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「そレにしても今日の購入者サン、遅いでスね」
春日が不安そうに教室の出入り口を見る。
「ああ、あと30分以内には来てくんねーと、取り引き終わらして本屋に転移して新刊買って日課こなして帰るにゃうちの屋敷の門限ギリギリになっちまうんだよな」
海流もバチバチニ空けたピアスをいじりつつ、スマホの時刻と入り口を交互に見て答える。
ま、門限ブッチしても今日はクソ親父の帰る日じゃねーし、ボケの家令共は俺が居ようが居なかろうが俺を総無視だろうからどーでも良いが。
「『未来視』デは確かにここニ立ち寄られルはずなのデすよね?」
夏日もスマートウォッチをいじりながら困った風に海流と出入り口を交互に見る。
「それは確かに『視』たから間違いねえ。それに『お前の道中は監視している。ブツは明日、道中のどこかで渡す』って昨日すれ違いざまにメモ紙も渡して伝えてあるしよ。
……ただ俺様の寿命で固定まではしてねぇから若干の変化はあってもおかしくはねーけど」
『正しい歴史』ってやつの修正力は半端ねーとかお袋も言ってたし。
海流が答えると、スマートウォッチをいじっていた夏日が「あ」と声を上げた。
「今日ノ取り引き相手ノ先輩、卒業試験ノ実技ノ方もカナリ危うイみたいデす。今日ノ補講者リストに名前が載ってマすね」
「マジ?補講優先されちまったぽい?まー、『解答お教えします』なんて言われても渡される答えの紙がモノホンだって信じるかなんざ博打みたいなモンだからな」
俺でも補講選ぶわ。うん。
「未来予測が変化しちゃったかナ?どうしまス?」
春日の問いに海流は腕を組んで天井を見上げた。
「実技試験だけは俺らにはどーしよーもねーかんなー。『先輩実技試験ガンバ!』ってメモ置いて帰るか」
3人は顔を見合わせて一様ににっこりと笑った。
「「「意義ナーシ!」」」
「んじゃ、そー言うことで。この解答のメモ束は廃棄だ廃棄」
話が決まれば行動は迅速に。
「でワ燃やすのでソのメモをクダさい」
「ん。ヨロ」
火の魔法も得意な春日に焼却を頼もうとメモ束を渡そうとした。
その時だった。
「ほんっとーに綺麗だよね、その魔法式」
爽やかな柑橘系の香りを伴って、少女とも少年とも判断がつかない声が舞い降りてきたのは。
「あ?」
海流は声がした方を振り仰ぐ。
するとそこにあったのは漆黒の闇。
いや、闇だと思ったのはその人物が纏っていたケープ付きマントだった。
表情も、深くフードを被っていたし、フードの中も闇魔法かなにかの認識阻害魔法がかけられているようで真っ暗闇だ。
声音が明るい以外の一切の情報が読み取れないその人物はこちらを窺いながらふわふわと空を浮いている。
今日の取り引き相手か?。
一瞬そう考えた海流だったが、昨日すれ違った先輩とは体格があまりにも……そのマントの人物ひょろかったので、差を考えてその思考は引っ込めた。
これは、アレだ。
小遣い稼ぎの闇取引、とうとう親父にバレちまったーみたいな??。
なにせ櫻井魔導学園には貴人用や人間用の制服がアイボリー色がベースの2種(それも強調色は無限に自分に合う色を選べる。なお俺様は朱殷色だ。春日が青、夏日は緑。櫻井の血族の手による無意味なところで手の込んだ謹製制服なので制服に魔力を流せば気軽に色変も出来る)、貴人と違って体型が多岐に渡る亜人に合わせた制服も含めて8種あるが、今声をかけてきた謎の人物はそれらともまったく違う装いだったからだ。
つまりマントのこいつは生徒じゃ無い。
もしかしたら海流達が不正を働いて卒業させてやった生徒達の就職先に多い魔法庁からの不正監査官かもしれない。
たらりと汗が流れるのを感じながらゴクリと息を呑む。
瞬間、海流は底無しの闇に飲み込まれた!。
「おわっ?!」
だが闇に飲まれたと思ったのは海流だけで、謎の人物が海流の手元を覗き込もうと降りてきた時に漆黒のマントが海流の頭に引っかかって包み込んで視界ジャックされてしまっただけだったし、
あまつさえ
「もーちょーっとしっかり見せてよねー?」
と、手に持っていたメモ束をあっさり奪われてしまったのである。
謎の人物は「ンフフフフ♪」と笑いながら椅子に座っている海流の隣りに着地してうずくまると、メモ束をフードの闇に突っ込んで読み耽っている。
「そう!。そうなんだよ!この古代魔法陣の発動に必要な魔法式はいくつも歯が欠けたようになったまま失われて久しかったんだけど、ある法則に気づいたこのユラが代入したこの魔法式のおかげで発動の取り掛かりを見つけてさ。でもただ見つけただけじゃないよ?魔法式は美しさもまた必要なんだ。その点この式はどうだい?。文字列といい、他の魔法式との干渉性や柔軟性といいパーフェクトの美だよ!見てみて!螺旋式の階層の隙間にこの細かい書き込み!なのに運用性は軽くて7重連立まで組める爽快感!やっぱりユラが推察して再構築した事だけはあるね!この!ユラが!」
D’accord。ふむふむ。
メモ束に興奮しているマントの人物の名は「ユラ」と言うらしい。
海流は自身の顔に被さっていたユラのマントが鬱陶しくて跳ね除けたおかげで光を取り戻し、心の中で独りごちた。
あと、覆い被さられた時にラッキースケベ的な「額に胸ムギュ♡」も無かったし、マントの下はこれまた黒シャツに黒のスラックスだったから、ユラって奴は間違いなく男だ。まあ無いペタンの女子の可能性は捨てきれないが。
そしてもう一つ分かることがあった。
「一人称」が「自分の名前」の奴はだいたい
【頭 が お か し い】
「うーふーふーふー!」
ユラは興奮を隠す様子もなく魔法式に見入っている。
「今までは『κλ Γ◽️◽️ΔΞε』の部分には『विस्फोटः』の代入が主流だったんだけどそれだと神祖『ソーテール・ベル・マルドゥク』を語る上で外せない伝承で語られてきたような威力が出なかった。だからユラはこの代入は違うと思って『leherketa nuklearra』から始まる威力加算式だと推察してそれをなんか良い感じにすちゃっと入れてみたんだけどこれが正解だったよね。式を組み込んで魔力をほんのチョコッと注いだ直後に古代魔法陣がブワーって発光したかと思うと爆心地を中心に四方をおーっきなクレーターにしちゃったの!。軽く見積もって熱線による絶対致死域は半径12800㎞、爆風によって殺傷できる範囲が半径24000㎞って感じだったかな?。それにつけてもマジ神祖『神』!。全力注いでたらどうなってんだろう?星一個くらいなら破砕出来たかな??ユラ、ワクワクしちゃう!。他の研究者の子も立ち会いたいって言うから仕方なく『亜空間を飛ぶ者』の異能の力を借りてテキトーに異次元空間を作ってそこで実験室から遠隔起動させたけど、ユラ、出来たら実地で体験したかったなー。ユラを止めてきたのが師匠じゃなきゃ他の研究員なんてサクッと殺っ…。っとまー、そんな感じでアレが超水爆の古代魔法陣だったって証明されたんだよっ♪」
うっはー。
息継ぎ無しで繰り出されるオタク特有の早口意味不マシンガントーク、やっぱりアタオカだ。
海流は座っていた椅子から、それとバレぬようゆっくりと腰を上げて逃げの体勢をとる。
未だ興奮が冷めやらぬ様子のそのユラとか言う人物は、マントのサイドから肘あたりまで捲り上げた黒シャツに黒革のショートグローブをした手を出すと、手にしていた銀製のパイプ型マナシーシャを口元の闇に差し入れる。
直後に周囲にオレンジ系の甘い水蒸気が立ち込めた。
先程感じた柑橘系の香りはこのシーシャからだったようだ。
あまりに甘い香りにむせてつい手で払ってしまうと、まだ魔法陣についてぶつぶつ呟いていたものの、海流の仕草に気づいたユラは慌てて「大丈夫」と言い
「これタバコじゃないから。ニコチンもタールも入ってないよ。お子様にも安全な、完全にユラ用にデザインしてもらってるリラックスカートリッジシーシャなの。副流煙とか気にしなくて良いやつなんだ。いつも吸いながら封印指定特級呪物……じゃないや、国宝とか使って実験してるけど事故った事無いし。
このメモの紙束も大事な物なんでしょ?痛めてないから安心して」
と束をヒラヒラと振った。
「だ、大事な物って言いながらぶん回すはどーなんだよ。丁寧に扱えや。返せ」
そうだった。
早くメモを回収して逃げねば。
こいつがアタオカ研究者なのは分かったが、クソ親父の手先かも知れねー件は捨てきれて無いんだった!。
海流は慌ててメモ束を奪おうとしたが、ユラは長いマントを軽やかに捌いて
「やだ」
とメモ束とシーシャを両手にそれぞれ手にしたたままひらりと身を躱す。
「もーちょい見せてくれたっていーじゃん?。ほらこの式の流麗さ、現代では使れなくなって久しい魔力の流し方、重なり方、緻密さ繊細さ、成型の妙、それらを寸分の狂いなく噛み合わせた術式を迷いなく描き上げてる陣だよね。
まあそれらを一般研究者でも描きやすい書式に組み直したのが何度も言うけどユラなんだけどー。
ねーねー、ねー、これ、君が描いたの?」
「おうよ、だから返せって!」
「あはっ!そーなんだ?あんまりにも美しい術式だからサクライに……えーっと、サクライ『の?』りじちょーに、古代魔法教室の卒業試験問題に入れといてって言っといたんだけど聞いてくれたんだ♪。
んふ♪ユラ嬉しい♪。
でも、あれれ〜?おっかしーなー?」
ユラは魔法陣が描かれた部分をショートグローブをした指でツイとなぞりながら首を傾げる。
「だってこの術式は『宮廷魔術師希望子さん達、皇立魔術研究院に来たらこんなの研究出来ちゃうよー?』って、絶対解かせない用の?見せ用の最難問題の解答の為にユラが描いた最新の魔法陣だもん。
こんな小さなメモ紙サイズでも、念の為に問題文で代入文字は鏡面文字になるように誘導してしたり、特別なウォーターマークも施してたんだけど、それを看破されててユラびっくり!。
これ、ウォーターマークの下まで分かってないと描けない陣だし、これにうっかりでも魔力流したら発動するシロモノだよー??。この魔法陣を中心に、大都市なら2〜3カ国は吹っ飛んでたね、あっぶなーい。迂闊に持ち歩いちゃダメだよ???。
そんな感じで本来なら高等部の子が習う知識じゃ組めない式なんだけどー」
ユラはまたシーシャをひと吸いし、きゅるんとした雰囲気で海流に質問をぶつける。
「なんで君、描けたの?」
「っ!」
海流はユラのゆるゆるだが鋭い指摘に返す言葉が見つからずたじろいだ。
なにせ海流は『視』た解答をただ書き写しただけだ。内容なんざてんで解っちゃいない。
マジかよ、万事休すってやつか?俺。
海流のこめかみに再びたらりと冷や汗が流れる。
まさかの出題者に遭遇とか俺様ぜんぜん『視』てないんだが?。
未来予測さんよ、変わるにも限度あるっしょ!。
これがあれですか?「因果律」の変化ってやつですか?。
変わるようなことをした覚えはねーけど。
あーいや、昨日この解答を書き写しながら「この写しづれぇ式考案した奴ブッころ案件だわ」と声に出して読み上げた記憶があるようなないような……。
いや「そいつに会いたい」とか俺様言ってねーから!。
これだから『未来視』怖っ。「因果律」さんステイステイ。
てかコイツ俺様の親父を、「櫻井の……理事長」って呼び捨てにしかけてたな?。
なんか仲良さげな空気?出してるし?。
あんのクソ親父の奴、屋敷じゃ仕事の話は一切しねーから。俺、親父の交友関係とか全然知らんし。
うん。貴人を集めたパーティとか乃蒼の奴は良く開いてるが俺様は顔出し禁止だし。する気もねーし。
はい。俺様は皇国の筆頭公爵家の長子だが婚約者もいねーですよ?。婚姻話はみんな乃蒼に持ってかれるからな。
なんて俺様のみじめな状況はどうでもいいわ。
その前に解答よ、解答。
そんなあぶねーもん例題に持って来んな、こいつが1番ヤバ過ぎんだろ。
と、とにかく逃げる!それしかねえ。あ、でも親父にチクられねえようにメモ束を取り返した上で口止めも必要か?。
どーする?。俺?。
『過去視』して『剪定』する?。
『コイツに遭遇しなかった『今』に?。
でも『剪定』って『過去視』するより寿命の食い度が半端ねーのよな。『剪定』後の『未来視』も同時にやんねーとだし。
さらに寿命削って『固定』もしねーとだし。
たったの5分程度の『剪定』に、1回につき20日分くらいの寿命を持っていかれるのん。
よーするにめんどダルい。
疲れるのよ、アレ。
お袋も数年間一日中ようやってたわ、すっご。
など、頭をフル回転しても答えを出せず海流が固まっていると、夏日が何か策を思いついたのかダンッと机に手を付き、ユラと海流の間に割って入った。
「コの人は実は卒業試験の優秀なテスターなんデす!」
?。なんか夏日がよくわからん事を言いだしたが?。そーなん?いつから?俺??。
「へー?同じ学校の後輩なのに?そう言うのって外部の機関がやるものじゃない?ましてやこの学園の卒業生って皇国の重要ポジにいきなり推挙される子も居るって聞くよ?そんなチェック体制で良いの?」
ユラは座り込んだまま、すー、ふーっとシーシャをふかしつつ、深く被ったフードをもたげる。夏目を見上げているようだ。
「いイえ、同校生かつ来期は最終学年になる海流さんこそがテスターになレば、卒業試験に臨む先輩方とほば同ジ修学度で試験を受けらレるじゃないデすか」
「そう言われたら、……そうかなあ?どうかなあ?」
するとユラはぴょこぴょこと首を左右に傾げる。
白煙もユラに釣られて揺れている。
「ホら、他のメモ紙も捲っテ古代魔法学試験以外の解答も見テくだサい。ホら、コちらも一言一句間違イが無いデしょう?」
「えー。ユラ、古代魔法学以外興味無いし。見てもわっかんなーい」
「じゃあ違ワ無いデ良いデすね?。なノデそのメモ束ヲ返シてくだサい。あなタはコの卒業試験問題作成者カと思うワれマすが、ソれならナおさら解答ガ流出すルと困っタ事にナるノダとおわかリになルかと」
「んー?そーかなー?そーかもー??」
ユラは全身でゆらゆら揺れなが考えこみ始めた。
おお?夏日よ、夏日さんよ!。
かなり苦しい言い訳に思えたがユラとか言う奴、考え込んでるみてえだし、あとちょい押してみ?イケるかもしれねーぜ?。
知らんけど。
すると、海流のテキトーな祈りが通じたのだろうか?。
なんとユラは「そっかぁ、そこまで言うんなら分かったよ」と、まだ多少訝しみながらもメモ束を返して来た。
Ça y est !。やるやん!夏日!。
海流は心の中でガッツポーズを取りながら、ドキドキを隠しつつさも当たり前のように平然を装ってメモ束を受け取った。
ユラはシーシャをまたひと吸いすると、立ち上がりながら
「ごめんねー?ユラ、古代魔法の事になるとうっかり自分を見失なっちゃう性分でさ。サクライ…の理事長にも『突っ込んで行く前に深呼吸しなさい』ってよくたしなめられるんだ。まーたやっちゃったなー」
と言うと、フードの上からシーシャの吸い口で頭を掻いている。
「ご理解いだダき感謝いたしまス。この件は誰にモ御内密に……」
夏日に続き春日が畳み掛けて仕舞いをつけようとしている。
ナイスフォロー!春日!。
「ん、わかった。黙っとく。てかさぁ君も、テスターならお家で解答した方が良いよ?またユラみたいな部外者が突然現れて手元を覗き込まないとは限らないんだから」
「そりゃどーも。ご心配いただき痛み入りますわぁー」
海流も2人に合わせて、気持ち深妙な雰囲気を装いつつ、闇取引の証拠たるメモ束をさりげなさを心がけて内心ドキバクの心音を聞かれぬように抑えながら慎重にバッグの奥底に仕舞い込んだ。
あー、心臓もたねーかと思ったわ。
そしてなるべくゆっくりと、浮かしていた腰を立て直してユラから距離を取る。春日と夏日もニコニコ笑顔を貼り付けて海流の背後に回る。
「そんじゃ、俺らは帰るすわ。ウチ門限厳しーんすよ」
「はいはーい、ユラも用事あって来たし。寄り道してないでそろそろ行かないとなの忘れてたし」
「「「ハーイ、デワ〜」」」
3人のお手振りに、ユラも手を振り返して背を向けた。
「うん、ばいばーい♪」
そしてユラはシーシャをふかしながらゴキゲンに、空中に転移の魔法陣を描きはじめる。
セイ!おらあ!。完勝よ!はよ行けや!。
後はメモ束を燃やして逃げるだけだ!。
あばよ、アタオカ!。
なーんて。
物事はそうそう上手く行く事は無いって奴で。
「はっはっは!やっと巡り会えたかな?諸君!。早速卒業試験の解答の取り引きと行こうじゃないか!」
海流達の背後で「すっぱーん!」と教室のドアを開ける音がした。
『旧校舎って今の校舎と違って自動ドアじゃ無いのよねー!』
おかげ様で海流は現実逃避寸前まで思考を持って行かれる。
もう、立て直すとか無理でござりませんの?奥様。
って、だりゃぁぁぁぁ!。どこの爵位持ちのおぼっちゃまなんか知りゃーしませんが、なーんでそう、最悪なタイミングで登場するんすか?。
つーか!「取り引き」て、口に出すな!。
頭足らな過ぎじゃねーの?このボケナスアホパイセンはぁぁぁぁ!!。
頭、創造神か?!。創世神か!?。
口をパクパクさせて泡を吹く海流と春日と夏日、そして何もわかってないユラとか言う人物へ向かい、ボケタコナス坊っちゃまはズカズカと、さも「実技試験の補講頑張って受け出来ました!」な汗くささを隠そうともせず、室内に入って来た。
「取り引き?」
コテンとユラは魔法陣を描く手を止め、小首を傾げてしまった。
ボケタコアホナス先輩は何を勘違いしているのか、あろうことか海流と春日夏日に「やあ!諸君も取引かい?」と白い歯をキラめかせて爽やかに挨拶をすると3人をスルーして真っ直ぐにユラの元へ歩む。
そしてギュッとユラの手を取りぶんぶんと振りまくる。
「さて、理事長のご子息とお仲間達も気になるが、とりあえずキミが今回の取り引きの主導者とお見受けする。
いやー、まさか栄光ある皇立魔術研究院の方のご助力をいただけるとは誠に感謝の極みだ。いやあ、僕の未来も安泰と言うやつだな!。
将来、僕がキミの上の立場に立ったらキミの地位を今の数段上に引き上げる事を約束しよう!なにせ僕の父は幾多の大臣を務めた経験がある優秀な辺境伯「齎陰寺」家の当主だからね。
僕は嫡男の義光と言う。
僕も省庁務めに入り込めさえすれば父の力で出世する事間違い無いだからな!。名前を覚えておくとキミにも良い事もあるだろう。是非覚えておきたまえ!!。
その為にもこの『受けたら最後、合格以外は即退学』の理不尽な卒業試験をスマートに切り抜けたいのだ!よろしくお願いするよ、キミ!」
おぅふ……仮面つけるタイミング逃して顔バレとか。
もうやだー!義光センパイったら『取引』っつってんのに名乗るとかも、もーどこから突っ込めばいいのか海流、わっかんなーい!。
と、再び現実逃避しかけた海流だが、同じくチベスナ顔をしていた春日と夏日の手前、逃避ギリギリで踏みとどまった。
ユラも「どうしたらいいの?」と言いたげな雰囲気を纏って海流をチラチラ見て来ている。
ような気がする。
こればかりは海流も同調する。どうしたらいのよ?。
記憶改ざんの為に『過去』を『剪定』する?。けどこれだけの『剪定』となると半年分くらいは寿命が削れるぜ?。
どーすっぺかな……。
海流は考え込む。
Au fait,それにつけても…。
海流は改めてユラをよく見た。
漆黒の闇ばかりだと思ったユラのケープ付きマントだが、ポンコツの海流でも分かるほど高級な生地が使われており、今ごろ気づいた海流も海流だが、金糸や銀糸で荘厳な皇立魔術研究院の魔術紋章が施されていた。
わーを。メモ紙の事で頭いっぱいでなんも見えてなかったわ。
えーっと?確か皇立魔術研究院って皇国で1番権威ある研究院デスナー?。
確か救国級皇国魔術師以上の魔術師しか所属出来ない、魔術師の卵にとっちゃ雲の上どころか天にまします神域のごとき研究院じゃん。どの神の神域かは知らんけど。
義光のおぼっちゃんは、んなとこの研究員が解答漏えいなんざするわけないっつーの何で分かんねーんかな?。
アレか?
アタオカはアタオカを呼ぶのか??。
そんな11行くらいの事を秒で考えていたら、ユラはくすぐったそうに笑って
「ううん。ユラは古代魔法部門の研究にちょこっと参加させてもらってるだけのただの外部協力者なんだ。このマントは着替えとか持つ習慣が無いユラに師匠が特別に仕立ててくれたからなんとなく羽織ってるのっ」
ぶんぶんと先輩に握られたまま振られていた手を、グググと力強く引き剥がした。
ユラ氏は細身だが意外と力があるようだ。
へー。外部協力者ね。……って、待てよ?。
もしかしてこのユラとか言うアタオカ1氏って、救国級かそれ以上の魔術師サマってこと……?。じゃねーと全世界から集った最つよ魔術師サマ共が「俺の魔法がセカイイチィィィ!!!」なんてバチバチにぶつかり合ってそうな研究所とか言う魔窟なんぞが外部協力の受け入れなんざしねーっしょ。
「院への協力者と言う事は、貴殿はまさか神話級皇国魔術師殿であらせられると?」
おお。アタオカ2先輩も海流と似た疑問を抱いたのか、おずおずと尋ねている。
ん?神話級って皇国に数名しか居ないとか聞いたような?。
するとユラはあっけらかんと笑い出した。
「あはは!ユラは救国級のあの子達とは全然違うよー。ユラは『こんな研究室でよかったらユラちゃんの好きに使って良いよ!いつでも気軽に遊びに来てね♪』って誘われたから使ってあげてるの。このマントは通行手形代わりなんだ」
そう言ってユラはファサッと皇立魔術研究院の魔術紋章が縫い込まれたマントを捌く。
良かった。
物言いが若干上から目線なのが気になったが、ユラは救国級皇国魔術師でも神話級皇国魔術師でもなかったか。
……って。救国級皇国魔術師様からの呼び名が「ユラちゃん」?。
?。
その愛称は親愛からのやつ?。
「使ってあげてる」って言えるっつーことは神話級の更なる上?。
それとも救国級の下?。
どっちだ?。
「春日、お前どっちだと思う?」
『何がでス?」
海流は春日にヒソヒソと耳打ちする。
「いや、神話級の上よ……なんつったかなってな?。なんかあった気もするが。確か皇帝陛下にも同格で物言い出来るランクの、皇国にたった1人しかいないヤベー奴」
「いらっしゃいマすけど……。ソんな恐れ多イ方が、辺境ト言っタら失礼デすが、ド田舎のウチの学園に用事なんてありマす?」
答えたのは夏日。
そうだな、確かに。
「無いな?」
「「ナイナイ」」
3人はひっそりと一様に納得する。
『見神確殺!』。
皇国に関わる案件ならば、神祖同様にあのク創世神ともク創造神とも2神まとめてガチンコ勝負して2神とも冥界送りにしかけたとかいう『神殺級皇国魔術師』様がこんな所に居るわけねーわな!。
ガハハハ!!!解散!!。
あ〜、なんかワロタら冷静になってきたわ。
てかユラ氏。やっぱ女の子ぽくねー?。
いや?声こそ完璧に可憐な女の子なんだが、立ったユラ氏は身長185cmの俺と東雲の双子の155cmの真ん中のちょい上な身長だから、女子にしては背が高い気もするし?。
何もかもわからん。コイツ、女子?男子?。
最近の男性声優の『両声類』プリ、パネェからな。
俺が見てるアニメだけで榊原優希さんとか村瀬歩さんとか蒼井翔太さんとか。男だって指摘されなきゃ全然気付かねーレベルよな?。正体知ってもアニメは見るけど。
ん?逆に女性声優が声当ててる感じもあるような……?。
そ。緒方恵美さんとか斎賀みつきさん味もある。
声まで認識阻害魔法をかけてなければ、な話だが。
くぁーっ!わからん!。
「良声類」と言う事しかわからん!。
わかるのは俺様を「未成年」扱いしてっから、成人済みのアタオカ古代魔法研究者(かなり上位かも?)って事くれえだな。
などなどと、海流がまた現実逃避しかけていると
「では貴殿は何故今日の取り引きの場にいらっしゃるのですか?」
ボケナスアホタコ鼻クソアタオカ2先輩はなおも食い下がる。
だーかーらー!「取り引き」て、口にすんな!。
「ユラ?ユラはね『とりひき』って言うのは分かんないけど、ユラはこの学園の下見に来たんだ」
アタオカ1も返答すんな。
「『下見』ですと?」
アタオカ2が尋ねるとアタオカ1の纏う空気がぱあっと華やいだ。
「うん!。ユラが保護してる大事な子がね、まあサ…クライの理事長に任せきりと言えば任せきりなんだけどー。サクライがあの子を来期からこの魔導学園に編入させるつもりだって聞いたから。
ユラ、学校って行った事ないからさー。家庭教師しかあてがわれなかったしね。だからサクライっ……が理事長やってる『学園』っていう所って、どんな所なんだろー?って思って、ちょこっと見に来たの。
なんたってユラはあの子の『保護者』だもん!」
アタオカ1はそう言って嬉しそうにトンっと自身の胸を叩いて、ふふんと甘い水蒸気を吐いた。
海流は傍らの春日がクンッと制服の裾を引くのを感じた。
「どうした?」
「かいるサン、ユラさんはいわゆる『父兄』と言う奴でス?」
春日は爪先立ちでうんと背を伸ばして海流にヒソヒソと囁きかける。
「みてーだな。だったらアレか?」
「2人まとめてプランBでいけるカも?」
少し腰を屈めた海流に夏日も頷く。
海流は腹を括った。
決めるしかねえな!今!。必殺の「プランB」をよぉ!。
「委細一切、お前らに任せる!」
「「お任せアレ!!」」
春日はウェアラブルPCを立ち上げ、夏日はスマートウォッチを操る。
「では取り引きは?」
「ユラ、知ぃーらないっ」
「そんな…君たち、これはどう言う事だい?」
ようやく困惑し始めてこちらを見たボケ(以下略)先輩と呑気な闖入者へ、双子が仕掛ける。
「「どうニもこうニも先輩ト僕たちノ『取り引き』ノ開始デス!!」」
スクランブル!スクランブル!。
これより「プランB!」
「緊急脱出」の開始だ!。
くははは!アタオカのお2人さんよ、東雲兄弟の口八丁に丸め込まれるがいい!。
海流は双子の背後に回り、腕を組んで後方ドヤ顔で笑みを浮かべたのだった。
leherketa nuklearraはシュメール語で書きたかったんだけど環境依存文字だったみたいで弾かれちったw