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【冬の娘】-3 花冠と歌姫


城下は常に人でにぎわっているが、それでも春の近付くこの一時は格別だ。

北方に位置する国。年のほぼ半分を雪に閉ざされるこの国では、人々は春を殊更愛す。


春の美しさを賛美し、夏を敬愛し、秋の実りを慶び、そして冬を畏怖する。

異国や異民族の侵入を防ぎ続けてきたこの国の厳寒だが、それは雪がこの国民(くにたみ)よりも侵入者の方をより多く殺すというだけにすぎない。戦禍にあっても平和の折であっても、寒さは人を殺す。



冬の終わった安堵と春を迎える喜びが、活気となってこの国を覆っているのだ。




「相変わらず見事なものだな。」


私の隣で灰色がかった茶髪の青年が楽しげにささやく。

鮮やかな朱の髪に灰と色粉を混ぜたものを巻き付け、垢じみてはいないが古びた外套をまとっている。ごまかしようのない赤金(あかがね)の瞳ではそうそう顔をあげることもできないが、今は祭りの時期だ。顔の上半分を覆う祝祭の道化の仮面の奥で、忙しげに楽しげに立ち働く民を見る目には慈愛が宿っている。


「そうですね。花に埋もれるような街のなんて綺麗なこと。」

家々の窓辺には花が咲き乱れ、街頭には色とりどりの布がひるがえる。数十歩ごとに花束を売る花車が並び、そのどれもに人が群がっていた。街頭で焼き菓子を焼く甘い匂いが漂い、中には鳥籠を並べ、小鳥の歌をきかせる屋台もある。

気の早い誰かがまき散らした紙吹雪の混じった春風に、私は長い金髪の(かつら)を抑えた。



ふと、くすり、と小さな笑い声。

「イルヴァ、ついてるぞ。」

とんとん、と自身の頭を指し示す動き。

慌てて頭に手をやるが、常とは違う柔らかな感触に戸惑っていると、すっと大きな手のひらが差し出された。


そのまま、撫でるように色紙の欠片を落とされる。



「そのままでも似合っていたがな。

 そうだ、後で花冠でも買ってやろうか?」


上機嫌で言うのに、

「……昔は、花祭で買うものと言ったら甘菓子くらいのものでしたのにね。」

などと誤魔化し答えることくらいしかできなかった。


彼が再び歩きだしたのを追って上げた眼に映る街は、やはりひどく美しかった。

例え彼がすれ違いざまの旅装の男の袖口へ何かを滑り込ませ、代わりに巻いた羊皮紙の破片を受け取る場面を目撃しても。


それが官吏を監視させるために彼が密かに雇った間者だと知っている。

わけ隔てのない態度や太陽のような笑顔とは裏腹に、彼は自分以外の誰も信じていない。

そしてそれこそが若くして彼を真に“賢王”と呼ばせしめている所以だ。

最も、例外が一つ。“彼自身”の持つ剣である私は、その王者の猜疑心からは唯一除外されている。


私以外の誰も気づかない取引に、ふと振り返って悪戯っぽく笑ったのがその証拠だ。

私もまた、苦みのほとんどない苦笑を返す。


そうだ、考えてみれば噂の歌姫とやらの為だけに多忙な彼が城下へ降りることなど、あるわけがないではないか。


( 城へ帰る時には、さりげなく花冠を売る屋台の傍を通ってみよう。)


そんな浮かれたことを思いながら、私は彼に付き従い広場へ向かった。

そして私は、花冠を得る機会を永遠に失うことになる。








…―――――響いているのは、歌だった。



柔らかく、可憐に。花の香が匂うように春風にのってどこまでも広がってゆく美しい歌。

時に小鳥のように高く、泉のように透明に。春の花を全て集めて作った花束のような華麗さで。


白亜で作られ、すり鉢状になった広場。花と人で埋め尽くされたそこで、まさに花の精のような少女が歌っていた。

薄紅色の髪に、同じ青でも私とはまったく違う、春の湖のような青翠(あおみどり)色の双眸。華奢でいかにも柔らかそうな身体を質素な衣装が包み、それが少女の清楚さを一層引き立てていた。



違う。

―――――冷たく硬い鎧を纏い、戦闘の号令を発し、藍色の眼差しを持った私とは、あまりにも違う。

私はその少女の在りざまに絶望すらした。


その凍りついた視界の中で、ふと、少女が此方を向いた。

心臓が跳ねる。何故。人々に囲まれた広場で、どうして此方を。



( 見ないで、見ないで、見ないで、見ないで…!! )



こんな私を見ないで、彼を見ないで、彼の眼を引かないで!!


言霊の力を使おうとしたところで、この距離では彼女の歌にかき消されて終わっただろう。

ただの心中の呪詛など、それこそ清廉な彼女に届くわけもなく。



彼女は、此方に顔を向けたまま、にっこり笑った。

淡く上気した頬。そして、小さな花弁のような唇から紡がれたのは、“愛”の歌だった。

優しく、高らかに。春に花開く乙女の、愛の歌。

凍りついた身体のまま、視線だけ横に立つ彼に向ければ、赤金の瞳は一心に彼女を見つめている。

ああ、その視線の熱さときたら!私は悟らざるをえなかった。彼の――――…


「イルヴァ。」

そっと囁かれた言葉に、小さく肩が跳ねた。一瞬(いぶか)しがられるかと思ったが、彼は歌姫から眼をそらすこともなくただ私の手のひらに冷たい硬貨を落とし


「花冠を。」


と続けただけだった。







そして、私は道化の仮面を付けた男が恭しく花冠を歌姫に捧げる場面を、呆然と見ていることしかできなかった。


いよいよ後味の悪いフラグが立ってきましたが。

一応これで主要人物は出揃いました。次で顔合わせ?

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