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やらかしをやり切って学園を後にしてもむしゃくしゃした気持ちがおさまらなかった海流は、ネカフェに戻ってもスマホを機内モードにして机に放り出し、外界の情報は一切遮断。
ひたすら夕方までオープンワールドRPGのフィールドを駆け回った。
それはもう単純に。simカードを正規の海流の物に入れ替え直したらFクラスのグループRINEに来るだろうクラスメイトからの書き込みを見るのが怖くて開けないでいたのだ。
おそらく学園からも迦允からも海流を召喚するメールやメンションが届いていそうで、ふふ……怖い。
自分ですっかりやらかしておきながら、ビビりの海流である。
しかしいつまでもこの状態ではマナデジタルの操作に長けた東雲の兄弟からの連絡だけは気になるので、海流は意を決してsimカードを差し直し恐る恐るスマホを見る。
明るくなった画面を薄目で見、ロック画面の通知欄を確かめるとそこにはこの偽造済のsim端末の持ち主を知っている春日から、RINEやマナグラムに鬼のような回数のメンションが届いていた。
今この瞬間も「海流サン!返事して!」と、ポコンと本日何十何百回目かわからないメンションが入る。
何やら胸騒ぎがして海流は慌ててロックを解除し、通知をタップしてRINE通話に繋げた。
「どうした?春日。何かあったか?」
「ガイルざん!よがっダ!繋ガっダ!」
春日はスマホの向こうで泣きじゃくっていた。
「悪い、いろいろあって連絡しそびれた」
実は屋敷を飛び出して……とか、学園でやらかしてとか、言葉に出して伝えようとしたが、春日の絶叫に何もかもかき消された。
「夏日が!攫わレたんでス!ユーカイでス!」
「は?」
海流は思わずスマホを取り落としかけた。
「『テイマー』とはいえ春日ほどじゃねーが、夏日だって多少の召喚は出来っだろ?。攫われたっつってアイツが悪辣に遅れを取るとは思えねえが」
「それが……」
屋外に居た春日は息を整えながらカフェ街の路地に入るとその場に座り込んだ。
「登校前でしタ。
『歩くノも健康的デ良いネ』って2人デなんとなく歩き通学を続けてタんですが、そしたらいきなリ数人の男ノ人に道を塞がれて。
あいつラ、既ニ『海流を人質に取ってる』って言ったんでス!。
まさカと思っタけど僕ラ、確かニ海流サンと昨日かラ連絡を取れていませンでしたシ。
僕タチが顔を見合わせテ一瞬動揺しちゃたラ、そノ隙ニ男ノひとりニ夏日が捕まって。僕は思わズ怖くなって逃げちゃって。
2人とモ捕まってるって言うのニ、僕、逃げちゃっタ!」
春日はヒグッとしゃくり上げて泣いた。
「気にするな、そんな状況なら俺様だって怖気付く。それで?」
「は、はい。で、逃げこんダ先でその時学園ノグループRINEから通話が来て、カイルさんが教室で自爆ぎみに元気ニ暴れてタって教えて貰って。
『無事だッたんダ!』って、アイツらが言ってタ事は嘘だったんダ!って安心しましタ。
けどじゃア夏日をユーカイしタのは何故?って考えてたラ、夏日ノスマホからマナグラむニメンションが来て
『コイツを返して欲しかったら本物の海流と交換だ』って。
来なイなら殺すって!警察ヤ迦允様ニ伝えても殺すって……。
僕、僕……!ずっと不安でカイルさんを探しテ学園ニも行ったシ、街中も探し回って、朝かラずっと……。やっト繋がっタ!繋がッタヨ!!」
わんわん泣く春日に「悪かった、ごめん」と何度も繰り返し海流はどうにか春日の涙を落ち着かせた。
「夏日を誘拐した奴らは他には何も要求しなかったのか?」
「えっト『20時に立川のG陸橋で待っている』ってメンションがありまシタ」
20時と言えば。
海流はスマホの時計を見る。
今は18時半。ここから立川まで、電車で1時間くらいだからなんとか間に合うな。
コンビニで転移陣を買うかマジックバッグさえあればあの転移ミストで転移を……いや、あれらは一度でも行った事のある場所じゃねーと使えなかったっけか。
くそっ!俺が錬石術師ならこの場でそれを『位置データをよすがに転移出来る転移ミスト』に魔改造したヤツを造り出せるのに!。
海流はギリっと歯噛みをするが、そんな猶予は無いと思い直して固く拳を握りしめる。
それに立川と言やあ反社が根城にしているとか言う「皇国に幾つか点在するブラックゾーン」だ。
この地がリル・ダヴァル王国だった頃から身を持ち崩した櫻井の輩が住み着き、今もはぐれ者が流れ着いているとも聞く。
何が待ち構えているかわからねえ魔境だ。覚悟決めていかねーとな。
海流はスマホを片手に、ネカフェを飛び出した。
最寄りの駅まで全速力でひた走る。
「大丈夫だ、春日。夏日は俺が必ず助ける。お前は、もう何も心配せず、東雲の屋敷に帰って、待て」
走りながらも決して焦りを見せないように、春日が落ち着くように出来るだけ息を乱さぬよう努めて話す。
「ダメでスカイルさん!。僕タチは海流サンノ護衛だかラ。
さっきまデは取り乱しちゃってたけド、カイルさんが無事なら僕タチは死んでモ……!」
ほんの少し気力を取り戻した春日は自身の職務を思い出し、慌てて海流を止めた。
海流は心底おかしそうに笑って
「いいや、お前達は俺様の護衛である前に俺様の大事な親友なんだ。その親友に命の危険があるってのに見過ごせる訳ねーっつの。
万が一の事があっても、夏日だけは必ず生きて返すから、な?」
通話を切る。スマホをバトン代わりに握りしめ、海流はギアを上げて走った。
少しでも早く夏日の元へ向かう為に。
「いけませんカイルさん!…あ!切らなイでカイルさん!カイルさん!」
切れてしまった通話に春日は何度もタップし直すが、繋がらない。
泣いていル場合じゃなイ。
「僕モ行かなきゃ……2人は僕が助けル」
春日も、疲れ果てて座り込んでいた路地裏から立ち上がると、海流と同じく駅を目指して走り出した。
「はあっ!はあっ!」
立川の駅に着いてG陸橋まで10分強、ゴーグルMAP案内を頼りにどうにかこうにか走り切った海流は荒く肩で息をする。
普段は転移陣頼りなのが祟ったか、足どころか全身が悲鳴を上げている。
それでも陸橋が見える土手に20時には間に合ったと、海流は額に流れる汗を拭い、もつれた髪を荒々しく振り解いて周辺を見回した。
陸橋の周辺は広い河川敷になっており、日は落ちても満月の明るい月明かりの下は遠くまで見渡せた。
「居た」
川草が途切れ、開けたところに夏日が居た。
後ろ手に腕を魔道具で拘束され地面に座らされている夏日の周囲には、実に50人は超えるだろう輩がたむろしている。
あちらも海流を視認したのだろう。
鉄パイプやナイフを手に海流を見据えて来た。
「結構なお出迎えじゃねーの」
思わず引き笑いがこぼれる。
海流に気づいた夏日が驚きに目を見開き、そして力の限りで叫んだ。
「海流サン?!来ちゃダめデす!。コいつら海流サンを殺す気デす!」
「そーだよー?危ないんだよぉ。ねー?夏日くん」
夏日の隣に何か余計なものを見たような気がしたが、気にしたら負けな気がして海流はかぶりを振った。
「怪我はないか、夏日?。何かされちゃいねーだろうな?」
攻撃も抵抗する気もないと言う意思表示に、両手を上げたまま土手から駆け降りながら夏日の様子を確かめる。
「大丈夫デす!連れ去ラれそうにナった時に、抵抗したら頬ヲ1発叩かれタだけ!。ダから来ナいで!」
「響も大丈夫だよ。と言うか流石はサクライの息子だねー。逃げずに来るなんてえらい子えらい子」
くっ!何かやっぱり聞いたことがあるようなノイズが有るんだが。
いかん。今は夏日の救出に心を尽くそう。
夏日は後ろの男から首にナイフを当てられていた。
既に海流に気づいた際に叫んだ動きで軽く切られたのか、夏日の首には一筋の赤い線があった。
海流が近づく以外のアクションをすれば即座に夏日の首は掻き切られるだろう。
静かに、慎重に。
海流は手を上げたままゆっくりと歩を進める。
「は?はは。人質に怪我させるとか、ラノベでもこう言う時は人質ファーストだっつーのに」
「定石はそうだよね。ちなみに響は自転車に乗る練習をしてたらいつのまにか偶然この河原に辿り着い たんだけど、見知った夏日くんが居たから声かけたらこの子達に捕まっちゃったの」
だから響は怪我してないよー?と言い、響はケラケラと笑う。
先公の情報は聞いてない。
海流は心でツッコミを入れる。
「お願いデす!今カらデも帰ってくだサい、海流サン!」
「ばーか。ダチが捕まってるのを目の前にして、俺様が逃げるわけねーだろ」
「ひゅーひゅー!サクライくん、それポイント高いよ。カッコいー!」
あああ!この先公、うっぜぇ!。
「アンタら、俺様を呼び出して何が目的だ?金か?
だったら大金は引っ張れねえぜ?俺様はもう櫻井の家を出た。親父とは縁を切ったからな」
海流はニヤニヤしながらジリジリと自分に近づいてくる輩達に、精一杯の虚勢を張る。
男の1人がようやく口を開いた。
「金は要らねーよ。テメェをとっ捕まえりゃ、出してくださる方がたんまり出してくださるんでね」
「捕まえた俺様をどうする気だ?」
「さてね?金づる様のお気持ち次第よ。ただ?抵抗するならぶっ殺しても良いとは」
男が仲間らしい輩達に振り向く。
「言われてるよなあ?お前ら?!」
そう問いかけると、輩達は「そうだ!」「ビビんじゃねーぜ?お坊ちゃんよ」「ギャハハハ!」などそれぞれ愉快そうに笑い上げた。
「クソが」
海流は鼻で笑って立ち向かう。
しかし海流の内心は心臓がバクバクと跳ねるのを押さえつけるのに必死だった。
恐怖で舌がもつれそうになるのをどうにかなだめて、毅然として男に対峙する。
「殺すのは俺様だけにしろ。夏日は関係ない」
「それはテメェの態度次第だな」
「大人数でご大層なこった」
「なんだか知らんが『先見』?『予言』?らしいものがあるらしくてな。テメェがそれに化けられても対応出来るように捕らえ次第、暴れるようなら組のモン全員でぶちのめしても良いとの依頼でね」
彼らの指示役のボスは、少なくとも芝蘭の『未来視』を知っていて念には念を入れ警戒しているようだ。
「警邏のステルスドローンが見てるぜ」
「残念だがここら一帯はジャミング済みだ」
「ふん」
迦允以外で櫻井の防犯システムに介入出来るのは櫻井家の家令クラスの権限が必要である。
やっぱり莎丹が関わってるか。
海流は夏日に向かい歩きながら、輩の後ろに見える影を睨む。
「金づる様はどこにいる?」
「さあて?テメェを捕まえたら山の奥とも海の底にでも連れて行っていいとも言われたっけな?」
「莎丹が差し向けた刺客だとしても趣味が悪いぜ」
「あ?名前なんざ知らねーさ』
「山かあ、響は猪とか好きだよ。海はなんだろー?イカ?タコ?なんでもいいや、響お腹すい……アイタ!」
「うるっせえ!」
とうとう響は男の1人に頭を小突かれた。
自業自得だなと海流は思う。
男がまた一歩、海流に近づき。海流もまた近づく。
夏日はただただ「来ないデ!来ないデ!」と泣いている。
とうとう輩達が手にしている武器で殺そうと思うなら出来る距離になって、改めて海流はしみじみと己の生を振り返った。
思えばこの世に生を受けて何年よ?。
お袋の記憶も遠い昔。
親父には愛されたけど乃蒼に莎丹や使用人共に虐げられ、知らねー奴らからも無能無力の魔力バカと揶揄されながら生きて来た。
辛く悲しい記憶しかない人生だったが、最期にダチを助けて死ねるなら本望だ。
海流は男に腕を掴まれた。
鼻の奥がツンとする。
泣くな。夏日が助かるならそれだけでいい。春日によろしく伝えてくれ。
父上、今ひとたびお心を悲しませますが、どうかお許しください。
「とにかく、俺様は来たんだ。夏日を離せ。目的は達成しただろう?」
海流は心を定め、きっぱりと言いきった。
その時だった。
「くーっ!良いね!響、そーいう言葉が聞きたかったの!」




