってみる。
が。答える声すら無し。
毎日の事だ。
海流は帰宅したその足でキッチンに向かった。
己れの夕食を己れで確保する為だ。
なにせ迦允が帰宅しない日は料理人の奴らもグルになり、あからさまな嫌がらせ……海流の食事を作らないからである。
キッチンに入るとまだサーブしていなかったらしい乃蒼のデザートがあった。
てことは今は晩餐室に乃蒼が居んのか。
と海流はただ考えただけだったのに、料理人とメイド達は身を挺して料理の前に立ちはだかりガードしながら海流を睨み付けた。
「けっ!」
へいへい。毒なんざ持ってもねえし造れもしねえの知ってんだろ?ひっくり返したりもしねえよ、ご苦労さんなこって。
一度だって俺様はんな事をしたこたぁ無いのに、コイツらときたら想像力たくましい櫻井の血族になんか吹き込まれて信じ込んでんだよな。
はー、ダっる。
海流は彼らを総無視する事にすると冷蔵庫を勝手に開けた。
料理人達が気色ばむが、無視だ無視。
慣れた手つきでウインナーとレタス、ケチャップとマスタードソースとオレンジジュースの瓶を取り出す。そしてもってパンの棚からバケットを掻っ攫うと手で大胆に割り、先程取り出したウインナーと一緒にオーブンに突っ込んだ。
マナオーブンレンジの加熱スイッチをポチ。
しばし待ち、待ち時間は乃蒼の為にだけ作られたが余っていた料理にちょっかいを出す振りをしてメイド達と遊ぶ。
チンと音がして焼き上がったら取り出して、バケットにウインナーとレタスを挟みソースをこれでもかとかけまくると、海流特製のホットサンドの完成である。
かーんせーい!ぱちぱちぱち。
ガブリと喰らいつく。
高級なウインナーからたっぷりと肉汁が溢れてうまうまだ。レタスもシャキシャキで良。乃蒼の為にだけ用意されていたのだろう食材だと思うとより美味さ格別である。
海流が美味そうに咀嚼し、オレンジジュースは瓶に口を付けてラッパ飲みするのを料理人達は苦虫を噛み潰したような目で見て来るのが実に楽しい。
ホットサンドを飲み込み、ゲフーと盛大にゲップしてやる。
そして海流は中途半端に残ったオレンジジュースをダンッと食台に置き、ついでにまた冷蔵庫を開きツマミ用にサラミやチーズなどをテキトーに取り出してバッグに放り込むとキッチンを出た。
嫌がらせには嫌がらせである。
オレンジジュースは即刻で廃棄だろう。クハハ!俺様の為に仕事をする気分はどうだ?。せいぜい悔しがれや!ばーかばーか!。
海流は心の中でキヒヒヒと笑いながら自室に向かった。
その時だった。
どうやら海流が海流キッチンを開いていた間に乃蒼はデザートを食べ終えていたらしく、家令の莎丹を伴って晩餐室から出てきたのである。
慌てて海流は隣李の朝食室に滑り込んで息を潜めた。
いや、堂々と自室に帰って良いのだが、長年の莎丹からの嫌がらせを思い出すと体が勝手に反応してしまったようで、悔しい。
悔しいが顔を合わせると後が面倒なのでこれで良かったのだと、海流は自分をなぐさめる。
「何度でも申し上げますが、乃蒼様。此度も学年末試験で筆記、実技におきまして総合トップを取られました事、誠におめでたく。流石は次代の櫻井家の頭目であらせられます」
はい、始まった。
海流はケっと舌打ち、口を尖らせた。
「当たり前だろう?莎丹。僕は見るだけで吐き気を催す、およそ血が繋がっていると思いたくも無いどこかのゴミクズとは違うからね」
莎丹による乃蒼のいつものヨイショに、乃蒼は迦允似の海流の茶髪と違い母譲りの艶やかな黒髪をファサりと払って、当然だと言わんばかりに……いや言いきって笑う。
乃蒼の奴。お袋似のくせしてお袋の遺言とかまるで覚えちゃねーんだろうな、反吐が出る。
まあ俺様もコイツと今更仲良く櫻井を盛り立てようとか寒気しかしねーし。
っても昔は乃蒼もここまで俺を毛ぎらいしちゃいなかったんだがなぁ……。
海流は遠い昔を思い出す。
宰相の政務に忙しい迦允に代わって、海流は乳母と一緒に乃蒼にミルクを飲ませた事もあったのだ。
あの頃の乃蒼は可愛かった。
それが元々は迦允の弟「亜鈴」付きの使用人だった莎丹が迦允の屋敷にやって来てから、おかしくなったと海流は思う。
莎丹はじわじわと、だが顕著に乃蒼の周囲から海流を排除した。
魔力量以外何も無い海流を馬鹿してせせら笑い、貶めし、迦允以外の櫻井の血族や使用人に至るまで「次代の頭目は『乃蒼』様だ!」と声高らかに言い出すよう周到に徹底的に乃蒼びいきに洗脳した。
迦允も「海流の事」以外では有能な莎丹を切りきれなかったのだろう。
年老いた先代の家令に代わり、周囲から櫻井家の家令の地位に推挙され、迦允の下命でその地位を得た莎丹はそれまでより一層苛烈に海流を排斥した。
それでも迦允は海流を真っ直ぐに見て「芝蘭の遺言を信じているし、なにより海流自身を信じているよ」と笑うので、海流は年々辛くなる立場のなか、芝蘭の『未来視』を否定する事も出来ず苦しんでいるのだが。
海流がキツく唇を噛み締める隣を
「ごもっともなお話、大変失礼をいたしました」
「ははっ構わないよ、亡き母上の代わりに僕のおしめを取り替えまでして育ててくれた莎丹と僕の仲じゃないか、もっと気楽に語りあおうよ」
「嗚呼……乃蒼様、恐れ多くも恐悦至極に存じます」
2人は楽しそうに海流をこき下ろしながら歩いてゆく。
はいはい、乙乙。
海流はそれとなくいつものように耳を塞ぐ。
たとえ嫌味や侮蔑や嘲笑の言葉を言われ慣れていたって、悲しいものは悲しいし腹立たしいのだ。
しかしなぜ?。
人は耳を塞いでも、嫌な言葉はどうして海流の心に突き刺さってくるのだろうか?。
2人と、いく人ものメイド達が朝食室の前を通って行く。
「しかし乃蒼様……気楽にと申されましても、私めにはもったいないお言葉でございますゆえ」
「そう畏まるな莎丹。これからも末長くよろしく頼むよ。お願いだ」
「おお……!乃蒼様、頭をお上げくださいませ!。この莎丹、命に代えましても櫻井家を、乃蒼様をお支えする所存でございます!」
「さたーん?また力んでいるぞ?」
「これは失礼を。リラックスでな?こう…ぐにゃーんと」
「ハハハ!普段の厳しい顔が蕩けて…ハハ、お前そんな顔も出来たんだな」
「乃蒼様が赤子の折にはこの様な顔も、あの様な顔もして喜んでいただきましたぞ」
海流の視界からは見えないが、莎丹が乃蒼に百面相をしているようだ。
「ハハハハ!僕の腹を捩り切るつもりか?」
「はっはっは!実際に捩り切るならば、あのゴミカスの腹を切り拗り割いてぶちまけてみたいものですなあ」
莎丹が下卑た笑いを返す。乃蒼も頷いて
「同感だ。父上がゴミにつけた護衛も、僕に付いてくれている秋夜と冬夜と違ってゴミカスに懐いていると聞くぞ?。東雲家の内紛の話はチラと耳にしただけだが、どうせ『生まれた順』にこだわる僕の父上に家督を継がされただけのゲロ同等の愚図共だろう。まとめて仕末したいものだな」
鼻で笑う乃蒼の言葉に海流はカッとなった。
はあ?!オレの事はいい。
だが春日と夏日に手を出すだと?!。
ならこっちは東雲の2人に「ダークネス・ダーマ・リヴァイアサン」と「アテルマ・アルティメット・バハムート」を同時召喚させて、テメェらなんざ塵どころか魂の石「プシュケ」も残さず消滅させてやるわ!。
たった1体でだって1億人程度の国民を抱える小国ならブレスひと吐きで壊滅出来る召喚獣だぜ?!。
いざ戦地に立てば双騎当千の「五大老」
東雲侯爵家の頭目の名は伊達じゃねえんだ!。
アイツらをみくびるなよ!クソッタレが!。
と、叫んでやりたいが今は東雲兄弟が居ない為、海流はツマミに頂戴していたサキイカを力の限り噛んで耐える。
莎丹はそれは嬉しそうに手揉みする。
「ええ、ええ、あのゴミは今は旦那様の温情で学園に居座っていますが、来年行われる卒業試験からは逃げられません。
『落伍者は一切において皇国に仕える資格無しとする』のあの卒業試験です。筆記試験こそカンニング出来ようとも、魔術が使えないカスが実技試験に合格しよう筈がありませんから、ゴミは即退学処分♪。
当家に居場所は無く、何処にも就職先も無く。
そもそも無能な所為で高位貴族なら必ずいらっしゃる婚約者様すら裸足で逃げ出されてしまい、婿の道も無いクソゴミクズ。
そのようなウジ虫など、我が皇国の四天王にして筆頭公爵、宰相たる櫻井家の頭目であらせられる頑固な旦那様も、流石に貴族社会の恥を後継者に据えると言い張り続けるのも難しくなるでしょう。
あと1年の辛抱でございますな、乃蒼様」
「そうだね。来たる日に向けて僕も更に研鑽しなければならないなぁ。
もちろん引き続き年間の学年トップでい続けよう。卒業試験対策も今から始めておこうかな」
「御立派です乃蒼様!亡き芝蘭様もあちらの世でお喜びかと存じます」
「母上にもか!ならばいっそう勉学を励まないといけないな。
莎丹、今日より僕のスケジュールは僕に構わず密なものにしてくれ。忙しくなるぞ」
「はっ!御意に」
「…チッ」
母の名まで出されて貶められた海流は忌々しさのあまり思わず大きな舌打ちをしてしまった。
すると
「?…誰か居るのか?」
乃蒼が周囲を見渡す気配を感じる。
やっべ。
海流は慌ててバッグに手を突っ込み、何か身を隠す物はないかとまさぐってみる。
海流の思いに応えたバッグがまさぐる海流の手に触れさせたのは、幼い頃に迦允に遊んでもらった「かくれんぼマント」だ。
もちろん迦允特製の逸品なので、子供のお遊び用として作られているというのに、マントを中心に周囲数十メートルの気配遮断の効力も付いている。
このマントを身につけていればたとえ触れられても認識阻害されて触れた事に相手は気づかない、やはり国宝級のシロモノである。
クーデターがあったら逃げるのに重宝するだろう。この皇国に限ってそれは無いだろうが。
しかし国宝しか造らんのか?あの父。
迦允はこの皇国におけるテラフォーマなのかもしれない。
ちなみにずっとマントを羽織られていて大事な息子を見失ってしまうのは本末転倒な為、布地に糸形のビーコンが織り込まれており、たとえちぎれて切れ端になろうともその塵ひとつひとつが余さず国中に飛び回っているドローンに常に海流の位置情報を送るので、気がつくと海流は迦允に捕獲されていていた。
かくれんぼが楽しかった当時はしっかり隠れても見つかってしまう謎遊びに海流は訳もわからずキョトンとして居たものだが。
そんな出来事も懐かしい海流であった。
あー、これなー、思い出した。さーっすがクソ親父様謹製のマジックバッグと魔道具ですわねー。あの神漫画「みらドラ」もびっくりな創造力豊かな謎アイテムがあきれるほど出て来る出て来る。貰ったのも昔過ぎて忘れてたわ。
つーか、これから帰宅する時はこれからはコイツ被って帰ったら面白そうだな?。
使用人共なら出し抜けそうだし。キシシシ、面白くなってきた!。
海流がニヤニヤしながらマントを羽織ると同時に莎丹が朝食室を覗いた。
「はて?音がしたと思いましたが……?」
莎丹は室内ライトのスイッチを入れて暗視するかのようにギョロついた目で室内を確認するのを、
へっ!ここにはだーれも居ませんぜ?。
と、海流は衣擦れの音だけは立てない(迦允製なので音を立てても大丈夫なのだろうが、念の為)ように気をつけつつ、莎丹の脇をすり抜けて廊下に出る。
うっし!。脱出成功。さっさとずらかりますかね。
これ以上コイツらの話を聞いてたら食ったもん吐き出しちまいそうだしよ。
よしんば乃蒼に一蹴りでも喰らわせてから自室に帰ってやろうかとも考えた海流だったが、今は堪えて大階段に向かう。
1段目に足をかけた所で、探査を諦めた莎丹が乃蒼の元へ引き返すのが見えた。
「どうせネズミだろう。捨ておけ」
そう言う乃蒼に莎丹は訝しげに顰めた面のまま肩をすくめて
「左様でございますね。ゴミを攫う汚いドブネズミが居たのでしょう。忌々しいクズネズミが」
そう言うと、かくれんぼマントを羽織っている海流に「居るのは気づいているぞ」と言わんばかりに階上を睨め付ける。
一瞬、目が合った気がして海流はベーっと舌を出した。
はーい!櫻井家の面汚しの海流でーす☆。家出を考えても何度逃げ出してもクソ親父に見つかる『未来視』しか『視』ないんで、もはや人生諦めてまーす☆。
ん?分かったぞ?。
もしかして門にも玄関にもロックがかかってなかったのは、かけ忘れじゃなくて俺様に嫌味を聞かせたかっただけの莎丹の策謀か?。
趣味悪りぃったりゃありゃしねーわ。気分わっる!。
はー!このまま聞かされ続けても胸糞悪くなるだけだわ。部屋上がってソシャゲしよ。今日の取り引きのおかげで課金が捗りますわー。
海流は叫びたい気持ちを押さえつけて階段を登り始める。
莎丹は海流の捜索を諦めたのか、次の話題を乃蒼に振った。
「乃蒼様、学年トップと言えば我が皇国の第3皇家であり、乃蒼様の御従兄弟でもあらせられる「聖良」の継嗣様もトップをお取りになったとか」
「うん!神璽様は同い年のクズネズミと違って常に全ての学科において1位しか取った事がないSクラスの天才でいらっしゃるからね。
ただ、筆記の一部であの唾棄すべきクソに遅れを取られかけたのには驚いたけど」
へっへー!俺様と同い年なくせに御学友選びに、言うに事欠いて年下の乃蒼を選びやがった神璽のアホな。
アイツこそ、皇国の第1皇位継承者で「聖良の継嗣」なんだから積極的に『未来視』していきゃいいのに、寿命削んのをびびってカンニングもできねーんだからそりゃ俺様に負けんの確定っしょ?。
それも俺様がちょろっと『視』た解答のうちでテキトーに覚えてた分だけ、それもあえて凡ミスまでして得点を下げてやったテストで俺様以下とかwww。なんか姑息な手段を使って採点ミスを指摘して、どうにか俺様の点を超えたようだが。
ぶぶぶ!。未来の皇帝陛下様の地道なガリ勉ぶりには頭が下がりますわー。ククッ!。
笑いを噛み殺しながら海流はまた一段、階段を登る。
「おそらくあの痴れ者はくだらない『未来視』でもしたのでしょう!。旦那様の能力を強く受け継ぐ乃蒼様と違い、アレは芝蘭様の清らかな聖良のお力を悪用している節があるそうです」
「だろうね。実技はいつも通り0点だったみたいだから、来学年もFクラス確定さ。実に櫻井家の恥だよ。さっさと寿命食い潰して死ねばいいのに」
んだよ、わかってんじゃねーの。お前らに言われなくても俺様はその予定でガンガン『未来視』してますー。人生なんてのは太く短く楽しく生きてなんぼってね。
あー、サキイカもサラミもうめーわ。オレンジジュースも持ってくりゃ良かったな。
海流はサクサク階段を登る。2人を振り切るように。
もー知らん。もー何も聞かねー。
耳にワイヤレスイヤホン挿してっ、と。ソシャゲ立ち上げちまお。
なのにイヤホンを挿す直前に、莎丹が最後に発した言葉がうっかり海流の耳に入ってしまう。
「『死ねばいい』と言えば乃蒼様。先日、神璽様が第1皇位継承者から第2皇位継承者に降ろされたと言うのは本当の話なのでございますか?」
はい?。それは俺様も初耳でござるが!?。
あのぼんやりしたのっぺり顔のくせに第1皇位継承者だっつー事だけを鼻にかけて威張りちらしてる神璽様が??。
なーんか高位の爵位持ちの子女の中から綺麗どころを集めましたーみたいな取り巻きの奴らにいつもキャイキャイされてる神璽様が???。
なんとなんとこの歳になって第2位に、降格ですと?!?!。
思わず2人を振り返る。
こんな面白そうな話、聞かずに居れますかっての。
海流は上機嫌で階上に上がり切ると階段にどっかりと座り、長い脚を器用に組むとニコニコ笑顔で続きに耳を傾けた。
「ああ、残念ながら事実らしいね。
第2皇家「天使」家は先代の後継者の不始末から続く、今代の後継者不在で皇位継承権を放棄していた筈だけど、どこに秘匿していたのか突如1人の皇子を第1王位継承者に出してきたそうだよ」
「そやつ、偽物では?」
莎丹は苛立ちを隠そうともせず乃蒼に尋ねる。
「いや。「天使」家が出してきたそいつは、皇帝陛下や他の皇族、ずらりと囲んだ大臣家臣の目の前で奴は…その方は、ある大臣が飼っていたが数十年前に死亡し、焼かれ、完全に白骨化していたウサギの骨片のうち、たったひとかけらのみを『よすが』に「天使」家の異能『反魂人形使い』の奇跡の内のひとつ『黄泉還り(アブソリューション・リザレクション)』を行使し、見事生き返らせたそうだ」
「しかし、ウサギを還魂した程度で真物だと認めよというのは無理やりが過ぎませぬか?」
「うん。評定者達も同意見だったようでね、彼らはその方を英霊墓地にお連れして還魂を迫った。その方はいともあっさりと了承すると異能を行使し、墓地を歩く傍らから次々に英霊達の魂を還魂したそうだよ。
だが、はじめこそ大臣達は還魂した親兄弟との再会を喜び合っていたが、次第に既に現代に転生していた者も現れ始めてね。
『もう一度殺してくれ!俺を今の姿に!今の家族の元に帰してくれ!』と泣きわめいたり『私こそがあの家を継ぐ筈だった!なぜ貴様がのうのうと私の座に座っているんだ!』と大臣に噛みつくのに、評定者達が慌ててその方をお止めした程だったそうだ。
『よすが』があってあの騒ぎだ。
流石にその方はまだ歳若くおられたから『天使』家の異能の長たる
『よすが無しでも何千年何万年前に死した魂さえ、たとえ幾度転生していても無理矢理生き返らせたい対象を還魂する』
その御能力までは開花されていないとの話だったが、それでも聖女様の異能や父上が造れるリザレクション・ヒールポーションでは1週間以内に死んだ者しか生き返らせないから、桁違いの異能としか言えないな。
その上で、世界を詳らかに見渡しても冥界の神「レグバ・ゲデ」様お手作りの種族しかお持ちでない第3の目を額に有し、
更に「天使」家の本家筋のお血筋のその第3の瞳にのみ発現する『トリニティ・ムーン』、
昼は淡いピンクから甘いパープルと深みのあるブルーに、夜は真紅のレッドから蠱惑的なパープルと漆黒のブラックにグラデーションする神秘に、感情によって三日月から満月のハイライトが浮かぶその姿を見せられたら『どなたも文句のつけようがなかった』との事だ」
「それほど……でございますか」
莎丹は息をのむ。
「ああ。父上曰く『義眼ならば私でも一時的に誤魔化せる物を造れるが、現実で目の当たりにしたその子の『トリニティ・ムーン』は決して偽物ではなかった。それに『魂の罪障消滅』並びに『輪廻円環の理を完全無視した還魂』の異能なぞ……irréaliste、とてもじゃないが私には『天使』様の能力を完全に模す魔導具は作れない』っておっしゃっていた」
乃蒼は悔しそうに首を横に振った。
そんな乃蒼を見、海流はかつて家庭教師が語っていた櫻井家の歴史を思い出す。
我が皇国は櫻井家が筆頭公爵を務める四天王公爵家の上に、先ずは「神鏖殺」の異名も持つ「愛乃」と、生者と死者と繋ぐ「天使」、そして未来を剪定する能力を持つ「聖良」の三鬼神大公爵家が1世代ずつ持ち回りで「愛乃」「天使」「聖良」の順に皇位を継ぐ形になっている。いわゆる「三統迭立」国家だ。
過去に櫻井家で家督を巡る内紛が勃発した時は、海流の祖父「亞暖」は先代の皇帝「聖良神月」様を頼って、櫻井家の総本山であり、王として君臨していた「リル・ダヴァル王国」からこの国に亡命し、「聖良」の庇護を受けた。
亞暖は皇国において伯爵の地位を授け、この地で新しい「錬石術師」櫻井家を起こした。
「錬石術師」は創造神御手ずからその祖をお造りになられて、その異能を発現してこちら、あまたの神と等しくどの国にも加担せず世界中に血族を派遣して、その能力をもって世界の文明度を均衡に保ってきた血族である。
亞暖も初めは伯爵の地位で良しとして「リル・ダヴァル」の王であった頃を引き継ぎ、創造神の導きのまま皇国にも一定水準以上の干渉はしなかったが、
時が経ち、神月が崩御し「愛乃」の継嗣「麗」が今代の皇帝として代替わりした頃に起きた事件で、櫻井家はその方針を転換せざるを得なくなった。
過去の内紛で分たれた櫻井家の残滓……。
迦允の弟「亜鈴」を王に据えて新たな「リル・ダヴァル王国」を興していた、迦允の実の母でもある「唯風」が
「正当な『錬石術師・櫻井家』は亜鈴派の血族のみである」
という名目の元に凶悪な武器や命を脅かす麻薬や毒薬などを売り捌き巨万の富を築き上げる殺戮武器商会国家と成り果てて、幾多の国を暗部から操り各国の亞暖派の血族に襲いかかったのだ。
長年の戦争に疲弊した国家間で「櫻井は生物を殺傷さしめる武器を作成、保持、供与もしない」と取り決め、一切の武力を放棄した矢先の話である。
武力を持たない亞暖派の櫻井家の窮地に、歳若くに崩御された神月に付き従って隠居した亞暖の跡を継いで頭目となった迦允は、今代の皇帝「愛乃麗」に深い忠誠と、自らの異能である「錬石術師」の能力を全て捧げると誓う代わりに、神と共に世界の文化の均衡を担っていた義務を放棄する道を選んだ。
それから迦允は「神鏖殺」と言う言葉を身をもって体現する「愛乃」家の血族の手を直接お借りする許可を得て、その方とたった2人で亜鈴が治めていた「リル・ダヴァル王国」に殴り込み、かの方の圧倒的な「力」で亜鈴派を皆殺しに。
亜鈴と唯風が惨たらしく屠られるのを、櫻井家の頭目として最期まで見届けた。
「リル・ダヴァル王国」本国の亜鈴派亡き後もそれでも襲いくる他国の亜鈴派の残党も、迦允はかの方に容赦なく叩き潰していただいた。
「愛乃」の血族の方の温情により、もぎ取られた弟の亜鈴の片腕を受け取った迦允はリル・ダヴァルの地にて代々の先祖の御霊が眠る櫻井家の霊廟にひっそりと埋葬し、
迦允は2度とこのような内紛が起きぬよう
「頭目は本家筋の血族から」
「頭目たる継嗣は生まれた順」
とすると取り決め、血族にも強く戒めた。
この内紛について神々から苦言があったが、迦允は「私こそが正統なる櫻井の頭目として、世界の均衡に携わる義務を再び担う」事を約束し、神々や各国からの追求も躱した。
しかしその後も愛乃の為にこの国の為に海流の為に「錬石術師」の能力を使い続けて発展し続けた皇国に「世界の均衡とは??」と尋ねられる事もあったが、各国に櫻井家の血族をこれでもかと送り込み、迦允が創造したインフラ技術やマナネットワークを各国に普及させ彼らの文化レベルを底上げする事で「均衡」とし、それらの言葉もシャットアウトした。
手紙を通話デバイスやマナメールに。
馬車を車に飛行機に。
なんなら魔術無しの転送陣に。
今では世界の凄まじい発展に貢献した功績で、皇国での始まりはただの伯爵家でしかなかった櫻井家は幾度も陞爵を受けて貴族社会を登り詰められるだけ登り詰め、今や皇国の宰相となり、押しも押されもせぬ「四天王」として筆頭公爵家まで上りつめたのだ。
そう、櫻井家は「この国」と言うよりは「愛乃」家に仕えていると言っても過言では無い蜜月関係にあったりする。
……なんて事は試験の解答以外で歴史に触れない海流は「なんでうちは聖良サマから愛乃サマに鞍替えしたんかね?」と鼻ホジ程度の認識で、興味すらないのだが
「叔父の『亜鈴』と弟の『乃蒼』の立ち位置がダブるんだよな……と、なんとなくsentimentに覚えていた。
どちらにせよ、海流は自分が聖良の能力を使いまくっている事はおいて置いて神璽の事が苦手だったので、神璽が無様に第1皇位継承者の座から転がり落ちた話が楽しくて仕方なかった。
で?その新しい第1皇位継承者はいずこに御わしますの?。
てか「歳若く」って何歳よ?。
やっぱ皇都の学園通い?。
うちの学園とか来ない?。
愛乃様の第1皇子様は来なかったけど、聖良の第1皇子の神璽と天使様の第1皇子様がバチバチやんのは見てえかも。
une chance見れたりしねえ?。
海流は興味津々で階上まで上がってきた2人とメイド達の後ろにくっついて歩く。
乃蒼は苦虫を噛み潰したような表情で吐き捨てるように続けた。
「まったくもって青天の霹靂。由々しき事態だよ!。傷心の神璽様をお慰めしたいところだが、父上はその傷に塩を塗り込むおつもりなのかその『天使』様の後見人になられるし、あまつさえうちの学園に来期の春から編入させると公言してしまわれたんだぞ!。嗚呼、ボクは神璽様にどんな顔でお会いすれば良いのやら、父上はまったく考えなしに厄介事ばかりお引き受けになる!」
ひゅー!親父グッジョブ!。
面白れーもん見れそうじゃん!。
んじゃ俺様は天使様側につこっかな?。
負けんなよ天使様!神璽の奴の鼻っぱしらをブチ折ってくれや!。
「ふん、ポッと出の虫ケラなぞ踏み潰せばよろしいのです。神璽様もお喜びになられるでしょう」
「それがそうもいかないんだ。
ほら、前の皇帝陛下「聖良神月」様が崩御された頃まで『愛乃』家は『翠』様という第1皇子がいらっしゃったのに突如『翠』様が健康を損ねたという理由でそれまで秘匿していた兄皇子『麗』様を第1皇子に推挙されて、そのままかの方が皇帝陛下に即位されたという経緯があっただろう?。
その時と同じで、天使の第1皇子様も御名が『嵩逝』様だと言う事だけは公表されているんだが、顔も年齢も学年も秘匿されている。
偽名で編入されるようでね。櫻井の捜索班に改めて今年入学試験や編入試験を受けようとする者と、今の在校生全生徒の身元を洗わせてはいるんだが今ひとつ掴めていない。
麗皇帝陛下の厳命で『亜人奴隷解放平等宣言』が発令されてこちら、貴人だけの学園だったうちの学園でも無駄に人や亜人を分け隔てなく受け入れるようになってしまったから、入学だけはしやすい過大規模校に成り果てたのが仇なっているよ。
もしかしたら今上陛下が崩御なされるまで公表なされないのかも知れない。
陛下は父上よりほんの少しお歳が上なだけで今なお力強い方であらせられるから、皇位継承権の争いは次代に持ち越されるだろうとも言われているしね」
「お可哀想な神璽様……、御心痛いかばかりかと思うとこの莎丹の心も掻きむしらされんばかりです」
「ボクもだよ、莎丹。ボクは神璽様の御心が痛いほどわかるからね。
ボクはあの無能のクソカスより優秀な、血族の誰よりも飛び抜けた異才を持つ櫻井なのに、父上は一度たりともボクを継嗣にするとは言ってくださらない。
この異能こそ誉めてはくださるが、決して認めてはくださらない!。
何故だ?ボクが『長子ではない』から?
『後から生まれた』から?。
『生まれた順と言う理』?
それが何だと言うんだ。
嗚呼、いくら母上が『視』た『未来視』が『絶対正史に剪定されている』と言われたって『視』間違う事もあるだろうに、
父上は間違っておられる!」
「ええ、ええ!乃蒼様!。乃蒼様こそが櫻井の後継者であらせられます!」
「分かるか!莎丹!」
「はい!乃蒼様!!」
「皆もそうだな?!」
「はい!!乃蒼様こそが我が主人!!」
乃蒼と従僕達が咆哮をあげる。
はいはい俺様も分かるわー。『視』間違いってあるよねー。
昨日『視』た今日の『未来視』、
『剪定』こそしてなかったけど『確定事項』に近い『近未来』しか『視』てねーのにaccidentしか無かったからな。
『未来視』は絶対じゃねえ。
ねぇ……そうでしょう?。
「そうと言ってください、母上。私はもう疲れたのです」
やかましい2人の行列から離れ、海流は自室に入ると近くの窓から星空を見上げる。
私は「櫻井」にも「聖良」にもなりきれない、半端者。
混ざりモノの異能、か。
海流は迦允に連れられた先の精霊の祠で直接会った精霊達に「存在ガキモチワルイ!」と罵られたあの日々を思い出す。
どうして母上は同族に嫁いでくれなかったのですか?。せめて創世神側の貴人を選んでくだされば私はこのような存在に……。
母上が外様のクソ親父なんか選ぶから、私はどっちつかずの能力しか使えない混ざりモノに産まれ損なってしまって!。
母上など…母上など、私は…大きら……!っ!。
嫌いなわけがない。
大事な息子の為に命を削って散った母を嫌いになる子供がどこにいるというのだ。
ただ。
海流は悲しいだけだ。
母を殺してでも生き延びてしまったのに。
父とて全力でサポートしてくれているというのに未だに「錬石術師」の異能を完全発現出来ない『私』が申し訳なくて情けなくて。
死にたい。
さっさと死んで母上と祖母に会いたい。
つと、海流は魔眼に寿命を寄せて、自身の『未来』を削り『視』る。
やはり母が剪定して確定した『未来線』には弾かれて覗けず、ろくでもない『未来』ばかりの枝葉しか『視』えなくて、海流は首を振って魔眼を閉じる。
そうやって子供の頃から海流は幾度も幾度も、母が見たという『未来線』を見てみたくて魔眼を発動してきたけれど一度たりとも見たことがなかったし、聖良の親戚からも聞いた事が無くて。
ねえ、母上……。母上の『視』た『未来線』は母上がお心の中で願っただけのただの『夢うつつ』、
ただの『まぼろし』ではありませんでしたか?。
もうそう言う事にいたしましょう?
ね?母上……。
そうであれば海流も楽になれると言うのに。
なのに母は
「いいえ」
と、笑って首を横に振る。
「大丈夫よ海流、T'en fais pas.お父様もそうおっしゃるているでしょう?。
そうあれかしと、なるようになるの。わたくしたちを信じなさい♪」
芝蘭は歌うようにそう言って、すっかり背の伸びた海流に背伸びをしてギュッと抱きしめる。
生きていたら、きっと、母はそうしたはずだと海流は思う。
「私が異能を開花する。『錬石術師』に更なる変化と繁栄をもたらす『者』になる」
「聖良」が『剪定』した『未来線』は、決して覆る事の無い「絶対」……か。
「…………」
俺様にはまったく『視』えない『未来』だが、
お袋がそう言うのなら。
生きて……『視』るか、いまだ『視』えぬ未来を。
「ぁーったわ!しゃーねーからもーちょいだけ付き合ってやるよ!」
海流はガシガシと頭を掻くと、ベッドに寝転んでツマミを喰らいつくし、ソシャゲを開き直してプレイに没頭した。