【冬の娘】-8 薄紅
「お久しゅうございます、ね。イルヴァ様……」
寝台に身を横たえたまま微笑んだ彼女は、ひどく儚げだった。
戦地を転々とし王城へ戻れなかったのはお前の所為だと、そんな言葉を封じ込めてしまうほど。
「…お加減はいかがですか。フレイア殿。」
言わずもがなのことを淡々と問う。それくらいしか、私には次ぐ言葉がない。
その言葉に、歌姫はほわりと微笑んだ。微かに上気する頬。夜にも関わらず唇にさした薄紅は、血色の悪さを誤魔化すためだろう。
だから、私は小鳥のような声が、甘く優しい虚構を紡ぐことを予想した、のに。
「もう、今年の冬は越せないでしょうね。」
返ってきたのは、凛とした断定だった。
思わず眼を見開いた私に、歌姫は微かに首を傾げ、苦笑した。
「そのような―――――…」
「わかっています。自分の身体ですもの。むしろ、今までよくもったと。」
吐息に掠れながらもその声の透明さは失われない。この王国一と謳われた歌姫の声。
「そのような、気の弱いことを。
きっとすぐに快くなります。…今も、陛下が様々な治癒の術を探しておいででしょう。」
そのために私は血を浴び、傷を負い、戦地を駆けずり回ったのだと。
歌姫への憐みが、言いようのない苛立ちに変わってゆく。
「……随分と、歌も歌えていません。」
その細い喉を見る。呼気を歌として奏でる至上の楽器。
剣などなくとも、この手で簡単に、へし折れそうな―――――…
「陛下に、何も返せない。
こんなわたしがいる意味は、あるのでしょうか?」
続いた言葉に、私は震える手を力の限り握りしめた。
「あります。何故なら陛下はあなたを未だ必要としている。」
それだけは真実だった。彼が、狂うほどに乞う存在。だからこそ私は、目の前の少女を傷つけられない。
彼に嫌われるのが怖いから。
「……お優しいイルヴァ様。」
ぽつり、呟かれた言葉は微かな哀しみの色を帯びていた。
「…――――申し訳ありません、戦地より戻ったばかりのあなたに、こんな弱音など。」
末尾に咳がかぶる。苦しげな様子に、私は彼女に背を向けた。
「長居いたしてしまったようですね。私のように外から冬の冷気を連れてくるものはお体に障りましょう。
今夜はこれにて。どうぞ、ご自愛下さいますよう。」
扉の横に控えていた侍女に目線で水差しをさし、持っていくように促したところで、咳にやや乱れた彼女の声が追ってきた。
「あり、がとう、イルヴァ様…っ、ごめんなさい…
わたし、わたしっ、もう一度、あなた、の……っ」
扉を閉める。
握りしめた手のひらには、血が滲んでいた。
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章分けなどしていなかったので毎回サブタイに迷います…