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【夏の愚者】-13 からっぽの掌

最悪だ。

俺と言う存在の全てはその一語に尽きた。

最低でも良いかもしれない。最低で、なおかつ最悪だ。自己嫌悪で埋まった脳内では、他の罵詈雑言を検索する余裕も見いだせない。


最悪。


受けて然るべき批判を、罵倒を、打擲を、得られない俺はせめて握りしめた掌を爪で突き破ることで、ちっぽけすぎる痛みを得た。



――――――今日、俺がフレイアに捧げたのは一輪の薄紅色の花だった。


「お前に、よく似ていると思った。」

考えて、考えて出てきたのがそんな着想と台詞だった。俺はつくづく頭が悪い。

だが、幾重にも淡い薄紅の花弁が重なり、殊更甘い香りのする花の一輪。その在り様は、あまりにも目の前の少女に似ていると思ったのだ。

柔らかい日差しの中で咲く花に、フレイアは目を見開いた。


「ありがとうございます、陛下。」


いつもと同じ微笑み。

それくらいで落胆はしなかった。けれど、フレイアが俺のその差し出した手と花をそっと押し戻した時には流石に動揺した。


「けれど、わたしには勿体ないものです。」


そっと、眼を伏せ首を振る。幾度も繰り返された言葉。

それでも、俺から差し出されたものをあえて拒むのは、これが初めてだったはずだ。


「フレイア?」


微かに揺れる声の問いかけに、彼女は小さく息を吸うと、答えた。



「花は、いずれ枯れ朽ちるもの。

――――それでも、ひとつの命をわたしなどのために手折り散らせることを、わたしは望みません。」



凛、とした声。

心優しい歌姫の言葉。


けれど、俺はその声の奥底に何か―――――苦々しい何かが渦巻いているのを、感じた。

気付いてしまった。



フレイアは、“花”を憎んでいる。

そしてまた、同じように|俺を厭わしく思っている《・・・・・・・・・・・》。

理由は分からない。だが、それは俺を絶望に這い蹲らせるに足るほど、確たるものだった。




「フレイア―――――本当に、お前は……

 姿や声だけでなく、心まで麗しいのだな。」


漸く花を引きもどし、俺は吐息と共に言った。

それは彼女に初めて向ける皮肉であったが―――――それでも、俺は言い切った直後、眩しいものでも見るように眼を細めずにはいられなかった。


フレイアの笑みは、完璧だった。

その心に憎しみが存在すると知ろうとも、それはあまりにも慕わしいものだった。

愛される嘘吐き、フレイア。

嘘に塗れて産まれ、偽りで塗り固めた仮面を被る俺を、しかし同じように嘘に塗れた彼女は愛してくれはしない。

何故だ、と問う気などはない。

嘘に塗れても彼女は強く、そして俺はあまりにも卑屈だった。



「わかった。だが、私の中では真実お前に勝るものなどないのだ。

 何か、欲しいものはないのか?」


欲しいもの。

その答えなど分かり切っている。だが、刹那で良い、俺はこの期に及んで彼女の関心を買いたかった。



「ならば……その。

 わたし、イルヴァ様と、もっとお話ししてみたいです。」

淡い唇が、予想通りの言葉を紡ぐ。


「イルヴァ……か。」


やはり、お前が想うのはあの藍色、ただ一人なのか。

ふと、赤金の双眸を伏せた俺に



「駄目、ですか?陛下…。」


今まで何一つねだらなかったフレイアが、懇願するように言葉を重ねた。

初めて聞く声に、答えなど一つしかない。


「わかった、フレイア。

 お前の望みに応えよう。」


「ありがとうございます、陛下…!!」


頷いた俺に、微笑みを零し、抱きつかんばかりの歓喜と共にフレイアが言った。

イルヴァに向けられる微笑の、関心の、何百何千分の一か。


俺の得られる、それが今の精一杯だった。



―――――――…


だから、日の差す渡り廊下で銀の剣を携えたイルヴァを見た時、あまりの間の悪さに神と自分を呪ったのだ。

そのまま、眼もあわせずすれ違えれば良かった。

だが、藍色の眼差しが、手の中の薄紅色の花をとらえた時。


俺の中の何かが、ぷつりと音をたてて切れた。



「お前にやろう、イルヴァ。」


そう言って差し出したのは、薄紅色の花。

藍の瞳が大きく見開かれる。映るのは、喜色、そしてそれ以上の困惑。


「ありがとう、ございます……アル?」

躊躇いがちな声を遮る様に


「フレイアには、不要なもののようだ。」


言い放った俺の言葉に、目の前のイルヴァが凍りついた。



「――――“花は、いずれ枯れ朽ちるもの。それでも、ひとつの命を私などのために手折り散らせることを私は望みません“、と。

まったくあの慈悲の深さと優しさには感嘆させられるばかりだ。」


続ける、響きだけは柔らかい自分の声をどこか他人事のように聞いていた。これは皮肉で、復讐だ。意に染まぬ彼女()への。それを知っていて、それでも俺の言葉は止まらない。


「だから、それはお前にやる。

お前は、花をもらえば嬉しいのだろう?イルヴァ。」


知っている。本当は知っている。イルヴァが花を、と言ったのは純粋に花を美しいと思う故だと。

俺が拒まれたのは、純粋に俺が俺であるが故だと。

それでも。


「陛、下……」

微かに身じろぎしたイルヴァの腰で、剣帯に吊った剣がガチャリと揺れた。

俺の為にと、なんの躊躇いもなく幾つもの命を刈り取ってきた刃が。


――――――それでも、知らなかっただろう、フレイア。

俺を拒むためのその言葉が、イルヴァという存在を否定する言葉になることなど。



俺は呆然とするイルヴァを置き去りに、そのまま王城の奥へと去って行った。


己の愚かさ、幼稚さ、吐き気がするほどの嫌悪、そして嫉妬を抱えて―――――…




そして、俺はからっぽになった手のひらに爪を立てた。







マ・ダ・オ!MA・DA・O!!

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