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【夏の愚者】-6 東方領伯の死

東方領伯が死んだ。

そう、知らせが届いたのは、俺が即位してから三月もたたぬうちだった。


母の不義の相手、俺の実の父。近いうちに消さねばなるまいと思っていたため、その事自体はむしろ好都合だった。

問題は、それが亡くなったのが、オースティンとの小競り合いの最中だったということだ。



―――――国王が死に、まだ年若い王子が王位につくにあたって、隣国がちょっかいをかけてきた。その事は当然のものとして想定済みだ。

前国王アルトゥルには世継ぎは俺だけであり、俺自身は実に健康、表向き俺に張りあえるほどの血統を持つ者もいない。継承権争いやそれに付随した派閥争いはほぼ皆無。

代々の王を支えてきた重臣も健在であり、フォルクングの後継ぎを筆頭に若手の貴族達の層も厚い。さらに言うならば、世継ぎとしての俺自身の評判も悪くない―――当たり前だ、本来王の血統でない俺が王位を継ぐにあたって、どれほどの努力を重ねたことか。

そして今年は冷害もなく、民草の暮らしや穀物庫の中身も安泰だ。紛れもない北の“大国”ノルヴィーク。ちょっかいをかけるにしてもせいぜいこちらの様子を探る程度、難癖をつけて小さな土地の一つや二つかすめ取れれば上出来程度のつもりだろう。


そう、思っていたところでの東方領伯の死だ。

その名の通り、山脈を境に東国オースティンと領土を接する要地の領主。前国王の乳兄弟。

それが小競り合いとは言えオースティンの軍との交戦中に死んだのだから、城内はにわかに色めきたった。

特に、アルトゥルの御代を知る重臣たちにその気配は濃い。


「オースティンの暴王」「喪も明けぬうちになんと無礼な」「東国の蛮族使いめ」「こちらが年若い王だからと」「卑しき血統」「王位の簒奪者はこれだから信用のおけん」「侮りおって!!」



次々と、進言というには感情の色が強い言を捧げに来る老人達に、真に俺を侮り軽んじているのはどちらかと溜息が出た。


彼らは、オースティン王オストヴァルドが王位継承の混乱をついて東方領伯を謀殺したのだと半ば信じこんでいた。だが、果たして?


《全てを疑え。》


――――――果たして、|何故小競り合いごときに東方領伯が自ら出張っていったのか《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》?



知り及ぶ限り東方領伯は、決して拙速を尊ぶ―――あるいは蛮勇を振るう性格ではない。

戴冠の儀は前王の死後間を開けずに行われた。国王が病に臥せっていた当時から、様々な権限や指揮系統は徐々に俺に受け継がれていた。盛大なる葬儀には、俺の指図が遠方まで伝わる事を確認する意味合いもあったのだ。もちろん、東方領からの書簡等も正常に俺の手に届いている。


俺の意を仰がず、さらに“小競り合い”と称されるほど小規模な衝突に、東方領伯自らが赴く意味が分からない。


日々過激な主張へと成り替わってゆく一派を宥めながらも、俺は事の真相を探るために信用できる人間を東方領へ送ることを決めた。



《全てを疑え。》

そう心に刻み、絶やさぬ微笑の下で誰にも心を許さぬ俺の猜疑を逃れえるのは、ただ一人イルヴァしかいなかった。それは、人が己の腕の働きを疑わないのと等しい。


相変わらず従順な少女。それがあの雪の原の呪い、あるいは暗示の所為であれど、良い。

むしろそうあればこそ、彼女は決して俺を裏切らないと確信できた。

うつろい易い“愛”などよりよほど強固な絆。



「行ってくれるか。」

一度は守ると決めた少女を、謀略と寒波渦巻く危地へ送り込む。

唇を噛みながら、それでも言った言葉に。

「勿論です。

―――――国王アルヴィド・マグヌス・ティセリウス陛下。

イルヴァは貴方と貴方の王国に、心よりの忠誠を。」

近衛隊長の位を授けた時とまったく同じ言葉と共に、彼女は微笑んだ。



山脈と接する東方領は未だ寒波が激しいだろう。女の細い身で、さらに密偵として俺の庇護もなく、東方領伯の一味とオースティンの兵らという敵しかいない地へ赴く。その艱難と辛苦を、彼女は紛れもなく理解していたに違いない。

それでも、一刻も早く事の真相を解明しなければならない。俺とこの国が誤った道へ進まないように。



ノルヴィークと俺の運命は、まだ年若い少女に託された。


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