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【冬の娘】-1 藍色の少女

ただ触れてほしかったのだ、その大きな温かな手で。

慈しまれた事などなくただ雪の中とり残された私の手を引いたその手で

守ってなどくれなくて良い。

ただ、撫でて。ほめて。私の (なで)し子よ、と。





◆厳冬:藍の瞳の魔女は嘆く



私が産まれたのは冬だった。私の王が、「お前はきっと冬に産まれ出でたのだろうな」と言ったから。そして、彼が私の手を引いたのもまた、冬だったからだ。



物心ついた時には私は独りだった。私が魔女だからだ。


そう、私は魔女だ。魂の嘆く声を聞き、人の生気を読み、何より私の言葉には魔が宿る。

人に (あら)ざる者達の中にあって“言霊使い”と呼ばれる系譜、それに連なるおそらく最後の一人。それが、私。突き刺すような言葉、静止の言葉、狂気の絶叫、全てが人と世界を縛る。

今でこそ名将よ、王国の刃よと讃えられる身だが、それとて全てはこの身に流れる忌まわしい血の力の故に他ならない。 青藍(せいらん)の戦乙女が聞いて呆れる。


物心ついた時には私は独りだった。そして十になるかならないかの頃、本当に一人になった。

山間の小さな村。雪に埋もれるようにあった其処をわざわざ野盗が襲った理由など、単に冬の山中に手っ取り早く暖をとりたかった、という程度のものだったのかもしれない。


端的に言えば。

野盗共は小さな私の村を殺し尽くし。

そして、私は“彼ら”を全て殺し尽くした。私の異能が世に露わになることがないようにと、念入りに。


雪の中、そして本当にただ一人ぼんやりと村だった場所の真ん中に座りこんだ私に、その手は差し出されたのだ。



真白い世界に、鮮烈な赤。まだ幼い―――と言っても、当時の私とあまり変わらない年の頃と思われたが―――男の子。

朱の髪、 赤金(あかがね)の瞳。この北の地で、短い夏に輝く太陽のような。


眼を見開いたままの私に彼は言った。「来い。一人は、寒いだろう?」。


凍えきった手は動かすこともできず。震えるそれに気付いたのか、彼はわざわざ仕立ての良い手袋をはずすと、私の手を取った。


感覚の失せた手にじんわりと染み入るあたたかさ。泣くな、と少し慌てたような彼の言葉に、私は初めて自分が涙をこぼしている事に気がついた。はじめて、涙を流すことができると気付いた。

幼い、けれど全てを包み込むような手が、私の冷たい色の髪を撫でてくれた事を私は忘れない。



――――――彼が次期にこの国を継ぐ立場にある者だとはすぐに知れた。国を荒らしまわる野盗の討伐。それに無理矢理、こんな辺境の地まで付いてきたのだと。


何故、ときいた私に彼は言った。いずれこの国は全て自分のものになるのだと。全て自身が守ることになるのだと。

守りたかった。そして、守りきれなかったものがどうなるかを見ておきたかったのだ、と。

彼の小さな手は真っ赤になっていた。野盗に、私に、殺された人々の骸に雪をかけてきたのだと知っている。



私は彼を守りたいと思った。



『連れて行って』。

縋りつき、言霊を囁いた私に、彼はそして大きく頷いた。


「 わかった。お前はオレが守る。お前は、オレのものだ! 」


―――――その言葉が違えられることはなく、私は彼の側仕えとなった。

王や側近らはずいぶんと困惑したようだが、彼が頑なに自分の言を曲げなかったのと、私が幼くいかにも弱々しい外見をしていたこと――――そして私の言霊の力で、どうにでもなった。



義務として庇護を与えられるだけかと覚悟したが、彼は同じ年ごろの相手ができたことをいたく喜んでくれたようだった。イルヴァ、イルヴァ、と屈託のない声で私の名を呼び、どこへゆくにも私を連れて行ってくれる。


そう時間がたたないうちに私は彼の一番近しい存在となった。面倒臭い儀礼の話、父王陛下の愚痴、離宮の料理人の作る美味しいおやつの話、宴席での異国の客人の話―――いずれ王となる彼の苦悩。


なんでも話した。冬の長い国で、王城自慢の常に花の咲き乱れる庭で。


やがて私は彼の為に剣技を習い始めた。文武を修めねばならない彼の相手を務められるよう、彼にもっとついていけるよう、王となる彼を守るために。藍色の髪は肩にも届かないほどに切った。元から冷たい色合いは気に入っていなかったし、何より手入れができず見苦しい長髪を彼に晒すくらいなら、短くとも切り整えられ艶やかな毛色でいたかった。


剣は、私に向いていた。私は相手の呼気を読むことができ、人の肉体を貫くことに躊躇いをおぼえない。なにより、静止の“言霊”を前に――――私に勝てる人間など、いなかった。



出会って八年、彼が王国の宝冠を戴くと同時に、私は女として初めて近衛隊長の位を得た。

女であっても、私は彼の傍にいられる。ふくらんできた胸に、いまだに細いままの腕に不安を覚えていた私は歓喜した。そしてそれどころか、彼はその日さらなる幸せを私に贈ってくれたのだ。



「お前が傷つくことがないように。――――何より、お前に似合うように。」



無邪気な、照れたような笑顔で贈られたそれは、特注の女物の鎧だった。深い藍色に繊細な銀の飾り。 勿忘草(わすれなぐさ)色の絹の 外套(マント)と相まって、まるでドレスと見紛う優美さの軍装。

それは、私に、女であることを棄てなくても良いと言っているかのようだった。


同じく優美な、氷の精を (かたど)った銀の剣を手に、私は跪き、一切の悲哀を含まぬ涙を浮かべた眼で太陽のような彼を見上げた。



『―――――国王アルヴィド・マグヌス・ティセリウス陛下。

 イルヴァは貴方と貴方の王国に、心よりの忠誠を。 』








やがて私は、“青藍の戦乙女”の名で呼ばれるようになる。




個別視点その1、まずは藍色ショートカット少女、イルヴァからまいります。ある意味彼女が一番まっすぐで分かりやすいシナリオかと。悲劇まっしぐらですがそれでもおkという方はどうぞよろしくお願いします。

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