表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/54

【夏の愚者】-2 雪ノ原の誓い

―――――盗賊の闊歩する山岳、辺境部。

それらを定期的に巡回し、野盗達を狩る巡察騎士団。母の葬儀の余韻も冷めやらぬうちに、俺はその一つに無理矢理合流した。


時期王位継承者―――と、みなされている―――が突然押し掛けるなど、兵士達には迷惑以外の何物でもなかっただろう。寒さにも危険にも耐えると言い張ったところで、彼らはそれで済みはしないのだ。第一王位継承者に傷の一つでもつけば、どのような処罰が下るか。兵士達にどれだけの気苦労をかけたか、思い出すだけで周囲を慮ることができなかった自身の愚かさに溜息が出る。


けれど、怒りややるせなさ――――実に個人的な、感情的な理由で追い詰められていた俺はそんなことには気づきもしなかった。

とにかくこの感情を何者かに押しつけたかった。王位継承者として、軍を思いのままにしたかった。民草の命を救い、あわよくば賛美され必要とされたかった。


俺の事を認めさせたかった!!


もはや笑う気すらうせる我儘な欲求。そのために俺は、さらなる愚行を積み重ねた。





山岳に居を構える野盗団。

そのアジトとは正反対の方向へ、逃がすなと、殺し尽くせと、ただひたすら狩り立て追い詰めたのは誰だ?


窮鼠すら猫を噛むという。飢狼ならば言わずもがな。そんなことすら思いつかなかった自分。経験の豊富な騎士隊長の忠言すらしりぞけ、王城から出たこともないような甘えたガキが一体なにを偉そうに軍を率いたのか!!


―――――仁篤(じんとく)の王と呼ばれた父王。

その優しさが、俺には甘さにしか見えなかった。妻と乳兄弟に裏切られ、その事も知らずただ王妃の喪に服す父!!血の繋がらないその男のやり様を、否定してやりたかった。

父王なら慈悲を示すだろう敵。敵には、悪には一片の慈悲も必要ないのだと証明してやりたかった。

しかし王は正しく、俺は間違っていた。



地図にも載らないような小さな村。そんなものがあるとは俺たちは知らず、しかし野盗は知っていた。

追い詰められた野盗により村人は皆殺しにされ、そして反撃にあったのか、多くの傷を負っていた野盗達も皆死んでいた。




結果、俺の愚かさの所為で一つの村が滅んだ。




―――――雪が深々と降り積もり、惨劇の赤を無慈悲な白で覆い尽くしていく中、混乱と罪の意識に押し潰されそうになりながら一人、懲りずに今度は陣幕を逃げ出した俺は、そこにひとりの少女を見つけた。



白い白い雪の原に、独り。


それは深い藍色をした少女だった。年は、俺と同じか俺より少し幼いくらいだっただろうか。


少女は、雪の中にひとり、呆然と座り込んでいた。

自身の身体が冷えてゆくのにもかまわず、死に近づいていくのにもかまわず、ただ。

霜の巨人の血から生まれたのが炎の娘ならば、その藍色は霜の巨人の涙から産まれたのだろうか。そんなことを思ってしまったほど、深い藍色。氷の娘。

青ざめた頬は雪よりも白く、その双眸は藍に凍てつき。




それは、泣けない瞳だった。




俺は、思わず少女に向かって手を伸べた。そんな資格がないことはわかっている、けれどどうしようもなくやるせなかった。


「――――― 来い。一人は、寒いだろう?」。


口から出たのはそんな言葉。

彼女の村を滅ぼし、彼女をたった独りこの雪原に追いやったのは、この自分だと言うのに!!



突然の事に目を見開いた少女は、しかしその手を取ることはなかった。

一瞬手のやり場に迷った俺は、しかし寸での所で、少女の腕がもはや動かすこともできないほどに冷え切っているのだということに気がついた。

手袋をはずし、強引にでも少女の手を取る。


じんわりと吸い取られてゆく体温。このまま魂すら吸い取ってしまってもいい。この少女にはそうする権利があるのだ。

そんな自己陶酔に浸りかけた矢先、ほろり、と少女の瞳から零れた雫に俺は動転した。


「泣くな」


今考えれば何の意味もない言葉だ。どころか、不遜な言葉だ。諸悪の根源たる俺が、彼女の悲哀を止める権利などあるはずもない。

けれど、他に上手い言葉も思いつかず、俺はただひたすらに少女の藍色の髪を撫でた。撫でる事しか、できなかった。


…――――――。いや。

俺は、ただの無力な子供ではなかった。次期にこの国を継ぐ立場にあるはずの者だった。

すぐに俺を見つけ馳せ参じた兵士達の様子からも、俺の身分は知れただろう。


「何故」、と視線だけで問いかける少女に、俺は告げた。国を荒らしまわる野盗の討伐、それに無理矢理、付いてきたのだと。


「何故」、こんどは囁くように口にした少女に、俺は嘘をついた。いずれこの国は全て自分のものになるのだと。全て自身が守ることになるのだと。

守りたかった。そして、守りきれなかったものがどうなるかを見ておきたかったのだ、と。


姑息な偽りに、かつて俺が自身の血を疑っていなかった頃に持っていた純粋な気持ちも汚れていく。

純粋すぎる藍の眼差しの前でつく嘘は、辛かった。

雪の冷たさに真っ赤になった俺の手。野盗に、村人に、俺に殺された人々の骸に雪をかけた。そんなものは償いになどならないと知っている。それはむしろ、自身の罪を覆い隠すための行為だった。それでも、せめて。



俺は、この唯一生き残った少女を守らねばならないと思った。



『連れて行って』

その決意を後押しする、少女の囁き。

縋りついた弱々しい身体を抱きよせると、俺は大きく頷いた。


「わかった。お前はオレが守る。お前は、オレのものだ!」


―――――偽りの“王子”という座。それでも、それがあれば、少女一人を守り切ることは不可能ではないはずだった。



少女を抱きしめた時、俺は誓ったのだ。

俺の愚かさゆえの罪――――その証である少女を、俺の持てる全ての力をもって必ずや守りぬいてゆこうと。

今度こそ、過ちを犯さないように。

鮮血を飲み込んだ雪の原で。



俺は、彼女を守れるほどの賢き王になろうと誓った。




イルヴァの村を盗賊たちが襲った真相。

王様の過ちだらけの人生、手始めはこんな感じ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ