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【夏の愚者】-9 花祭の道化

城下は常に人でにぎわっているが、それでも春の近付くこの一時は格別だ。

霜の巨人の名を冠するノルヴィーク、北方に位置する冬の国。年のほぼ半分を雪に閉ざされるこの国の民らは、春の風と花々を殊更に愛する。


春の美しさを賛美し、夏を敬愛し、秋の実りを慶び、そして冬を畏怖することを知る民。異国や異民族の侵入を防ぎ続け、巨人(ノルヴィーク)の盾と呼ばれてきたこの国の厳寒だが、それは雪がこの国民(くにたみ)よりも侵入者の方をより多く殺すというだけにすぎない。敵であろうが味方であろうが、雪の猛威は平等に人を殺す。―――――東方領伯を死に至らしめたあの冬の日のように。



冬の終わった安堵と春を迎える喜びが、活気となってこの国を覆っているのだ。



「相変わらず見事なものだな。」


顔の上半分を覆う祝祭の道化の仮面は、俺の赤金の眼差しもある程度隠してくれる。

色とりどりの布や花で飾られた都や楽しげに立ち働く民らを見渡して、俺は傍らの少女にささやいた。


「そうですね。花に埋もれるような街のなんて綺麗なこと。」

聞きなれた、素直な声が返る。

目立つ赤い色彩を隠した俺の傍らには、やはり目立つ深い藍色の髪を隠すため、ありふれた金髪の鬘を被り市井の女の装束を纏ったイルヴァの姿。似合わないとは言わないが、元の鮮烈な藍色を知っている身としては、やはり彼女には物足りない色味だと言わざるをえないだろう。

けれど、ただの女のようなその金髪の長さは気に入っている。

いっそ、長い金髪やスカートの似合うただのありふれた少女だったのならば、イルヴァはもう少し幸せになれたのだろうか。



家々の窓辺には花が咲き乱れ、春風に極彩色の布がひるがえる。数十歩ごとに花束を売る花車が並び、そのどれもに人が群がっていた。街頭で焼き菓子を焼く甘い匂いが漂い、中には鳥籠を並べ、小鳥の歌をきかせる屋台もある。

気の早い誰かがまき散らした紙吹雪の混じった春風に、イルヴァはなびいた長い金髪を抑えた。


絡まってしまわないか、手を伸ばしかけた先に可愛らしい飾りを見つけて、俺は小さな笑声を上げた。

それに、顔を上げるイルヴァ。ぱちぱちと瞬きをする、事態を理解していない様子にさらにこみあげる笑みを抑え。

「イルヴァ、ついてるぞ。」

とんとん、と自身の頭を指し示す動き。

それにようやく気付いたのか、慌てて頭に手をやるが、常とは違う髪の感触や長さに戸惑っているらしいイルヴァに、今度こそ手を伸ばす。

そのまま、撫でるようにしてやれば、案外あっさりと色紙の欠片は滑り落ちた。


「そのままでも似合っていたがな。

 そうだ、後で花冠でも買ってやろうか?」


珍しく浮かんだ名案に

「……昔は、花祭で買うものと言ったら甘菓子くらいのものでしたのにね。」

返った、昔から俺を知る故のささやかな逆襲。それが単なる誤魔化しにすぎないことは、いくら鈍い俺にでも分かることだった。


再び歩きだす。偽りの長い髪をなびかせるイルヴァを連れ、歩く束の間の祭に浮かれた街は、やはりひどく美しかった。

例え俺がすれ違いざまに袖口へ書簡を滑り込ませた旅装の男から、代わりに受け取った羊皮紙の断片がどれほど薄汚れていても。


――――それは、官吏を監視させるために俺が密かに雇った間者だった。

元からあるノルヴィークの諜報組織とは別に、俺が自らの手で作り出した監視者達。雇った相手も、国王が直接の取引相手だとはまさか思うまい。


《全てを疑え》

俺の中に生き続ける箴言の一つ。自分と、自分自身の右腕たるイルヴァ以外の、誰をも俺は信じない。

そしてそれこそが若く愚かな俺が“賢王”などを演じていられる真の所以だ。


にぎやかな祭りの光景の中、イルヴァ以外の誰も気づかない取引に、ふと愉快になって俺は振り返り笑った。

返るのは、苦みのほとんどない苦笑。長い髪がいろどる輪郭は、まだどこかあどけなさを残しているようにも見える。冬の高い青空のように澄んだ藍色の瞳。



( 一番見事な花冠を売る屋台は、どの通りにあったか。)


もっとも、イルヴァならばどんな小さな花飾りでも、俺の手によるものならば喜ぶのだろうが。

そんな浮かれたことを思いながら、俺は彼女を付き従え広場へ向かった。

そして俺は、イルヴァへと花冠を贈る機会を、永遠に失くすこととなった。



次回にはあれがでます。

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