【冬の娘】-7 病身の王都
南、西、東。主だった国は全て滅びた。
流石に兵達も疲弊しきっている。けれど、例え周囲三方の国の残党が結束したところで、この国に攻め入ることはできない。
なぜなら冬だ。冬がくるのだ。
十万の兵も及ばぬ盾。全てを凍てつかせ重く降り積もり、この国を世界から隔絶させる冬が。
そう、冬が来てしまう。
――――――病ですでに弱り切った歌姫を、蝕む氷の季節が。
久々に帰還した王都は、それこそまるで半死半生の病人のようだった。
花祭の折の活気は、かつては雪に埋もれてもそこここにランプが下がり人々が笑いながら行き交っていた街は、どこへいったのか。
王都を囲む灰色の石壁には、錆びた赤い色が残っていた。息子が全て先の戦で戦死した事を嘆いた女が、見せしめに処断されたのだと言う。
立て続けの戦勝は大きな富をもたらしたはずだが、拙速にすぎたそれは失ったものの大きさのみを民の眼に焼きつけているようだ。
閉ざされた家々の鎧戸の中では、困惑と悲嘆と怨嗟が渦巻いている。
そして戦地より帰還した私を迎えたのは、空ろな賛美の声。
“青藍の戦乙女よ!” “我らが名将よ!!” “王の猛き剣よ!!”
口ぐちに言えど、その声には侮蔑にも似た冷たさが宿っている。
私がよく知っている声。人あらざる者に向ける、恐怖と嫌悪の混じった声だ。
そんなものはどうでも良かった。実際に三つの戦で自分がどれほど殺したかなど覚えてもいない。
何より私を落胆させたのは、彼の出迎えがなかったことだ。おそらく、王は歌姫につきっきりでいるのだろうが。
溜息を飲み込む。かつてはささいな功を成すたびに「よくやった」と髪を撫でてくれた手が、いまはもうこんなに遠い。
( 私の成したことに、意味はあったのだろうか? )
王城の自室に戻り、久方ぶりに鎧を外した。
冬の近付くこの地で、金属の鎧はひどく冷たい。あるいはこの冷たさは私自身から滲み出たものかもしれないと自嘲した時、ふと部屋の扉が叩かれる音をきいた。
「――――――何事か。」
顔を向けないまま問う。外した剣帯から少しだけ剣を引き抜く。幾度血に塗れても、濯ぎ清めた剣は何度でも曇りない白銀を取り戻す。
「………」
扉の向こうから、躊躇いの気配。
問いなおすのは少々面倒な気分だった。私も疲れている。
抜剣。鋭い金属の音に驚いたのか、ようやく相手が口を開いた。
「あの、夜分に申し訳ありません、わっ、わたしはフレイア様の使いで―――――…!!」
細い女官の声をききながら、私は、ああ、軍装を解いてよかったなとぼんやり思った。
彼女の身辺に剣を持ち込んでしまえば、今の私はなにをするか分からない。
なんだか毎回投稿する量がまちまちな気が…
でもきりが悪いのもなあ。