【夏の愚者】-18 最後のぬくもり
多大な戦果とそれに倍する戦禍を引き連れ、帰ったイルヴァの目は何を見ただろうか。
活気が絶え、半死半生の病人のような王都。
家族を、友を、恋人を失った困惑と悲嘆と怨嗟を閉じ込めた街並み。
尽くしたはずの俺のねぎらいの言葉もなく、城内には争いにより私腹を肥やした蛆虫どもが蔓延り、王都を囲む灰色の石壁には、錆びた赤い色。息子が全て先の戦で戦死した事を嘆いた女を、俺が見せしめに首をはねさせた。
王の聖色たる“赤”は、もはや炎の色から血反吐の色へその意味合いを変えている。
―――――フレイアがそのイルヴァを自室へ招き入れたと知って、俺はしばらくの後フレイアを訪ねた。
発作を起こされたのです、と言う侍女の言葉のわりには、安らかな寝息。
震える睫毛。流石に痩せた頬。薄紅の髪に埋もれ、まるで花の中にいるような白皙。
何か、夢を見ているのか―――――どこか哀しげな面。その、頬につ、と涙が伝った時。
俺は、思わずその頬に手を伸ばしていた。
柔らかな感触。病をえて血の気の失せた、それでもすべらかな頬。
拒まれ続けていた俺が、初めて触れる頬。
その感触に戸惑いながらも、俺はそのまま頬に伝った涙をぬぐった。
温かい涙は、零れてしまえばすぐに冷たくなる。
ふ、と眉を寄せた少女。けれど、その瞼が開く事はなく。
安堵と残念な気持ちを同時に抱きつつ、俺はそっとその手を離した。
――――――初めて触れた温もり。最初で、おそらく最後になるだろう感触。
すぅ、と一際深い眠りへと堕ちてゆく少女。
緩やかに上下する胸、微かな歌と雪の気配。
彼女が見ているのは、冬の夢だ。なんの根拠もなくそう思った。
フレイア編の微妙な違和感とリンク。