【夏の愚者】-21 罪人達
彼女は、この上もなく幸せそうに微笑んでいた。
花の色をした髪に、吹き込んだ雪の欠片を飾って。もはやその繊細な輝きが溶け消えることはない。花の様な彼女は、今や雪とまったく同じ冷やかさを湛えていた。
白磁の肌、薄紅を塗った唇、花色の髪、雪の飾り、夢見るように閉じられた瞼、淡い微笑。
ただ、真紅に染まったドレス、それだけがあまりにも不似合いだった。
彼女の血に染まった赤、俺を象徴する色。鮮烈すぎるそれはまるで彼女を火刑に処す不吉の業火にも見え。
思い知る。淡い花の色を纏った彼女を真に引き立てるのは、雪原の如き純白のみであったと。
「フレイア…」
ぽつり、二度と応える声を持たない名を呼ぶ。
血が通っているうちに触れたのは、あの日、眠る彼女の頬の涙をぬぐった時だけ。
今はその時の微かな温もりもなく、ただただ白く冷たく硬質な肌は、まるで彼女が人形にでも変わってしまったかのようだ。
―――――――俺の書いた筋書き通り、フレイアをその剣で貫いたイルヴァ。
何も知らぬ彼女を牢へ閉じ込め、俺はフレイアの亡骸を花を敷き詰めた庭園へ横たえた。
硝子の天蓋が外され、容赦なく雪が降り積もる庭園。この寒さならば、フレイアの亡骸が腐敗することはないだろう。箱庭の中で咲かせた花が、萎れる間もなくその色を残したまま氷漬けになるのも時間の問題。
兵達が取り囲んだ時イルヴァは、ただ血に染まったフレイアの亡骸を膝に、呆然と座りこんでいたと言う。
皮肉なことに、どれほど俺が彼女を裏切り、また彼女が俺に偽りを抱いていようとも、イルヴァは結局俺の望みのままに動いた。
俺の望み。
もはや哀れな死以外の先を持たないフレイアに、愛した少女の手による死を。
愛が得られないのなら、せめて哀を。フレイアの二番目の望み。
憎い恋敵を殺し、愛しい相手に殺され、二人の少女は何を思ったのだろう。
ひたすらに幸せそうな微笑、永遠の幸福を唇に刻みつけたフレイア。
俺には分からない。
愚かな俺にはわからない。目の前の亡骸に刻まれた微笑。
永遠に受け入れられないまま死んだと言うのに、何故こんなにも幸せそうなのか。
永遠に受け入れられない事を突きつけられた俺は、こんなにも辛いというのに。
憎いはずの女の血に塗れ、凍える牢の中嗚咽のような笑声を響かせるイルヴァ。
俺には分かる。
愚かな俺にしかわからない。地下牢の魔女が撒き散らしているだろう哄笑。
永遠に許されない罪を負ってしまえば、もう笑うしかない。
永遠に泣くことすら許されないのならば、もう笑うしかない。
「…イルヴァ。」
俺と鏡合わせの愚か者。似すぎているから、憎かった。俺の知らぬ部分があるのなら、それはそれで憎い。
呼びなれた少女の名を呟いて、俺はようやく二度と歌わない歌姫から身を離す事が出来た。
冷たい冷たい冷たい世界で―――――沸き上がるのは、溢れるほどの憤怒。
それは俺を受け入れなかった女にか、俺を裏切った女にか、世界全てへか、あまりにも愚かな俺自身にか。
とにかくまだだ。まだ終わっていない。道化は退場していない。
道化劇の幕を降ろさなければならない。冷えた手を取っていた、冷えた手を握りしめる。
「ッ……!!」
…――――――怒りさえあれば、ほんの少しでもこの冷たさを耐え抜ける気がした。
次回、アルヴィド編【夏の愚者】は完結です。