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【春の女】-6 白銀の兵士、血色の王

広大な王城においてわたしに与えられた部屋は南の一室。城内に個室を持てるだけでも庶出の、新人歌手には過ぎたものだというのに、それはわたし専用の離れができるまでの仮住まいだと言う。

案の定、楽師達や侍女達の嫉妬や不満もあった。それでも、恋に浮かれたわたしの微笑が、歌声が、曇ることなど欠片もなかったが。結局彼らは早々に自身の中でわたしという存在に蹴りをつけ、棘を向けることもなくわたしを遠巻きに見守るようになった。それにはもしかしたら、わたしに付けられた護衛兵の存在の所為もあったのかもしれない。


元は近衛の一人だという、白銀の鎧の兵士。

声をかけなければひたすら静かに立っているだけの、冷やかな眼差しの兵士。

けれどその媚びや羨望、生ぬるい好意を含まぬ視線が、わたしには好ましかった。敵意すら感じる存在感。彼がわたしに触れようとすることは、決してないだろう。


彼がわたしを嫌っているというその一点において、彼は皮肉にもわたしの唯一といっていい信頼を受ける羽目になったのだ。



名乗りすらしない彼を、わたしは勝手に“(ヴィート)”と呼んだ。


自分からは決して口を開かない彼は、それでもわたしが「お話して?」と“命令”すれば、応え得るかぎりの事を答えてくれた。

城の事、王の事、近衛の事、そして―――――――彼女(・・)の事。


近衛隊長イルヴァ。

賢王の剣。青藍の戦乙女。


女でありながら王国一の剣士として名を馳せるその太刀筋がいかに美しいか。澄んだ号令が厳寒の大気にいかに明晰に響き渡るか。裏切りを許さぬその賛美すべき冷徹さ、いかな大貴族にも媚びぬその峻厳な公正さ。剣の腕と忠誠、それのみを尊び、幾人もの貧農の子息が王に仕えるという栄誉を与えられ、無能な貴族の子弟は王城より追い払われた。

清廉潔白な武人。

厳しい藍色の眼差しに、兵達はすべからく畏怖と敬愛の念を覚えるという。

それは、彼女の副官を務めていたというヴィート自身にも当てはまる、と。彼は淡々とした声で告げた。


わたしは溜息をつく。

少しでも息を吐き出さねば、この想いで胸が破裂してしまうのではないかと危惧したからだ。

彼女はどこまでもわたしと対極であり、美しかった。募る恋情を抑え込みなんとか呼吸を取り戻すと、そしてわたしは「もっと」と、時の許す限り彼女についての話を強請るのだった。




―――――と言って、わたしは王の歌い手として城に招かれたのだ。常にヴィートと話ばかりしているわけにはいかない。


王の前で歌わねばならない。

赤金の瞳を持つ赤毛の男は、まるで真綿で包むようにしてわたしを遇した。

アルヴィド・マグヌス・ティセリウス。ヴィートにどんな人物なのかと尋ねてみても、それには国中に流れる噂とそう変わらない答えが返ってくるだけだった。


曰く、“賢王”であると。

その業績くらい貴族の女に劣らぬ教養を求められる高級娼館に育ったわたしは知っていた。特に、先王が崩御してのちすぐに起こった東国オースティンとの緊張状態を即座に解消し、のみならず今まで考えることすらできなかった交易協定を結んでみせたのには、若輩の王と侮っていた人々の考えを完全に覆した。

けれど、彼女がその絶対の忠誠を捧げる所以は、そんな上辺の所にあるのだろうか?



…――――わたしが城に上がるに際し、“娘を溺愛している父母”という役割を演じる養父母には、莫大な金が支払われたらしい。それのほとんどは彼らを通じて娼館の主へと流れたのだろう。わたしはあの老人の期待通りの高値で“売れた”のだ。


当初それを漏れ聞いた時、何が“賢王”だ、と呆れた。「かように愛情深い二親から、可愛い娘を取り上げるのは忍びないが」などと言っていたようだが。果たして娼館の策略にすら気付かない男が国を率いていられるのか。


さらに金をせびろうとした養父母が“どこぞの物盗り”に殺された時も同じ。なんて短絡的なやり方。


その養父母殺害の犯人として娼館の主が訴えられた時、初めてわたしは目を見開いた。

裁判は迅速に。養父母の近辺を行き来していた主の使いが決め手となり、さらに父母を殺された“花の歌姫”――――わたしの憐れさが民衆を煽り、強欲な老人は警吏に金を流す間もなく即座に処刑された。

子もなく遺産を譲り受ける後継者を持たなかった、しかも下賤な職である娼館の主の財産は、法に従い王家へと没収された。結局王は、わたしを買い取った丸々の金額とそれに並ぶ娼館の財を一気に得たことになる。

なるほど、娼館の老人では比べ物にならぬ機知――――そして悪辣さか。



「歌ってくれ、フレイア。お前の声をきくことが、私の一番の安らぎだ。」



そう言って無邪気な少年のように微笑む男の赤毛が、わたしには血の色にも見えた。


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