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【春の女】-1 薄紅の少女

さわらないで、汚らわしい。生温かい眼差しも誘うような腕も気持ち悪いだけ。

わたしに触れるな、わたしを見るな。その欲望でわたしを穢さないで。

守られなければ生きられないことくらい知っている。それでも。

死に絶えてしまえ、わたしを花と呼んだ全て。





◆芳春:花色の唇の女は歌う



わたしの母は花売りだった。

そしてその娘であるわたしは、“花売りの娘”だ。



―――――――“色を売る”“春をひさぐ”“花を売る”。

どう言い方を変えてもやることは同じ。足を開いて糧を得る、それだけ。


場末の娼婦が望まぬ子を身籠った。そんなことはよくある話。

女はあらゆる手を使って腹の中の子を堕ろそうとした。それもまた当たり前の話。

産んだところで助けてくれる夫もなく、むしろそれは男を遠ざける。そもそも産んではならないのが娼館の掟。本来なら孕んだ時点で折檻が待っている。


女も多分に漏れず腹の中の子のために随分と酷い目にあった。

毒薬とほとんど変わらぬ堕胎薬を飲み、冷たい川に半日身を浸し、もっと単純に腹部を殴打し。

それでも、産み月までしぶとく腹の子は流れなかった。

堕胎術を教える流浪民も娼館の女将も、女自身もついには諦め、とりあえず産み落とした後、子を絞め殺すか売り飛ばすか考えようと決めた。


そして、春。

散々腹の中で受けた仕打ちに報復するように、母を殺して産まれたのがわたしだった。





産褥で母を死にいたらしめたわたしは、結局殺されることはなかった。

母を―――商売道具の女を一つ失った女将は、赤子をただ殺すだけでは採算が取れないと計算したのだ。地味でぱっとしない母から産まれたわたしは、稀有な薄紅色の髪を持っていた。


女将はわたしを売り付ける――――わたしの身が金になった、初めての瞬間だ――――もっとも、売ると言っても教会やまっとうな里親になど売るわけがない。

蛙の子は蛙。花売りの娘は花売り。


わたしが買われたのは、やはり娼館だった。場末の、日銭を稼ぐために厚化粧でこけた頬を誤魔化す女達が相手をするような物よりはるかに上等とされる館。それでも、行われることなど本質的には同じ。


赤子のうちに顔形の美醜などそうそう分からない。わたしが相場よりも少しだけ高い値段で売れたのは、花のような色をしたわたしの髪のおかげだった。


「成長して不細工だったら、その髪を切って(かつら)をこさえて売ろうと思っていたんだよ。」

数年後、その娼館の主はそう言って笑った。このくらい強欲で薄情でなければこんな商売はやれないのだろう、と感心したのを覚えている。



――――わたしが育ったそこは、まさしく娼“館”という呼称に偽りのない建物だった。

貴族が通うのに不満を覚えない豪奢な屋敷。広大な庭には蔓薔薇のアーチが飾られ、女達の香水とまじわり甘い香りがただよう。

物心つき顔立ちもその将来の展望が見えてくるようになると、わたしの待遇はどんどんとよくなっていった。


「なんて愛らしい」「可愛い子だね」「まるで妖精さん」「おいで、お菓子をあげよう」

降ってくるそんな声と伸ばされる腕。

本能のままに微笑を浮かべながら、その頃にはわたしは悟っていた。わたしのこの容姿は、自分を生かす術になる。

そして、この容姿だけがわたしが生かされる唯一の理由。



娼館の主も娼婦たちも、もちろんその客たちもわたしは大嫌いだった。

わたしを商品としてしか見ていない強欲な老人。訪なう客を心中で嘲笑い嫌悪しつつ、彼らの袖を引きわたしの容姿を妬む女達。そして欲望のためだけに此処を訪れ、彼女達に触れわたしに目を細める男共。


ああ、汚らわしい、汚らわしい。

何が“花々の咲き乱れる園”だ。誰が“春の貴婦人”だ。どれだけ言葉を繕い外面を絹や宝石で飾り、詩や会話に教養をこめようと、欲しているものは動物と同じじゃないか。


さらに性質が悪いのは、動物と同じ行為を求めるにもかかわらずその先の生殖は望まないということだ。

子を望むだけ、春にだけ発情するだけ、動物の方がまだましだと思えた。

欲望のための園、欲望のための女達。一時の気紛れで()で、手折られる花。



そこに咲く花の一つとなる近い未来を思うだけで、わたしは鳥肌がたった。


孕みたくない。

自分の胎の中に異物が発生し、それがわたしの血肉と生気を吸って膨張し蠢き他人になっていくなど吐き気がする。

老いたくない。

醜く萎れ枯れた花の行く末などみなが知っている。ただ、無造作に屑籠へ放り棄てられるのだ。


触れられたくない!!

あんな汚れた手で。―――――そう、至上の美花と称された指折りの娼婦が、瘡毒により手足を腐らせ、老婆よりも醜く萎れ苦しみぬいて死んでいったのを眼にしたことがある。

生きながら腐臭を発し、美しいと褒め称えられた相貌を骸骨のようにこけさせて、憐憫と嫌悪の眼差しを浴びながら、ああ、なんて無残な、なんて惨めな、なんて残酷な。



( 枯らされた。殺された。その、汚れた手で!! )




その手が何時かわたしにも触れるということが、わたしは何よりも恐ろしかった。




しょっぱなっから「みんなしねばいいのに♪」とかかっ飛ばしているフレイアさん(言ってない)。清純派?なにそれ美味しいの?いやある意味乙女全開ではありますが。

まぁピンク髪+歌姫イコール電波というのは世間様のお約束なのでしかたがない。



要するにアレ、「男子って不潔だから嫌いよ!!」という小学生女子をえぐいトラウマで煮詰めた感じのがフレイアさん。瘡毒ってのはあれだ、いわゆる梅毒っていうか性病ね。


そんなわけで微妙に生々しい御伽噺、フレイア編始動です。

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