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【春の女】-10 大戦~欣喜~

――――それからしばらく、わたしは病に侵されながらも安逸とした日々を過ごしていた。

だが、冬も終わりに近づいたある日。白銀の鎧姿は、硬い声でこう告げた。



『 戦が始まる。 』 



と。

対するのは南の王国エルス。使者が王に不敬を働いたというのが噂だが、真相は果たして――――…


「ティセリウス陛下は、よほど貴方が大事であるらしい。」

少なくとも、この国の兵士達の命よりは。

淡々と冷やかな、いつものヴィートの声。なるほど、一国に攻め入るのもまた、今までの医師や魔術師狩りの延長であるらしい。


正直、自分のために一つの国が滅びようとしていると聞いても、実感はわかない。病をえていようといなかろうと、この身はこの北の国から、いや、この鳥籠からすら出ることは叶わない身だ。


それよりも。


「兵を率いるのはイルヴァ様だそうだ。まあ、当たり前だな。あの方以上に優れた将器を持つ者は、いかにこのノルヴィーク広しと言えど存在しない。」


言うヴィートの鉄面皮には、それでも微かな不満と誇らしさが滲み出ていた。かつて近衛の副長格であったというヴィート。わたしのお守りにかかりきりで、彼女に付いて戦場へと行けないのが不満なのだろう。

そんなことはどうでもいい。


「イルヴァ様が……!!」


わたしは、思わず呻いた。

あの方が、戦う!!王の命令だからとは言え、わたしの命を救うために、あの方が戦ってくれる!!ああ、戦場に行けないのが不満なのはわたしの方だ。あの方の剣が敵を切り裂くところを、清冽な声が戦場にこだまするところを、まさにその身が一振りの剣と化したような戦いぶりを、見ることができないのだから!!



春が終わる前に早々に、戦勝の使者は城門へと辿り着いた。

歓喜に沸く城下の民、侍女達、重臣たち。そしてわたし。

彼女の率いる兵がいかに精強であったか、その策がいかに巧みであったか、南の王国の滅びた顛末、王と、その嫡子たる双子の王子と王女の最期。


響く、ノルヴィーク万歳、我らが賢王万歳、青藍の戦乙女万歳の声。


相変わらず床に臥せりながら、わたしはひたすらその藍色の勇姿を思い描いていた。




…―――――けれど、彼女が城に帰還したというのも数日のこと。


「次は、西だそうだ。」

ヴィートが、告げる。そう、南に、わたしの病を癒す術が見つかることはなかった。なら、まだ終わりはしないだろうと分かってはいた。


西のラヴェスタ。唯一の神を奉じる教会、その総本山を擁する国。

かつてカティアの身体に傷をつけた、異端狩りの総本山だ。わたしのために攻められるとあっても、罪悪感など感じない。跡形もなく燃えてしまえとさえ思った。

そして、それは現実のこととなる。


今回もやはり、法王を捕縛したのは彼女であったという。動くなとただ一言、それだけでその声と威にうたれ、神の代理人などと粋がっていた教皇は凍りついたそうだ。ああ、彼女の前では神と信仰すら膝をつくのか。


やがてわたしの元には聖杯、聖布、秘跡の品々などと言う胡散臭いものが届けられたが、そのどれもがわたしの病を癒すことはなかった。

そしてかつての聖都は業火に焼かれる。

神をも滅ぼしえる彼女の強さが、わたしには聖書の教えなどよりもよほど尊く眩しかった。




そして――――――夏も終わる。

その頃には、わたしの周りにも不安げな声が飛び交うようになった。

最近王の御顔色が優れない、なにか思いつめていらっしゃるようだ。そんなことを零す侍女に、わたしは無言で微笑み首をふる。

不安ならば、よけいそれを陛下に悟らせてはいけない、と。侍女は頬を紅潮させると恥じ入るように俯き、それでも「おっしゃる通りですね」、と少し元気を取り戻したように笑ったが。

それでも、わたしも心配だ。


そんなアルヴィドの様子を見て、彼を思うイルヴァ様が不安にならないはずがない。

心労に加え、度重なる転戦、体調など崩していないだろうか。

ヴィートにそう零せば、彼は微かに皮肉気に口の端を吊り上げると、

「あの方は強い方です。陛下の御前では特に。」

とだけ口にした。





…―――――けれど、そんな余裕が続いたのも秋までのこと。



「次は東、だと…!?」


微かに荒れた声が響く。ヴィートのこんな取り乱した声など、初めて聞いた。

いつもは本当に白銀の鎧で出来た置物かと思うほど、静かで人間味の希薄な男だというのに。



「無茶にすぎる、南、西と連戦が続いたうえ、次はあの(・・)オースティンだと!?

いくら我が国の兵が精強とは言え、他の二国とは違いすぎる!しかも、こんな短期間のうちに続けざまになど、愚の骨頂だ!!イルヴァ様のお力にも限度がある!!」


乱れに乱れた声に、わたしは無言でリラの弦をつまびいた。


“Ri…n”


響いた澄んだ音色に、ヴィートが正気を取り戻す。



東国オースティン。この国を始め、海の向こうの国とも交易を行う富に満ちた国。

勇猛な異民族を抱え込み外つ国からの武器を駆使し海を自在に駆け巡る船団を持つ。

その程度のことなら、私の知識にもある。


「今度も、先陣を切るのは」

「ああ、イルヴァ様だ。」


ヴィートが歯噛みする。その手は、鎧とそろいの、白銀の剣の柄へかかっていた。今にも彼女の元へ馳せ参じたいに違いない。彼にはそれだけの力がある。戦場などへ行っても足手まといにしかならないわたしとは違う。


「陛下は、一体何をお考えなのか…!かつて賢王と讃えられた方が。」

「あら、そんなもの、決まっていますでしょう。」

憤懣やるかたないといった様子のヴィートに、わたしはあえて繕いもせず言い放った。



「 全ては、わたしのため。 」



瞬間、わたしを貫く敵意の眼差し。

この場で殺してやりたい、とでもいうような眼差しに微笑を返し、ふとその笑みを消しさるとわたしは続けた。



「イルヴァ様はやり遂げるわ。

だって“王陛下”が是非にと望むのだもの。

あの方は必ずやり遂げる、王陛下の言葉ならば、必ず。」


皆が小鳥のような、と評した声は今は一片の可憐さも脆弱さもないだろう。

自分でも、自分でこんな声が出るとは思わなかった。

ヴィートが押し黙る。


「あの方はやり遂げる。賢王アルヴィドの剣として、いかに傷を負おうと謗られようと、オースティンを滅ぼすわ。わたしを救おうとするあの王のために。」


歌うように言の葉を綴る、その胸には渦巻く嫉妬、羨望、優越、不安――――何より恋情。



青藍の戦乙女イルヴァ、何よりも猛き王の剣。そして、死を振り撒く“雪の魔女”。

敵国のみならずノルヴィーク軍にも広まりつつあるというその忌名。

彼女は此度の東国攻めで、敵と味方、どれほどの人を殺すだろうか。どれほどの死を振り撒くだろか。どれほどの傷を負うだろうか。

考えるだけで胸が締め付けられると共に、歪んだ歓喜が唇から滴りそうだった。




彼女が帰ってきたとき、その手に万病の秘薬はあるだろうか?

それとも?




「――――ねぇ、ヴィート。

あなたがわたしの傍にいるのは、陛下の命令だからなのよね?」


唐突な問いに、それでもヴィートは淡々と頷いた。


「そうだ。」

「わたしの命令よりも、陛下の命令のほうが優先なのよね?」

「当たり前だ。」

苦々しげな声に、わたしは思わずふき出した。


「そう―――――…

 なら、お願いにしておくわ。」


胡乱気な眼差しに、わたしは微笑んだ。






「イルヴァ様を、護って。」




ただ、一言。

それだけでこの聡い兵士は全てを悟るだろう。今更言葉をつくす必要などない。



「―――――貴様に、言われるまでもない。」


鋼がきしむような声音。それに、わたしは笑声を抑えるのに必死だった。

だって、ヴィートがどれだけ否定しようが、あの方をどうしようもなく慕っているという一点において彼は紛れもなくわたしと同じなのだから。たとえ、その向ける想いの質がいくらか違っていようとも。


どうしようもなく、報われない想い。

それでも良いと思える、彼のそれは潔さで、わたしのそれは単なる傲慢であったが。

それでも。


わたしはいつしかこの雪像のような兵士を、疎ましくも気のおけない共犯者のように思っていた。



「お願いよ、ヴィート。」


すっかり安堵して身体の力を抜いたところで、わたしは急に咳きこんだ。発作の間隔が短くなっている。喉の奥から耳障りな音。生臭さを感じた時には、わたしは手のひらに赤い液体をぶちまけていた。


「ッ……!!」


ヴィートが息をのむ気配。瞬間、こちらに駆け寄ろうとした人影は、しかし一拍置くと素早く踵を返した。乱暴に開け放たれる扉の音。騒然とした侍女達の声にかぶさる冷静な男の声。

一気に慌ただしくなった部屋の外で、侍女達が聴きなれぬ名を呼ぶ。それに指示を返すヴィートの声。


ああ、そういえばわたしは彼の本当の名も知らなかったのだな、とぼんやりと思った。




至極、どうでも良いことであったが。


微妙に存在感を増してきた白銀の兵士ことヴィートくん(not本名)

しかし共犯者とまで言っておきながら「本当の名前?どうでもいい。」と切って捨てるあたりパネェっすフレイアさん。イルヴァが外道ならフレイアは非道。王様はきっと邪道。そんなお話ですが、まだ続きます。

フレイア編はあと四話くらい。

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