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【春の女】-4 愛の歌

石造りの壁で囲まれた王都の春はそれは絢爛なものだった。


通りは色とりどりの布で飾られ、揃いの石で造られた家々の窓辺には花が咲き誇る。

楽師や道化が集まり、甘い焼き菓子が売られ、花々を売る小さな車がそこらに点々としている。

わたしの存在は、その道化達と同じだ。祭を盛り上げ、人々の好奇を満たし退屈を殺す異物。


わたしは歌った。

眠れない子をあやす歌、柵に入らない羊を追う歌、旅の空に自身を励ます歌、ひたすら陽気に踊るための歌、そして愉快な祭の歌。

歌っているときだけは何もかも忘れることができた。

“自身こそ自身の奏者たれ”、わたしを奏でるのはわたし自身以外ではありえないと、歌は実感させてくれた。


そして、カティア。幼いわたしが自身の手により失わせた唯一の宝物。

もしかしたら、わたしが歌えばこの声は彼女に届くのではないかと。

もう彼女はわたしの顔など見たくもないかもしれない。それでも。


わたしは、歌わずにはいれなかった。だから、歌った。どこかにいる彼女の心に届くように、と。





歌い始めれば数日もしないうちに、“歌姫”の座はわたしのものとなった。

“春と共に訪れた娘”。“花のようなフレイア”。

すぐに、王城の者にもわたしの名は伝わるだろう。耳敏いという、王にも。

すり鉢状になった白亜の大広場、噴水に腰かけ、一際花に満ち溢れたそこでわたしは歌う。

春の女神の歌、咲き乱れる花の歌。

花弁をちぎってつくられた華吹雪が、春風にのってわたしの髪に、衣に纏わる。街中に溢れる花々。


…―――――ただ刹那、街を人を飾るためだけに育てられ、摘み取られる花々。

祭が終われば捨てられるだけ。


この国の人々は、花を愛するという。

その愛した果てが、それなのだろうか。わたしは喉の奥で嘲笑した。




ああ、それが愛だというのなら、やはりわたしには“愛の歌”は歌えない。




今日もまた歌う。花祭が終わる、その日まで。

三日後には国王が祝辞をあげ、最後の盛大な宴会が開かれ、そうしてやっと人々はこのひと月あまりの祭に満足する。

国王アルヴィドはお忍びで城下を訪れる事もあるらしいと王都ではもっぱらの噂だったが、もしそういった事がなくとも三日後のその日には彼の姿を見ることもあるだろう。

彼がわたしの姿を眼にすることもあるだろう。


目にしたなら、それまで。わたしは必ず王を虜にしてみせる。



( さあ、来なさい。わたしは此処よ。此処にいるの!! )



よく晴れた春の空の下。

微笑みを零しながら、“小鳥の歌”を歌っていたとき。




ふと、巡らせた視線の先。

その人(・・・)を眼にした刹那。



鼓動が跳ねた。頬が上気した。胸が苦しくてたまらなくて、でもそれがひどく幸せで。





―――――――― 唇から零れ出たのは、“愛の歌”だった。





歌う。歌う。溢れ出る。

先刻まで考えることすら厭わしかった、歌えるはずなんてないと思っていた春の乙女の歌。



『 花よ降れ 花よ咲いて 


唇に微笑を 心に平穏を そして人に愛しむべき生を―――――!! 』


今なら、心からそう思えた。

花よ咲け、あなたのために。どうか微笑(わら)って、心安らかに。

どうかきいて、わたしの愛の歌。




目に焼き付いたのは玲瓏たる “藍色” !!




凍りつき生物も住めないほど清浄な冬の湖のような、銀月を抱く宵闇のような。

深い深い藍色の眼差し。どこか哀しげなそれの清冽さ、高潔さ。


発情と蠢きの季節である春とは正反対の、どこまでも静謐で清らかな、痛いほどに綺麗な冬の印象。

枯れ萎びる花からは遠い、朽ちず曇らず至銀に輝く剣のような美しさ。

ああ。



( 違う。 )


―――――脆弱な肉と衣を纏い、籠の小鳥のように囀り、花の醜さを持ったわたしとは、あまりにも違う。

わたしはその少女の在りざまに一目で恋に落ちた。


いいや、それは恋すら越えて、もはや愛であった。


全てを許容できる、全てを捧げることのできる感情。

わたしはもう自分のためにすら歌うことはできないだろう。


この声は、この歌は、ただひたすら貴女のためだけに!!




――――――たとえ、貴女がそれを受け取らずとも。




わたしを見詰める藍色の眼差しの隣で、ふと灰色がかった茶の髪の男が動いた。

褪せた外套、花祭の道化の仮面。

男が彼女に何か握らせると、彼女はありふれた金髪を微かに揺らめかせ、稀有な藍色の双眸をわたしから外し、広場の外へ去って行った。




その瞬間の、わたしの絶望、そして彼女が花冠を手に戻ってきた時のわたしの歓喜ときたら!


貴女を眼にした短い間に、わたしはときめきで天に昇り、絶望に胸を引き裂かれ、歓喜に破裂しそうなほど心臓を高鳴らせ―――――ああ、すでに三度、わたしは死に、蘇ったのです。貴女のその一挙一動が故に。



白い手の中の花冠。

雪のような色をした指に触れられる花に、わたしは嫉妬した。

わたしはそれがどうしても欲しかった。春に咲く花全てがまとめられた花冠。

彼女が触れ、差し出すものならわたしはそれが荊の冠であったとて狂喜して受け取っただろう。



そう、それが道化の仮面の男の手を経たものであってもだ。





『 歌姫フレイア。この北の果てに咲いた至上の花よ!


春の女神の祝福が貴女の上にあらんことを。 』



大仰な祝辞と共に恭しく捧げられる花冠。

王都を訪れてより、わたしは誰からも何も受け取らなかった。

花束も、衣装も、装身具も、甘菓子も。


なんと無欲な、と人々は褒め称えた。本当は触れたくもなかっただけ。誰ともつかぬ者の手によるものなど。



その、わたしが初めて受け取る贈り物。受け入れる想い。

周囲の人々がざわめくのが分かる。

そんな民衆を気にすることもなく掲げられた花冠に、わたしはドレスの裾をひき恭しく頭を垂れた。

まるで王宮の戴冠式でもあるかのように、厳かに道化はわたしの頭に花冠を載せ――――――……



そして、わたしは溢れ出る幸福感のまま微笑んだ。


道化の頬が紅潮する。人々が歓声を上げる。けれどそんなものはどうでもいい。


あの藍色の瞳の少女が触れたものが、彼女がわたしのために選んだものが、わたしの元にある。それだけがわたしの幸せ。





三日後。


花冠が萎れてしまい悲嘆に暮れていたわたしは、そして春空の下再びあの道化の祝辞の言葉をきくこととなる。



「歌姫フレイア。この北の果てに咲いた至上の花よ!

春の女神の祝福が貴女の上にあらんことを。」



その時、道化の男は赤金の瞳の王として。

差し出される黄金の花飾りは王宮への招待状として。

真紅の玉座。


そのすぐ傍らに、藍色の瞳に藍色の髪、藍色の鎧の“彼女”を侍らせて――――――……


つまりフレイア⇒イルヴァ⇒アルヴィド⇒フレイアというパーフェクトトライアングルだったんだよ!!(な、なんだtt)

…って、最初の“ガールズラブ注意”の注意書きのせいでそんなん割と最初っから丸分かりじゃねぇかああああああ!!いや、まあ、苦手な人は本当に苦手でしょうから必要なんでしょうがね。


そんなわけで、まあ。この前提があるだけで【冬の娘】の読後感というか読んでる

間の何かが割と変わりそうな気がするんですが、いかんせんモロバレ風味…

花の歌姫は花は花でも百合の歌姫でしたっていうね!!いや、イメージフラワーとしては薄紅のこう、ふわふわっとした花なんですが。牡丹と薔薇足して二で割ったような。


百合が好きです。薔薇も好きです。ヘテロも好きです。雑食です。

微妙に人を選ぶ話でしょうが、この先もお付き合いいただける方がいれば幸いです。

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