【春の女】-3 “青藍の戦乙女”
彼女がいなくなっても、季節は巡る。
やがてわたしの髪はさらに伸び、手足も伸びきり、胸はふくらむ。なめらかな曲線だけで構成された“女”の身体。
絹や宝石、何より花でわたしを飾り立て、満足そうに目を細めた老人は言う。
『 そろそろ頃合いだな。 』
と。
貼りついた微笑の下でわたしは嘆息した。ついにこの時がきてしまったかと。
毎年春が来るのが厭わしかった。年を重ねるのが。それは成長であり老化でありどちらにしろわたしを絶望へ近づけるだけのものにすぎない。
花売りの娘。
自身を花に見立てて切り売りする生。
―――――けれど、身の内の焦燥とは裏腹に、すぐにわたしが店に並ぶことはなかった。
「ああ、花のようなフレイア、私の自慢の子!お前なら幾らでも高く売れる。
売値はできるだけ高く吊り上げねばな、その美しさに見合うように!!」
その言葉の意味はすぐにわかった。
産まれて十七回目の春、わたしは“歌姫”となった。
娼館育ちの過去も隠して、娼館の主子飼いの男女を養父母とし、歌を歌いながら北の王都へ向かう。
春の花祭の訪れと同時にあらわれ、微笑みを振り撒きながら、歌う。
養父という名の男は口癖のように囀った。
「美しいフレイア、お前のためなら男は幾らでも金や宝石や花を積み上げるだろう!
庶民や豪商どころではない、お前を眼にしたなら、大貴族や大司教――――この国の王だって、お前に愛を乞うだろうさ!!」
どうでもいいと思った。貴族だろうが王だろうが平民だろうが聖職者だろうが、金さえ持っていれば同じ。
わたしを守り生かしてくれるなら同じだった。どうせその手の汚さには違いはない。
けれど
「ああ、“賢王”アルヴィド陛下―――――…
けど、あの王さまの傍には常にべったりの女がいるんだろう?イルヴァだったかな?
“青藍の戦乙女”だかなんちゃら。女だてらに国一番の剣の使い手だとか。藍色の髪に瞳の、そりゃあ目の覚めるような美人らしいよ。
陛下が殿下だったころからの付き合いで、今でも随分仲むつまじいらしいじゃないか。
流石に王さまは無理なんじゃないかねぇ。」
何気ない女の一言。それに、男が不機嫌そうに続ける。
「ふん、青藍の戦乙女だと?所詮は剣を振り回す野蛮な女戦士だ。
おお、フレイア。この手のやわらかなこと、たおやかなこと!
蝶だろうが小鳥だろうが王だろうが、その手を差し出されて口付けずにいれる者がおるものか!!」
男の賛美の言葉に、わたしは少し眉根を寄せて微笑んだ。
「お義父さま……」
いつもの困ったような、純粋さを装った、微笑。けれどわたしの内心はついぞないほどに荒れ狂っていた。
貴族だろうが平民だろうが屠殺屋だろうが異民族だろうがなんでもいい。
けれど。
( イルヴァ―――――“青藍の戦乙女”。 )
わたしは、初めて女というものに敵意を持った。
わたしには、この容姿と声しかないのに。か細い身体と媚びる微笑しかないのに。
彼女は、剣を振るい、どんな男よりも強い、どんな男も斬り殺せる力を持つ彼女は、それに加え人の口の端にのぼるほどの美しさも持っているという。
( ……ずるい。 )
わたしは端的にそう思った。会いもしない女に嫉妬するなど愚かに過ぎる。それでも。
「ほら、気にするなフレイア。
なに、お前の美しさに敵う女などいやしないさ。自信をお持ち。
いつだって、女の勝敗はその“美しさ”で決まるんだ…!!」
お前なら、“歌姫”などでなく“王姫”にだってなれるさ―――――……
気持ち悪いだけの賛美の言葉も、今は心地よかった。
皆が褒め称える、やわらかな花色の髪をゆっくりと梳く。
アルヴィド・マグヌス・ティセリウス。
この北の国ノルヴィークの頂点に立つ男。赤い髪と瞳の青年王。
( “賢王アルヴィド”。
絶対、手に入れて見せる―――――…!! )
誰もが褒め称える、わたしのこの容姿で、この美しさで!
心の中で固く誓いつつ、わたしの心中を占めているのは見も知らぬ藍色の色彩だけだった。