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【春の女】-12 少女と罪悪

――――――…


「お久しゅうございます、ね。イルヴァ様……」


万感の思いを込めて、それでも唇から滑り出たのはそんな平凡な一言だった。

藍色の鎧と剣を取り去り、無表情に佇む彼女は、ひどく痛々しく見える。


「…お加減はいかがですか。フレイア殿。」

冬の大気のように澄んだ声。

硬質な声で、それでもわたしを案じる言葉にわたしはどうしようもなく嬉しくなる。

相変わらず、優しい人。

そうでしょう?だって、彼女にはわたしを(なじ)る権利が確かにあるのだから。

戦地を転々とし王城へ戻れなかったのはお前の所為だと、激昂し、あるいは皮肉交じりに突き付ける権利が。


微笑んだ頬が、ほわりと上気するのが自分でも分かった。少しでも見苦しい姿は見せまいと夜にも関わらず唇にさした薄紅。これで血色の悪さは少しでも誤魔化せているだろうか?わたしの取り柄と言ったら人を不愉快にさせない程度のこの外見と声しかないのだから。

そんな事を思いながら、ようやく彼女を楽にさせてあげられるはずの言葉を紡ぐ。



「もう、今年の冬は越せないでしょうね。」



聞き違えようもない、断定。

藍色の眼が見開かれるさまに、わたしは微かに首を傾げ、苦笑した。



「そのような―――――…」

「わかっています。自分の身体ですもの。むしろ、今までよくもったと。」


吐息に声が微かに掠れる。それを覆い隠すような彼女の声。



「そのような、気の弱いことを。

 きっとすぐに()くなります。…今も、陛下が様々な治癒の術を探しておいででしょう。」


刹那、藍色の瞳に微かな苛立ちが揺らぐ。貴女は正直な方で、あの男の事に関しては殊更そうだ。

よりによって憎い恋敵の延命のために、血を浴び、傷を負い、戦地を駆け、想い人と引き離された貴女。

お可哀そうなイルヴァ様。



「……随分と、歌も歌えていません。」



何も気付かない振りをしたまま、静かに言葉を紡ぐ。

藍色の双眸がわたしの喉を凝視するのがわかる。

そう、細い脆い身体。剣などなくとも、その手で簡単に、手折(たお)れるほど―――――…



「陛下に、何も返せない。

 こんなわたしがいる意味は、あるのでしょうか?」



そんなもの、あるわけがない、と。

今のわたしには何の価値もないと。いいや、大禍を引き起こした元凶でさえあると。

―――――貴女には、わたしを殺す権利も力も大義名分もあると。



そう、(そそのか)す囁きに、しかし彼女は白い手をきつく握りしめただけだった。



「あります。何故なら陛下はあなたを未だ必要としている。」



ああ、やめてください、その綺麗な手に傷がついてしまいます!

そんなことを思っていたせいで、彼女の言葉を汲み取るのに多少時間がかかった。


痛々しい藍色の瞳。

目の前にいるのはわたしなのに、その瞳に映るのはあの赤い男の影。




「……お優しいイルヴァ様。」

やっとの事で絞り出したのは、そんな一言。

貴女はわたしを傷つけない。あの男がわたしを必要としているから。

貴女はわたしを案じてくれる。あの男がこれ以上の狂気に陥らないように。

貴女はわたしを肯定する。あの男が愛したわたしだから。

全て全てあの男のため。


そして貴女はそのことに罪悪感を抱く。


―――――…それが、イルヴァ様の優しさだった。たった一人を見つめながら、身勝手に押し付けられた好意を拒否しきることもできない。

苦しげにつぐんだ唇の白さ。そんなにお気になさらないで。わたしを憎く思っているはずの貴女から、わたしを案じる言葉を無理矢理引き出そうとする、わたしの方がよほど卑怯で悪辣なのです。





「…――――申し訳ありません、戦地より戻ったばかりのあなたに、こんな弱音など。」


当たり障りのない言葉を紡ぐ。と、同時に、末尾に咳がかぶった。

彼女がわたしに背を向ける。



「長居いたしてしまったようですね。私のように外から冬の冷気を連れてくるものはお体に障りましょう。

今夜はこれにて。どうぞ、ご自愛下さいますよう。」


扉の横に控えていた侍女が、水差しを手にわたしへ寄ってくる。

わたしは咳で無様に乱れた声で、それでもその背へ伝えずにはいられなかった。



「あり、がとう、イルヴァ様…っ、ごめんなさい…

 わたし、わたしっ、もう一度、あなた、の……っ」




あなたの、部屋に。あなたと、一緒に、過ごせる刻を。

あなたに、歌いたかった!!わたしの想いのすべて!!




口内に血の味が滲む。

扉の閉まる音を最後に、視界は暗転した。




卑屈で傲慢で酷い人フレイアさん。

見た目も中身も綺麗な人だと―――思われていた視点が【冬の娘】ですが。

でもまあ、綺麗すぎても胡散臭いですよね正直。

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