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【夏の愚者】-14 春の呪い

その後、俺は「手折られる命が忍びないのなら」、と、王城の庭園を丸ごとフレイアに捧げた。

何も知らない振りをして、何も分からない振りをして。ああ、花祭の道化の仮面を取るのではなかった。思えばあの頃から、俺は彼女にとってあまりにも滑稽な存在であった。


相変わらずの微笑みで、フレイアはそれを受け入れた。というより、おそらく拒むほどのものでもなかったのだろう、彼女にとって。


北の国にあって常に花の咲き乱れる王家自慢の庭園。かつてたった一人の藍色のみを受け入れた思い出の庭園。


そこで、俺は歌をきく。目の前には、花のような薄紅の色彩。

閉ざされた庭園(せかい)に、二人きり。

相変わらず、その歌はたった一人のために―――――庭園の薄い扉一つを隔てた藍色のためだけに、歌われるものだったが。


それでも、俺はフレイアが愛しかった。

だから、俺を厭う彼女の願い通り、俺が王城を離れる時はイルヴァを傍に侍らせてやりもした。幾重もの侍女を置き、ヴェールで隠し、まさしく掌中の珠のごとく慈しんだ。

大切に、大切に。大切なものを今度こそ守り抜こうと。



――――――――そして、そんな俺を嘲笑うかの如く、フレイアは病に倒れた。



季節は、よりによって盛夏の折。緑が生い茂り、太陽が輝く生命の季節。

王たる俺を象徴する季節。



宮廷の典医はフレイアのその病を、癒すどころか特定することもできず、俺は即座に国中から医師や薬師達を狩り集めた。それらも皆役に立たないと分かると、一縷の望みをかけ流れの錬金術師や妖術師、下賤な異民族まで城に入れた。

フレイアの病を癒せる者であれば誰であれ良かった。乞われれば喜んで王冠すら授けただろう、フレイアの延命と引き換えに。


彼女を、失うわけにはいかない。失わせるわけにはいかない。守らなければならない。守ると誓ったのだ、今度こそ(・・・・)!!


俺の憤りを周囲の人間は悲嘆と受け取った様だったが。固く喰い締めた唇、祈る様に瞑目した瞳、それらは全て運命への、残酷な神への煮え滾るような怒りを押し隠すためのものだった。


短い夏はあっという間に去り、秋が訪れ実りを喜ぶ声もないまま気付けば冬も近い。


ただ焦燥だけがつのる日々に、ある時、襤褸を纏い骨片や錆びた鈴を巻き付けた異民族の老婆が訪れた。

歌姫の病を癒せるのであれば誰でも良い。魔女か化け物にしか見えない老婆は、見た目に反して手慣れた様子でフレイアを診ると、やがて人払いを望んだ。

危険だと渋る近衛を締め出した俺に、そして老婆は呪われた沼地に鳴く蛙のような声で、囁いた。



「毒を―――――…

胎の中の子を堕ろす毒を受けた女が、陥る病状によく似ている」



と。



一瞬、何を言われたのか良く分からなかった。

フレイアの胎に子はいない。

今まで何人もの医師達が彼女を診てきたが、そんな事はさらとも聞いていない。

常に数人の女官を侍らせ離宮を近衛に見張らせ、何よりフレイア自身が男というものを拒んでいる。最大の庇護者であるこの(オレ)さえ。



ならば、フレイアはその毒をいつ飲んだ?いつ受けた?



出任せを、と口を開こうとした俺の前で、産婆であり娼館につとめたこともあるという老婆は、たどたどしく続けた。



「女の胎の中で、その毒を受けた子がもし死に損ない産まれてしまったら――――

ああ(・・)なるかもしれない。」



今度こそ俺は愕然とした。

他でもない、かつてフレイアが殺されようとしたという事実にだった。

そして、産まれる前に受けた悪意、そんなものが今更彼女を蝕んでいるという現実に。


なんとかその毒を癒す手段はないのかと詰め寄る俺に、化け物のような老婆はゆるゆると首を振った。




「 死ぬはずの子だったのだ。 」





と。



目の前が怒りで真っ赤に染まった。

と、思えばそれは老婆の噴きあげる血だった。気付けば俺は、その老婆を斬っていた。



イルヴァを介さず自身の手で人を斬ったのは、久方ぶりだった。

熱い血潮はほんの断片だけだが、俺の怒りを昇華してくれた。手に残る、人を斬り殺した生々しい達成感。


騒ぐ近衛達を黙らせ、不吉な老婆の死骸は捨てさせた。八つ裂きにでもしてやりたかったが、今はそんなものに構う時間も惜しい。


湯を浴び血を流し衣を変えた俺に、首を傾げるでもなくフレイアは珍しく俺より先に口を開いた。



「先ほどの医師様――――老婦人は、どうなさいました?」

一瞬身が竦んだが、フレイアの双眸に責める色はない。ただ純粋なその疑問に、俺は微かに眼を伏せて答えた。


「やはり、今までの医師と同じだ。“この様な病は知らない、役に立てず申し訳ない”と去ってしまった。

だが、何故だ?」


問い返せば、フレイアは珍しく逡巡したのち、微熱のせいでやや乾いた唇で、ぽつり、ぽつりと呟いた。


「いえ…いえ。あの方の付けていた鈴の飾りが、昔姉のように可愛がってくれた人がしていたのに似ていて。

なんだか、少し懐かしくなっただけです。」


帰られてしまったのですね、と呟くフレイアを笑顔で慰めながら、俺は死体をイルヴァに拾わせてこなくてはと考えていた。




後日、老婆の鈴飾りに細工を加え、黄金で再現したそれに、フレイアは久方ぶりに顔を綻ばせた。

その微笑みに、無邪気に鈴を鳴らす様に、改めて思う。



フレイアの産まれなどどうでもいい。

それを言うならば俺は一体何なのか。単なる私生児だ。不義の子だ。王位の簒奪者だ。


大事なのは、彼女という存在。其処にあるだけで愛しいと思える芳しい少女。




彼女を、護る。たとえどれほど手を汚しても、何を犠牲にしてでも。


俺は、その微笑みに改めて誓ったのだった。



病の真相

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