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【冬の娘】-終 藍の瞳の魔女は嘆く

そして一面真っ白い雪の中、私は裸足で立つ。

雪が降っていた。止むことなど知らぬような深々たる雪。


真っ白い光景に真っ白い装束、真っ白い氷が降る中で、私の冷たい藍色の色彩はさぞ毒々しく映えるに違いない。

血の染みた装束は取り上げられた。温情などではない。歌姫の血の一滴たりとて、彼は人に渡したくなかったというだけ。


彼女の亡骸は今は城の庭園に安置され、教皇冠を得た彼によって聖別されるのを待っているという。

花が咲き乱れる其処が丸々彼女の墓所であり、彼女は死して“聖女”となり、私は“魔女”として処刑される。なるほど、『amen(かくあれかし)』。相応しい処遇だ。


両手首に嵌められた鎖は冷たく重く、むりやり外そうとすれば確実に私の皮を剥ぐだろう。もとよりそんな真似をするつもりもないが。




設えられた処刑台に、立つ。

私に下されたのは火刑ではなく斬首の刑であるらしい。

温情などではない。私など、凍えて終わるのがお似合いということか。私が何より雪の冷たさを厭うことを、彼はよく知っていたはずだから。




「これより“魔女イルヴァ”。

 忌まわしい異能の者、王に刃向かい歌姫を弑した大逆人の処刑を執り行う。」



金細工の鎧を付けた巨漢が宣言する。教皇領にあったという、聖別された鎧か。“魔女”である私を殺すために、わざわざ引っ張り出してきたらしい。

そんなもの、単にそれらしく贅をこらしただけの鎧に過ぎないというのに。



釈明などありはしない。

私は無言で歩を進める。白銀の剣―――やはり聖印が刻まれている――――を携えた処刑人の前、処刑台の中央へ。

“彼”が最もよく見える位置へ。



白一色の世界で、彼の赤は鮮やかに映えた。

思い出すのはあの日の光景。白く埋もれた雪の原で、唯一の温かい色彩。命の色。

処刑台を取り囲む兵も、ざわめく民衆も、みな雪の白に埋もれる。

在るのは、ただ、彼の赤。



露台(バルコニー)に設えられた玉座の上。かつて私が侍っていたその斜め後ろには、白銀の鎧の兵士を従えている。思い知る。私の居場所は、もうない。


私の視線に気づいたのか、彼は玉座より立ちあがると、歩を進め、バルコニーの手摺に近づいた。

そして、赤金の双眸で確かに私を見据えると、彼は朗々たる声で命じたのだ。




「 魔女に死を!! 」




振り下ろされる、白銀の刃。

そして、白い世界に、一際鮮やかな赤い華が咲いて――――――……



咲いて。


私は、それを見ていることしか出来なくて。


でも、おかしい。私は、ただ彼しか見ていなかったのに。忌まわしい私自身など欠片も視界にいれていなかったのに。

なんで、わたしには赤い華がみえるの?

なんで、わたしの身体には刃が突き立っていないの?


何で、なんで、あの華は、彼を、裂いて、咲いているの?




彼の身体に刃を突き立てたあの兵士は何!!?





兵士達から一斉に上がる怒号のような鬨の声。

それを裂いて、彼の心臓に剣を突き立てた無礼者の声が響く。






「 狂王に死を!! 」






―――――――――ああ、世界が揺れる、歪む。

なに?これはなに?

赤い、赤い色。流されるべきではない至尊の血が流れている。彼が傷ついている。あってはならないことだ。赦されてはならないことだ!ああ、なぜ私はあそこにいない!?彼の傍にいない!?彼を守ることが、私の役目だったというのに!!




「ああ、おいたわしい、イルヴァ様……」

聖印の鎧の男が、何事か言っている。でも、そんなことはどうでもいい。


「なに、これはなんなの。私、私の処刑を、アル、陛下、は…!!」


途切れ途切れの言葉の合間にも、男は馴れ馴れしい仕草で私の両手首に嵌った枷を取り払おうとする。彼が、私に課したものなのに。


「ご安心召されませ。皆、知っているのです。

この場で誰が一番死の報いを受けるべきか。

女に狂い、狂気に墜ち、政道を外れ、三度の大戦を引き起こし、忠臣であった貴殿にこのような汚名を着せ殺そうとした。

果たして、真に罪深いのは何者か!」



男が芝居がかった仕草で広場の周囲を指し示す。

頭が痛い。満ち満ちる負の感情。

最初に白銀の兵が口にした不敬な言葉は、大合唱になり、街中に響いていた。




「「死を!!」」「「狂王に死を!!」」「「狂える王に死を!!」」「「彼こそ真の罪人だ!!」」





叫ぶ、人々。それこそまるで狂気に冒されたように。

そして、私は確かに見た。バルコニーに掲げられた、彼の―――――――……






“首”。





「ア、あ、あぁ、ァアア嗚呼ああアアアアアア・・・!!」



喉からほとばしる異音が己の叫びだと、最初は気付かなかった。

口々に勝手なことをほざく塵芥共の讒言を引き裂き、天へ昇る慟哭。私の絶叫。



( アル、アル、アル、アル、アルヴィド!! )



どうして、どうして死んでしまったの!どうして殺されなければならなかったの!

どうして殺したの!!



彼がいなくなったら、私は本当にひとりぼっちだ。

誰にも愛されることなく、顧みられることなく、この雪の原にひとりぼっちだ。



( いや、いや、いや、独りはもうイヤ!!  )





私の王様、私のアル。

撫でてくれた。ほめてくれた。私の手を引いてくれた。一緒に来いと言ってくれたのに!!




――――――――赦さない。



手枷を奪い取った男を力任せに薙ぎ倒し、私は再び吠えた。

報いを受けろ、罪人共。アルに生かされていた、アルに護られていただけの存在のくせに、そのアルを殺した報いを受けるがいい。私からアルを奪った、その罪の重さを思い知るがいい!!




絶叫に切り裂かれ静寂を取り戻した城に、街に、私は宣言する。

私の全ての絶望をこめた禍言霊を。

響け、魔女の呪い。




『 この王国に死を!!  』




……―――――そして、私は歌う。初めて歌う。

言霊使い最大の禁忌。最悪の呪い。


かつて歌姫は歌った。全てを祝福する春の歌を。愛の歌を。

花よ降れ、花よ咲け、唇に微笑を、心に平穏を、そして人に愛しむべき生を、と。


魔女(わたし)は謡う。全てを凍てつかせる冬の歌を。嘆きの歌を。

雪よ降れ、空よ裂けろ、唇に絶叫を、心に絶望を、そして人に哀れな死を、と。




空が白く渦巻き、凄まじい吹雪が押し寄せる。

人々の悲鳴すら遮って、逃げようとする足を捕らえ、鼓動を止める。


それは、王城を、街を、国を全て包み込んで。


白く埋もれる。

歌姫の亡骸を抱いたままの庭園も、鮮やかな彼の赤も全て。


白が降り積もれば降り積もるほど、私の嘆きはいや増し、絶望は限りなく。涙は凍りつき流れない。





もはやこの国に春は訪れないだろう。

そして、その先の夏もまた。




自身の手で永遠に亡くしたものを思って、私はまた叫んだ。




( 触れて―――――ただふれてほしかったの、その大きな温かな手で。

誰にも慈しまれたことなどなかった、ひとりぼっちで取り残された。

守ってなんて言わないから。

ただ、撫でて。ほめて。――――――――愛して!!             )






冷たい冷たい雪の原に、ひとり。


私の嘆きは、私の呪いは









―――――――私の涙は、溶けない。





◆◆ End ◆◆

Next→『春の女』





これにて最も吟遊詩人の語りと近いお話、全ての根幹となるショートカット一途少女(雪と孤独がトラウマ)イルヴァ編は終わりです

なんとも救いのないお話ですが、これはイルヴァ一人の目線から見てのお話。

麗しい歌姫や狂った王は一体何を思っていたのか?

…イルヴァはイルヴァで最後見ての通り、ただ可哀想というには実は割かし人間的に問題があるような気がしますが、他二人は…うん、まあ、読んでいただければわかるかと。



というわけで、次からはフレイア編【春の女】です。

他二人目線を読んでからだと読後感が大幅に変わることが当初の目標。


お付き合いいただければ幸いです。

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