君に編む「物」語 第1話~魔触転生~1
pixivに挿絵入りで並行upしています。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24456686
漫画も描きましたが気にしないでください。支部の最後の方にリンク貼ってますが。
神に嫌われ人々に「無能」のレッテルを張られて生きてきた少年がなんやかんやあって「俺最強!」になる、よくあるファンタジーなお話。
中編の小説を書くのは2度目なので、書き方がわからず、ゆえに話がよく飛びます。
フィーリングで、どぞ。
時の宰相でありこの皇国の筆頭公爵である「『錬石術師』 櫻井迦允」には2人の息子が居た。
長男の名は「海流」、歳が少し離れた次男の名は「乃蒼」と言った。
2人はそれはそれはもちろん数多の例によって例に漏れず、「次男の乃蒼のみ」父母や親戚に連なる血族一同だけならず、付き合いのある諸侯や果ては使用人に至るまで皆に愛され誉めそやされてすくすくと育った。
だが長男の海流は父母以外の誰1人にも見向きもされず、「無能」のレッテルを貼られ、姿を現すだけで眉を顰められる所為で海流はどこへ行くにも息を殺して耳を塞いで生きてきたのだった。
なぜ海流は「無能」のレッテルを貼られたのか……。
その為には「全世界」において唯一無二、櫻井家の血族だけが持つ異能「錬石術師」の能力ついて語っておきたいと思う。
「錬石術師」とは、「生命」を持つ生き物…、動物や植物が死す際に遺骨や抜け殻など以外で残す「魂の痕跡石『プシュケ』」と呼ばれる石を、精霊の祝福をもって術師がイメージする物質に造り替える異能力者の事である。
その辺りにいる一般的な『錬金術師』とは違い、ずっと実験室にこもって鉄や鉛から金を作り出しもしないし、ましてやとある界隈で有名な概念の「等価交換」と言うものも無い。
術式の発動には術師自身が誕生時に祝福を授けてくださった精霊に「祈り」を「編む」だけで良く、その後は精霊が石を造り替えてくださるのを待つだけで「魔力」すら必要としない。
そう、「錬石術師」に「魔力」など必要無いのだ。諸兄諸君にはこの点を一つ覚えておいていただきたい。
まあ感謝の礼として自身の魔力を対価代わりに差し出す事はあるが。
ちなみに「錬石術師」の強者はたったひとつまみの、小指の先に乗るほどのプシュケで満漢全席やら豪華客船やら、食物も無機物も関係無しに想像する物を想像通りに創造出来る。
我らの崇高なる皇国全土に張り巡らされている、陸海空を問わない交通網や水道下水道などのインフラも全て櫻井の血族によって創造され、維持されているのだ。
ああ、そうそう。「魂の痕跡石」と聞くと貴重な石だと勘違いされがちだが、その辺の雑草がプチンと千切れただけでも生まれ落ちる程度に普通に転がっている石ころなので、特に気にせずうっかり蹴っ飛ばしても錬石術師は気にも留めないので安心して欲しい。
死の無い土地など無いのだから。
…とは言え出来ればトイレに転がっていたプシュケなどで食物は錬石して欲しくはないが。
こほん、「者」語を元に戻そう。
「彼」こと「海流」が「無能」のレッテルを貼られたのは、誕生したその瞬間からだった。
「錬石術師」に絶対的に必要な「物」は、柔軟かつ極めて優れた想像力と誕生時に祝福を授けに駆けつけてくださった精霊の数である。
彼の父「櫻井迦允」などは誕生時に500柱をゆうに超える精霊が祝福に駆けつけたと言うのに、迦允の初子で統領息子の「海流」が産声を上げた時は「火の精霊」と「水の精霊」と「風の精霊」と「土の精霊」というたったの4柱しか祝福に現れなかったのである。
しかも海流が生まれて数時間、待てど暮らせど精霊の誰1人も現れてくださらなかったので、迦允がたまらず日々特に懇意にさせていただいている4柱に願いでて、ようやっと来てくださったくらいだ。
それも、嫌々なのをまったく隠そうともせず、海流の顔すら見ることなく、彼らは略式の祝福のみ与えるとさっさと祀られているの祠に帰ってしまったのだ。
「偉大なる精霊達よ!何故私の息子に祝福を授けてくださらないのですか?!」
たまらず迦允は先程祝福をいただいた4柱以外で、魔力回路を通じて繋がっている全ての精霊達に叫ぶように尋ねる。
柱達が一切の返答を拒否していた中、渋々と面倒くさそうに言葉を発したのは彼ら全ての精霊達を束ねる創造神「ケメティエル・ベリアル・アティエル」だった。
「我が愛し子迦允よ。その子供は『外れた』のだ」
「『外れた』とは?どういう意味でございますか?」
迦允は我が子、櫻井家の血族特有の遺伝子を色濃く受け継いだ、よく日に焼けたような褐色の肌色を持ち、ふんわりと焦茶色の産毛を生やしてすよすよと眠っている海流を抱きしめながら問い返す。
創造神は答える。
「お前は創『造』神たる我が創りし子の血族だが、その子供の母は創『世』神が産みし子の血族ではないか。
創造神が創りし櫻井と創世神が創りし血族の聖良……。
交わってはならぬ2界の者が交わった事によって生まれ落ちた『歪んだ子供』など『「我が」世界の理』は決して受け入れぬ」
「……っ!そんな!!」
「その事はお前がその娘との婚約の意を伝えて来た時にすでに言い渡していたはずだが、よもや忘れたとは言うまいな?」
確かに。
迦允はギリリと歯噛みした。
2神にそれぞれ婚約の伺いを立てた時に迦允は創造神より「その婚儀をとり行うならば祝福を与えるのはお前までだ」と言い捨てられた覚えはあった。
祝福が無くなる……。
それは創造神が彼の世界を作られた黎明より、代々続いてきた櫻井家の血族と精霊達との契約の歴史が迦允の代で途絶える事を意味していた。
しかし迦允は創造神の祝福の終了の宣言後も、迦允や他の櫻井の血族に変わらず心安く接してくださる精霊達との関係の中で
『子供が生まれる頃には創造神様達のお怒りも鎮まっているのではないか?』
と考えていたのだ。
そんな甘い期待を打ち砕かれた絶望に、次に口に出来る言葉が見当たらない。
それは創造神と敵対している創世神の愛し子、迦允の妻になる為に臣籍降嫁するまでこの皇国の第3皇家「聖良」の第8皇女であった「芝蘭」もまたひどく動揺した。
芝蘭が迦允を恋慕うようになったのは幼稚舎で出会った瞬間からだった。しかし迦允には芝蘭の他に思いを寄せる相手が出来る事をその当時から己の異能を以って「視って」いた。
初めから諦めていた。
逆にその2人の未来に幸いあれと応援する心積りでさえいた。
けれどどういうわけか芝蘭が『視』た未来は変わった。
迦允と「あの高貴な方」との婚姻話が婚約まで済ませたという段階で立ち消えになり、それを耳にした芝蘭は「この『世界線』しかない!」と奮い立ち、皇権の何もかもをフル活用して、いや、生来より創世神から授かった「異能」も何もかもを総動員して迦允の妻と言う座を掴み取ったのだ。
そこまでして孕んだ愛しい子が「無能」だなどと、芝蘭は信じたくなかった。
「創造神さま、ひとたびだけ。たったひとたび、この瞬間のみで結構でございます。どうか創造神さまにとっては穢らわしいわたくしが発言する事をお許しくださいませ」
芝蘭は産褥の床からなんとか身を起こし、決して開いてはならない瞳を閉じたまま迦允の気配を手繰り、触れた迦允の温かな腕に縋りながら創造神にうかがいを立てる。
「よかろう」
迦允が浮かべている絶望と苦悶の表情に満足したのか、創造神はしたり顔を浮かべているであろう声音をまったく隠さず、笑いすら帯びた声で返してきたので芝蘭は思い切って尋ねた。
「それはひとえにわたくしの血筋が、創造神さまと敵対なさっておられる創世神さまが手づからお創りになられた血族だからでしょうか?。であればわたくしのみ断罪をお下しくださいませ。この子に罪はございません」
創造神はほっほっと笑う。
「ああ、その子供に罪は無い。そなたの血も穢れているとは我は思わぬ。創世神からすれば実に清らかなものであろうと想像できるな。それゆえに」
「『それゆえに?』わたくしの子が罪すらも犯していないのなら、何故でございますか?」
「……キモチワルイ」
「え?」
芝蘭の問いに答えたのは、先程嫌々ながら海流に祝福を授けた4柱の精霊だった。
「キモチワルイ!」
「キミガワルイ!」
「キショクワルイ!」
「キニイラナインダ!」
4柱の精霊達は創造神の背後から姿を現すと海流を口々に罵った。
「ソノ餓鬼ノ持ツ、僕タチの祝福ニ対スル『対価代ワリ』ハ、コノ世界ニ今マデ無カッタ味ガスルノ!」
「『普通ノ魔力』ヲ捧ゲルナラ『対価』トシテ貰ッテヤッテモイイケドサ、
櫻井ノ『願イ』ト言ウ『対価代ワリ』ノ『祈り』ハ
触レラレテモ『キモチイイ』カラ無償デ『カナエ』テヤルケド、
創世神系ノ血ト交ッテ生マレテル『魔力』?、ミタイナヤツ?。
アレ、モー、クソマズイ!
ソレモ、トンデモナイ量ダヨ?コンナノ捧ゲラレタッテ、イラナイネ!」
「ソウ!ソンナノイラナイ!。
ナノニコノ『餓鬼』ワ勝手ニ僕タチトノ回路ヲ開イテ
ソノ汚イ『僕タチノ世界ノ理カラ外レタ魔力』ヲ押シ付ケテクルノ、
嫌ッ!」
「僕タチ、イヤイヤデモ祝福シテヤッタノニ!。
ナンダソノ仕打チ!。
死ンデ詫ビロ!。
キモイ!。
纏ワリツイテクンナ!。
不快ナンダ!!!!今スグ死ネ!!!!!!」
『ソウダソウダ!』
声を合わせる4柱の言葉に創造神は何度も頷く。
「と言うわけだ。我が許しても、櫻井に直接力を貸す精霊達が『否』を唱えては仕方がないであろう?。
我とて精霊達を抑えてまで我が力を貸す気は毛頭ないしの。
もはや『我の世界の理』と、その子供は縁が無かったと諦めよ」
「そんな……」
創造神は項垂れた芝蘭に最終結論を告げるとそれは痛快であると言わんばかりに再びホッホッと笑った。
「なあに、聖良の血族はポンポンと子を産むと聞く。次の子が櫻井寄りであればその時は祝福を与える考慮だけはしてやるかもしれんよ、『精霊達』がな。我はその決定に気が向けば耳を貸してやってもよい。
ではの、さらばだ」
音もなく閉じられた交信に、芝蘭は涙を流しながら縋っていた迦允のスーツの裾を握りしめて言葉を紡いだ。
「申し訳ございません迦允さま。わたくしの『聖良の魔眼』が創世神さまにお捧げする『対価』と、迦允さまが『錬石術師』として創造神さまに捧げる『対価』はこの世界の理から見ても特殊な物。
相成れぬ『力』同士が混じり合って生じた海流の『魔力』は精霊さま達の不興をかってしまったようです」
「芝蘭…」
肩を震わせる芝蘭を迦允はそっと抱きしめる。
その温かさが、返って芝蘭にとっては辛いものだった。
「ごめんなさい……!。わたくしのわがままが迦允さまの尊いお血筋を穢してしまいました。無理を通して迦允さまとの婚姻を強請ったツケが今返って来たのですわ。
迦允さまと『あの方』とのお子様なら偉大な傑物が生まれる事を『視って』居るのに!わたくしは……!。
わたくしは、海流の未来を、歪めてしまいました!わたくしの血族『聖良』は絶対に『私利私欲の為に未来を剪定してはならない』のに、きっとわたくしは無自覚に……わたくしが……!」
「芝蘭、それは違うよ」
迦允は悲鳴のごとく泣きじゃくる芝蘭の肩を抱いて優しくさとすように声をかける。
「私と『アイツ』との事をまだ気にしてたのか、芝蘭は。まあ『気にするな』と言うには少し難しい、か。はは。確かにアイツと私は長い付き合いがあったからね。
けれどね芝蘭、私はアイツとは結局『どの世界線』でもただの幼馴染みの腐れ縁で終わっていたと思うのだよ。君がこの子を身籠ったと聞いてからはより強くそう思うようになったんだ。今は信じられないのかもしれないが本当の事なのだよ」
「そう……なのでしょうか?」
芝蘭は瞳を閉じたまま、泣き濡れた顔を上げる。
「そうさ、だから気持ちを切り替えて行こう、芝蘭。
海流に創造神様の祝福をいただけなかったのは残念だが、君は私との婚姻時に創世神様に祝福はされずとも絶縁はされてはいなかったね?」
「え、ええ……ですが」
「ならば海流は『創世神様の眷属の祝福』はいただけるかもしれない。
この子はもはや『錬石術師』にはなれないが、普通の魔術師にはなれるかもしれない。
まだ正確に測ってはいないが、この子が持つ『魔力』量はかなりのものだと精霊様達も言っていたし、創世神様が御使役なさっている『妖精様達』に祝福をいただければば必ずや……!」
迦允の、わずかな希望にすらがんと灯る瞳に、芝蘭は困ったように首を振る。
「ですが……やはりいけませんわ迦允さま、お忘れですの?。
わたくしは創世神さまお手作りの血族の末裔。
そんなわたくしの子には妖精さまだけの祝福には止まらず、きっと創世神さまも祝福なさいます。
けれど創世神さまによる『聖良』の血筋への祝福の『対価』は迦允さまと同じように『魔力』ではありませんわ」
「その通りです」
その時、悲嘆に暮れながらも立ちあがろうとしていた2人の頭上から創造神とはまた違う、光り輝く言葉が降り注いだ。
「っ!創世神さま……」
芝蘭はびくりと身体を震わせ、言の葉へ振り仰ぐ。
「ご無沙汰いたしております、創世神様」
それぞれ頭を垂れた2人に「堅苦しい挨拶はよいのですよ」と、創世神はコロコロと笑って手にしていた扇子で制する。
「かつての私の愛し子、芝蘭よ。彼の穢らわしき創造神が創りし血族と婚姻すると奏上を受けた日は気が牴れたのかと思っていましたが、この事については『おめでとう』の寿ぎを与えてあげましょう。
しかして……ふむ、芝蘭に似て澄み切った藍色の瞳を受け継いだ事、誠に良きかな。
それに免じて私はこの子供に祝福を授けると決めました。
創造神と違って私はとても心が広いでしょう?」
すると海流は尊大な声が響いてくる方向を確かめるかのように、その深く藍色の瞳をきょときょとと巡らせた。
「ありがとうございます、創世神様!」
創世神の言葉に明らかにホッとした表情を浮かべた迦允と違い、芝蘭は青ざめてギュッと唇を噛み締める。
一時の間ののち芝蘭は口を開く。
「感謝いたします創世神さま、ですが……此度の祝福は辞退させていただきたく存じます」
「ほう?私の祝福を拒絶するとは。私が創りし子の血筋のくせに不遜な物言いですね」
「だって感じますもの」
芝蘭は二度と開かぬと決めていた瞳で感じるそのままを言の葉に乗せた。
「創世神さまを信奉する御使いさま達が、怒り狂われている空気をひしひしと」
「ああ、『妖精達』ですか。捨ておきなさい。
アレらは創世神が使役する精霊共に似て、『「私の」世界の理』に準じて人々の『魔力』を対価に『普通の魔法』を授ける使い達ですから、怒り狂っているうちはその子供に力を貸す事は無いでしょう。
だからこそ。
その子供が『「私の」世界の理』から外れていても、私だけは『聖良』の血に祝福を授けると言っているのです。
妖精達にも『聖良』の異能に限ってその子供を受け入れるよう厳命しますから、お前の拒絶は許しません」
「ですが」
芝蘭は創世神の言葉を決死の思いで遠ざけようと食い下がった。
「『覚者』である『聖良』の異能の『未来視』を行使する際に捧げる『対価』は『寿命』ですわ。
この力を持つ者は皆、年若く命を落とします。
ですから聖良は側妃を何人も抱えて何十人もの子をもうけ、血を繋げてまいりました。
現に私が第25皇女として生まれて臣籍降嫁するまでに第8皇女にまで皇位が繰り上がったのも、血の繋がった兄姉様たちが我が皇国の為により良き『未来を剪定した』為に命を落とした結果。
であるからこそ、海流には『聖良』の異能を発現して欲しくないのです。
どうかどうか海流に祝福は授けないでくださいませ。どうか天寿を全うさせてくださいませ」
芝蘭は叶わぬであろうと理解しつつも、深く深く首を垂れて創世神に願った。
案の定
「だまらっしゃい!薄汚い創造神の手の者の血が混じった子の母よ!」
ズダダダダン!!と
創世神の怒りと共に櫻井の屋敷の近くに特大の雷が落ちる。
創世神の怒りはおさまらない。
「穢れのかたまりをこの世に生かして産み落とさせてやっただけでも私に感謝しなさい!!!!!。
その子供はお前と共にいつでも死なせてやってもよかったのですよ!。
しかし私は気がついたのです。
その子供に祝福を与え、異能を得た子が得意になって『未来視』を乱用し、無様に死ぬさまを見るのは『とても楽しい事』であるとね」
「創世神様はなんという事をおっしゃる」
迦允はギュッと海流を抱きしめる。
芝蘭はふるふると首を振りながら
「ひどい、ですわ……」
と言葉を絞り出した。
創世神はそんな3人を愉悦に口の端を歪めながら鼻で笑い飛ばす。
「ふん!私を裏切り、創造神が作りし者に嫁いだ罪人が受ける罰としては優しすぎるでしょう?。
なあに、そのような未来にしたくなければお前が子に『未来視』の異能を使わぬよう教育すれば良いだけです。
子が好奇心や誘惑に負けず言う事を聞くかどうかは知りませんがね。
……ふむ?お前がそのような『未来』に『剪定』するのも面白いですね!。お前の寿命もよくよく削れるでしょう。
ますます興が乗るというもの。
さ、そろそろ穢らわしき『混ざり者』に私の祝福を授けましょうか。
妖精達よ、その汚物を私の前に持ちなさい」
『はーい!』
創世神の号令に、どこからか妖精達が現れて夫妻から問答無用に海流を取り上げようとした。
「いやです!おやめくださいまし!この子は聖良の異能を得る為の準備を何もしておりません!おゆるしくださいませ!」
「『しらん』はうるさいのー、だまってて!」
「あぐっ……!」
火の妖精は芝蘭と迦允の間に劫火を放ち、芝蘭の呼吸を止める。
「そうぞうしんの『しと』め!そのいやしいきたならしい『がき』をわたせ!」
土の妖精は悪意のこもった岩石を生み、それで迦允を殴りつける。
風の妖精はするりと迦允の腕の中の海流の足を掴み、痛みに呻く迦允から赤子を乱暴に引き剝がす。
「お、お止めください、妖精様!」
迦允は必死に我が子を取り戻そうと手を伸ばすが
「うっせーんだよ!そうぞうしんの『くそ』はひっこんでろ!」
夫妻の抵抗空しく、妖精達の強大な魔力を前に海流を抱く腕をこじ開けられ、取り上げられてしまう。
「はい!そうせいしんさま、きったないもの、とりあげたよ!ほんっとばっちいの!ペッペっ!」
「ええ、本当に。この様な穢らわしき生き物が存在すること事態我慢なりませんが、皆、この先の楽しみを思い堪えるのですよ」
『ぎゃはは!りょーかい!』
「お願いです!止めてくださいまし!後生でございます!」
「どうかお許しを!創世神様!」
「ごみども、うるっさーい!おまえらはそこでかたまってろ!」
水の妖精はイライラした面持ちで夫妻の下半身を氷漬けにした。口元まで氷漬けにしなかったのはおそらくこれから始まる創世神による『お楽しみ』を夫妻に見せつけたかっただけだろう。
そうして迦允の抵抗も芝蘭の絶叫も虚しく、海流は泣き叫ぶ夫妻の手の届かぬ高さに妖精達によって掲げられる。
創世神はにっこりと微笑みを浮かべ、海流の澄み切った藍色の瞳を覗き込む。
「櫻井海流よ、創世神『アイン・ソフ・オウル』の名において祝福を授けます。
お前は「未来視」「過去視」そして幾多或る『世界』を『視』、選び『剪定』出来る『覚者』となるのです。
この異能を乱用し、悪戯に遊び、戯り、驕り、昂り。無惨に惨めに老いさらばえて
とっとと無様に滅び消え去るがよい」
それは楽しそうに祝福を授けたのだった。
「いやあああ!海流!わたくしの海流!!」
「あう?」
妖精達から芝蘭の手に突き落とすようにして投げ戻された海流は不思議そうに母を見上げる。
その藍色の両眼にはくっきりと創世神の『神跡刻印』が深く色濃く刻み込まれていた。
芝蘭は創世神のあまりの残酷な御業に絶句したが、すぐに立ち直って……否、立ち直らなければならなかった。
急いで!急いで!。
芝蘭の脳裏にはもはや創世神の姿はない。
聖良の弟妹達が誕生時に使用人達が準備していた事柄を思い出す。
海流は無邪気に母に微笑みかけ、ぱちぱちと瞳を瞬かせる。
「ダメよ!海流!瞳を開けないで!何も『視』てはダメ!。
迦允さま、ハンカチを!。
可哀想ですけれど聖良の赤子が皆がするように、
瞳を開けるだけで『視』てしまうこの異能をコントロール出来るようになるまで瞳を閉ざしておかなくては。
放置してしまったら、ものの数年でしわくちゃの枯木のようになって老衰で死んでしまいますの!」
「そんな……なんてことだ!」
「嗚呼!そうでしたわ迦允さま、急いで海流に合わせた仮死薬を作ってくださいませ!。死と見紛うほどの強い仮死薬を!」
「待ってくれ、まさか赤ん坊にそんな危険な薬を飲ませる気かい?!」
「ええ!一刻も早く!。
眠らせる程度ではダメなのです!浅い眠りでは夢で望まぬとも未来を『視』てしまいますの!。
これは聖良の神秘の開示になってしまいますけれど、迦允さまも聖良に、そのように個々の個人データに合わせてデザインした仮死薬を納入された事もありますでしょう?。アレは聖良の子に夢すら見ないように昏倒させて『覚者』の異能を抑える為にお願いしていたものなのです。
聖良にとって生きる為の最後の命の綱がその仮死薬であり、また延命薬でもあるのですわ」
「た、確かに私が創造神様のお側に居た頃から、皇国より仮死薬や強い睡眠薬などを御注文いただく事はあったが、そういう用途だったのか。わかった!」
迦允はポケットに常備しているプシュケをつまみ上げるとパチリと指を鳴らした。
「仮死薬は…出来たよ。海流を簡易スキャンしてデザインした仮死薬だから生死の境ギリギリで死なないはずだ。ハンカチはこれで構わないだろうか?。
他に私に出来る事は……そうだ!今すぐ皇都の聖良様にお目通り出来ないかお伺いして、許可をいただけたらすぐ異能制御に長けた方にお越しいただけるよう願い出て来る!。聖良の方々には仮死薬などの献上時以外は断交されているが……、今は非常事態だとご理解いただく!」
「お願いいたします!」
さっそく仮死薬を母乳に混ぜて海流に飲ませている芝蘭に頷くと迦允は、精霊達だけが海流の祝福に来訪なされると思い込んでいた為に、まさかの2神のお出ましに気押されて心ここに在らずの体で呆けている者も居た使用人達に振り向く。
「皆、今が正念場だ、しゃんとしてほしい。芝蘭と海流をたのむよ」
「か、かしこまりました、申し訳ございません旦那様」
迦允が転移陣を錬石しながら通信デバイスを取り出して、聖良に取り次ぎを頼む為に皇内庁に連絡を入れている間も騒然としている櫻井家を尻目に創世神は
「ふふっ、無駄な足掻きをして、滑稽な事よ。
それでは芝蘭。子が先に死ぬかお前が先に逝くか、妖精達と皆で楽しみに観ていますよ」
高らかに笑い上げながら櫻井家よりその威光を消したのであった。
芝蘭は家出同然で聖良から櫻井に嫁いで出て行った手前、異能制御に長けた親族を招くことは無理かもしれないと思っていた。
しかしながら
第1皇家「愛乃」、
第2皇家「天使」、
第3皇家「聖良」
が、持ち回りで皇帝になるこの皇国で、今の皇帝陛下「愛乃 麗」のもと、次代の継嗣を用意出来なかった「天使」を抜き去って第1皇位継承権を奪取した継嗣「神璽」をもうけていた芝蘭の実兄『神葉』の温情により、生母を遣わしていただけたので、芝蘭は母に抱きつき歳も忘れてわんわんと泣いた。
海流は祖母の力添えにより仮死状態から脱することが出来た。
だが一時の安全は確保されたたものの、昏睡に近い状態のままうっすらとしか血の通わない浅黒い肌色をしてベビーベッドで眠らされている。
その頬を悲しげに触れた後、芝蘭はパシンと自身の両頬を叩いて沈みきっていた気持ちを入れ直した。
「さあ、わたくしにしか出来ない事をするわよ」
そして芝蘭は怒りに似た感情に戦慄きながら、迦允との婚儀の後から一度も開いた事のなかった両目をゆっくりと開く。
抑えていた異能を解放すると、藍に澄み切った瞳に創世神が刻みし神跡刻印が滲み浮かんで来た。
芝蘭はすぅと息を吸い、「世界」の根源に至る扉を視認すると鍵である神跡刻印を同期させる。
根源に触れた途端、数えきれない過去と無数の異世界の現在と未来のビジョンが芝蘭に流れ込んでくる。
久しぶりの感覚にふらつくが、芝蘭は歯を食いしばって耐えた。
海流がいたずらに「聖良の魔眼」の異能を乱用しないように教育するのはもっと後よ。
物心がついてからでなければ伝わるものも伝わらない事はわかりきっております。
その前に、わたくしはその身に流れる櫻井家の血筋を誇れる子を産むために嫁いで参りました。
創造神さまは「聖良は子をポンポン産む、次の子に期待せよ」とおっしゃいましたけれど、次の子が櫻井寄りである「確証」はありません。
「確証」出来るのはわたくしが私利私欲の為に聖良の魔眼を使い「そうなるように」「未来線」を剪定した場合のみ。
ええ、ええ。創世神さまにそそのかされた通りに、わたくしは今から生まれる子の「未来」も海流の「未来」をも鑑みて剪定いたします。
だってわたくしは、皇国には言えませんけれど生家にいた頃は皇位継承権こそ低くとも神葉兄さまをも陵ぐ『覚者』として、神葉兄さまの求めるままに聖良にのみ都合の良い「未来」を選ぶ剪定させられていましたもの。愛乃さまと天使さまの異能を削ぐ未来を2家にバレないようにこっそりと、こっそりと。
ですからわたくしがわたくしの子の為にだけ異能を行使することに何のためらいもないわ。
それでも、わたくしが創世神さまお手作りの血族の末裔である限り、海流の異能封じは完全には出来ない事は理解しています。創世神さまのご機嫌をこれ以上害ねれば迦允さまの御血筋にも影響を及ぼしかねませんしね。
けれど……もしもわたくしが未来線を『剪定』し切れず、この子の異能が『覚者』の異能のみに特化したら……。
海流を聖良におあずけすれば聖良の庇護は受けられるでしょうけれど、わたくしの未来線の一つだった「聖良の為に良いように使い潰される一生」の未来線を聖良に掴まされてしまうでしょうね。
神葉兄さまは……そういう人ですもの。
そして一番大事な事。
海流に『錬石術師』の異能を開花させなければいけないの。
でなければ櫻井に居ても櫻井の御血族から認めていただくことも出来ず、たとえ迦允さまが愛情を注がれても迦允さまの目の届かない所でいずれ追い出されて路頭に迷って野垂れ死ぬだけ。
神さまたちにもそっぽをむかれて……、いくとし生けるものが皆異能を持つこの皇国でどうやって生き抜いていけると言うの?。
そんなこと、わたくしは許しません。わたくしを許せません!。
芝蘭は瞬きをし、改めてこの身に授けられた祝福を思い起こす。
わたくしが創世神さまに授けていただいた異能は『覚者』。
「過去」も「今」も「未来」をも見通し、「剪定」する魔眼。
「この魔眼でわたくしが愛する方たちの未来を切り拓きます!」
たとえこの「命」が無くなろうとも。
心を固く定めた芝蘭の覚悟を、迦允は制止しきれなかった。
芝蘭は寝食も忘れて一心不乱に「未来」を視、海流のより良き「未来」を探る。
間違っても創世神が目指す「未来」や聖良にとって都合の悪い「未来」を切り捨てて聖良の怒りをかわないように気をつけながら、丹念に慎重に「未来」の枝先を見極める。
次第に青白くやせ細っていく芝蘭に、思い余った迦允に睡眠薬を嗅がされれば、芝蘭は意識のあるうちに即「過去視」をして、そうなる「今の直前」を観測次第バッサリと切り、ミリ秒先の「眠らされなかった未来」に繋ぐ。
何度も繰り返す、1フレーム単位で進む時間にふとしたはずみで『気づかされた』迦允は、自身が妻を止める事は逆に芝蘭の寿命を削っている事に思い至って、ただただ立ち尽くす他なくなった。
「過去」すら剪定出来る芝蘭だから、幼い頃に『視た』
「芝蘭と迦允が婚姻しない『過去』を掬い上げ、あの高貴な方と迦允が婚姻して傑物を輩出する未来」
に「現在」を繋ぎ直す事も出来た。
いっそそうすれば、ただの傍観者に戻れて楽になれたのだろう。
しかしそうするには、芝蘭は迦允の事を愛し過ぎていた。
「ごめんなさいお姉様、わたくしはどうしても海流が生まれなかったことにしたくない。迦允さまもお姉様にお返ししたくないの」
芝蘭はガリガリと寿命が削られているのを感じながら、なおも「己と迦允との子」にとって最適な「未来」を『視』ようと足掻き苦しんだ。
しかしそれほどの対価を払っても、一度たりとも海流が創造神より「錬石術師」の異能を授けられる「未来」を『視』れないまま数年が過ぎ去った。
芝蘭は弱り果て、「未来」を『視』る事もなかなか覚束なくなり、床に臥せがちになった。
そんな中、第2子の男児「乃蒼」を産み落とし、その子に幾百もの精霊達が祝福に駆けつけて来たのを見て、ようやく自身が櫻井家の妻としての役目を一応は果たせたのだと安堵の涙を流したのは言うまでもない。
だが、乳母に乃蒼の育児を任せながらも決して芝蘭は海流の「未来」を諦めはしなかった。
けれど、芝蘭の頑張りもそこまでだった。
「今」。
美しかった空色の髪はパサパサの白髪と化し、痩せ細り、シワだらけの枯れ木のようになって芝蘭はベッドに横たわっている。
芝蘭の早すぎる死の床のそばには、祖母の教育により「覚者」の異能を自力でどうにかコントロール出来るようになった海流が泣きながら寄り添い、死神に母を連れ去られまいと必死にぎゅうぎゅうと母の手を握っている。
芝蘭は「泣かない…の、おにいさまに、なったのでしょう?」と、口の端をようやくの体で微笑みの形に動かし、それから迦允の腕に抱かれている乃蒼を見上げ、迦允と目を合わせてうっすらと頷いた。
迦允もまた、小さく頷き返した。
「さ、笑って?……海流。最期に、おかあさまに…可愛らしいその笑顔、見せてちょうだい」
「しゃ、しゃいごなんていわないで!おかあしゃま!」
海流は澄み切った藍色の瞳いっぱいに涙を溜めて、力無く横たわっている母に縋りつこうと爪先立ちで足を伸ばして必死の思いでベッドに乗り上がってイヤイヤと首を振る。
「ごめんなさいね、海流……、でも、これが『覚者』の、異能の代償なの。よおく覚えておいて、ね…?。
それと、かあさまの…力不足の所為でこの先の『未来』も、海流につらい思いをさせてしまうのね。……本当に、ごめんなさい…」
「ちが、う!ぜんぶぼくのせい!ぼくがせいれいさまやそうぞうしんさまにおいのりがたらなかったから…、いっぱいいのったのに、ごめんなしゃい!」
「そう、祈ってくれたの?…ありがとう、わたくしの可愛い海流……」
芝蘭は最期の力を振り絞って手を動かし、海流が止めどなく流す涙を拭ってやった。
その瞬間であった。
芝蘭は「あ…」と呟くと、笑った。
それはそれは幸せそうに「笑った」のだ。
「おかあしゃま?」
「芝蘭?」
「ふふ…、ふふふっ……」
2人の問いかけに芝蘭はクスクスと笑い続ける。
ようやく笑いおさめると笑顔のまま口を開いた。
「『視』ちゃったわ、わたくし、やっと『視』ましたの。今の、今さっきよ。
…聞いてね?、海流。
かあさまは今、最後の『未来視』をしました。
そこでかあさまは今までに無い『未来線』を『視』ました。
わたくしが望む未来に極めて沿った『未来線』よ。
海流が…それに至るまでの道のりは、長く辛く苦しいものですが…、
海流は必ずこの『未来線』の先で…、立派な『錬石術師』の異能を完全開花し、櫻井の継嗣となって『錬石術師』に更なる変化と繁栄をもたらす『者』になります。
創造神さまにも創世神さまにも、他の聖良の方々にも邪魔は…させないわ。わたくしに残されていた全生命力と寿命でもってこの『未来線』を完全固定するから。
けれど、具体的な時期は…言えないの。あまりに遠い未来のことは、言葉にすると『因果律』が変わって…、違う『未来』に、なってしまう可能性も捨て切れないのですもの。
それでも、それが、わたくしが生きた印し、わたくしが海流に捧げる渾身の存在証明。
そうよ!決して絶対に、神さまにも聖良の誰にも剪定させないわ!」
芝蘭は叫ぶようにそう告げると、憑き物が落ちたかのようにクタリと全身の力が抜けてベッドに沈み込んだ。
「おかあしゃま!」
「……まだ、大丈夫、よ。ふふ…、ああ……でも、ねえ迦允さま…」
「なんだい?芝蘭」
「……血の巡り合わせというのは、残酷で、でも面白いものですわ…ね?。よくもまあ、親子揃って…なんだか、妬けてしまいますけれど。
まあ、わたくしはいわゆる『棚ぼた』でしたし、仕方ありませんわね…、迦允さま?…ふふっ」
「…芝蘭?なにを言いたいのかな?」
「Que sera, sera。迦允様も、時々口ずさまれるでしょう?ひ…み……つなの!ふふっ」
悪戯がバレたした子のようにまた笑い始めた芝蘭に迦允が戸惑いながらも笑み返すと、芝蘭は「昔ばあやに隠れてクラスメイトにお借りして読みました『転生モノの悪役令嬢の中の方』のお気持ちが、なんとなくわかった気がしますわ」と心底悟ったと言わんばかりに頷くので、迦允は本当にどうしていいのか分からず困り果てている。
「芝蘭、大丈夫か?気が、触れたわけではないだろうか?」
「失礼いたしました。でも今際の際だと思ってもこの未来線の展開がとっても面白くて、ずっと『視』ていたいのに……ん、ふふ。ダメ、ね、仕切り直します」
ふぅ、と芝蘭は息を吐くと、寿命も何もかもを使い尽くし空洞に成り果てた瞳を迦允に向けて、けれど力のこもった声音で願いを口にした。
「迦允さま…、海流と乃蒼を、よろしくお願いいたします。
乃蒼には、物心がつき次第『周囲の雑音に惑わされず、精霊さま達の祝福に驕る事なく、兄を立てて櫻井家を盛り立てていく』よう…伝えてくださいませ。
でなければわたくし……、海流の『未来』を『視』るのが精一杯で、先程『視』た『未来』の先の分岐の先の先まで『視』る余力が…ありませんでした、の。
……とても気掛かり、です。乃蒼は生まれた時から『錬石術師』の子ですから、必然的に海流と乃蒼を、比べる者が現れますわ。
どうか…どうか、迦允さまだけでも…2人のことをどちらにも加担せず等しく見てください、ませ、ね……」
「ああ、2人の事は任せてくれ」
迦允は力強く頷く。涙が頬を流れ落ちる。
「ありがとう、ございます、迦允さま。
……わたくしの後添いの方は、どうぞ迦允さまの、お心のままに」
「何を言うんだ、私には君しか居ないよ」
悲しげに首を振る迦允に芝蘭は屈託なく笑って
「『今』は、ね?…ふふっ」
と、ただただ微笑んで、見えない瞳で海流を探す。
「海流も、好きな子が出来たら…全力でアタックするの、よ?。どれだけライバルが強くても、わたくしのように、最後に笑えたら、とーっても気分が良いと、思うの」
「『勝ち』では無いんだね」
「ええ、『勝ち負け』なんて、どちらも一方向からの視点の結果でしか、ありませんもの」
「君らしくて、良いと思うけれど、最後と、言われるのは…やはりとても悲しいな。C'est la vie.これが私の人生か」
涙声で言葉が詰まる迦允に、芝蘭はかすかに首を振る。
「あ…」と。振りながら、微笑む。
何か言葉を発したかったようだが、無理だったようだ。
芝蘭の呼吸が弱まる。
死の静寂が忍び寄って来ている。
もはやこの家族に残された時間はあまりなさそうだ。
「ぼく、わらうよ!いつもいっぱい、わらうから!」
海流は叫んだ。
そうしないと今すぐに、母の命の灯火が消えてしまいそうだったから。
そして確かに海流の訴えは芝蘭の魂をもうひと時のあいだ引き戻した。
「ん……そう。そうよ?海流。その為なら、いざと、いう時、わたくしの「プシュケ」でも、惜しまず、使いなさい。
目指すは『楽しい学園生活♪』よ。ね?かあさまとの、お約束、わかった?」
「わかっ、た!『たのし、がくえんせーかつ?』しゅる!。だからおかあしゃま、しなない、で?」
「ごめんなさいね、海流…。そのお約束は、出来ないわ……」
「おかあしゃま?うーっ!しにがみめ!お、かあしゃまをつれてかないで!」
海流は必死に芝蘭にしがみつく。
「本当に良い子ね…、お別れしたくないわ……。3人とも、わたくし、みーんな…大好きよ……」
「おかあしゃま!おかあしゃま!」
しゃくり上げて泣き伏す海流を微かに感じながら、芝蘭は幸福に包まれて微笑みを浮かべたまま、その短い生涯を閉じた。
葬儀を終え、長い年月が過ぎ。
この「櫻井魔導学園 高等部」の旧校舎にて。
夕暮れ時の机に突っ伏したまま
「今日もクソみてーな夢『視』ちまったわ!」
と、
午睡の微睡みの中から大あくびをして不貞腐れつつ、紺碧の「魔眼」を開く海流に残されたのは、耳にジャラジャラと空けたピアスにはめ込んだ「父と乃蒼と3分割した母の『プシュケ』のカケラ」と、これまで生きて来たものの吐き出し口の無いまま来期には高等部の最終学年になる歳まで、たまりに貯まって蓄積された膨大な魔力だけだった。
なんだ?「総魔力量『6358000』」て?。
今時、皇国の上位魔術師とか言う「救国級皇国魔術師」だって「10万」ありゃ余裕で配下を顎でこき使って遊んで暮らしてけるっつーのに!。
特殊な生まれのおかげで精霊共に総スカンを食っているというのに、『錬石術師』の血の臭いを嫌う妖精共にも全力で拒まれて「普通の魔法」にすら変換して貰えずどんどん貯まる一方の、櫻井家と聖良家の血が混じったクソ魔力。
これ、櫻井家と聖良家のミックスだから維持出来てる特大内包魔力容量だとさ。普通の魔術師では許容範囲を超え過ぎて肉体が爆散するレベルらしい。怖っわ!。
もうひとつ言わせてもらうならクソボケ死ねハゲ創世神の祝福「覚者の『魔眼』 LV.20」のスキルは、ばーちゃんに絶対使用禁止と厳命されていた上、真面目に使えばアホほど寿命食ってくわで使い所どこよ??なのに、従兄弟の「神璽」のヤロウ…、つまり「聖良」の第1皇位継承者と俺様は肩を並べちまうLVらしく、お袋の兄貴、今の聖良のトップの神葉のおっさんに「クーデターを起こす気はないだろうな?」と常に睨まれてっし。
そんな全部の合わせ技で、どっちつかずの「無能」と公で声高に誹られたりしてんのに、年一で魔法省の偉いけど知らん人らに
「『国宝指定者』検討会議
(よーするに俺様を生きたまま国宝に指定して国庫にぶっこんで一生「研究対象」として飼い殺しにすっぞって奴)
にかけられてるとかそんなの(クソ親父が毎年阻止してるらしいが)」
お袋さんよ?もーちょいマシな「未来線」見れなかったわけ?とか尋きたい俺様の人生のぐだぐだ度。何なん?。
さっき『視』た、俺様の生まれた時の夢とか、合わせて胸糞悪いし。
もーマジ俺様ってば、いつ完璧な「錬石術師」になれるんすか?。
自力で『視』ても良いけどよぉー、お袋が固定した未来線のセキュリティが神葉のおっさんですら介入出来ないほどガッチガチ過ぎて、『視』ようと寿命を削ってもはね付けられて削れ損になるだけらしいし?。
つーことをなんか、死んだばーちゃんが言ってた。
当事者の俺様自身をハブるとか、どゆこと?。解せぬ。
まあそれは置いておいても、なんか死ぬ間際に俺様に「楽しい学園生活送ってよね♪」とか言ってたし、
異能開花は大学院に持ち越しっすか?。
院?行っちゃう?。
院行とか頭足りんの?俺?。
皇国の義務教育って確か高等部までじゃなかったっけか?。無理み、ヤバ。
てか本気?。マジもんの話?。
お袋さんよ。それ俺の目ぇ見てもっかい言えんの?、みたいな?。
「こんなんで『たのしー学園セーカツ♪』とか、送れっか――――――!!」
などと、心の底からの海流の絶叫が今日の「現場」たる旧校舎中に響き渡るのだった。