【冬の娘】-12 雪の牢獄の魔女
―――――――寒さには、慣れている。
山間の小さな村の中。
小さな石造りの家はそのまま雪の冷たさを伝えてきたし、排除するべき異端である私達に満足な薪や毛皮、食糧が与えられることはなかった。共に暮らした薄い血縁の者は、私を抱きしめることもなかった。
常に飢えていて寒かった。たまに迷い込んだ狼を殺して皮を剥ぎ、食べた。彼に会うまでの十年間、ずっとそうして生きてきた。
彼に会ってからの十年間がむしろ異常だったのだ。隙間風の入らない部屋、上等な衣服、温かく生臭くない食事。
彼の密命で北方部隊に紛れ込んだこともある。鎧の冷たさ、かじかむ手で振るう剣。
そんなもの辛くもなんともなかった。
初めて人を殺したあの日、あの雪の原で独り座り込んでいたのを思えば、そんなもの。
――――…寒さには慣れてしまえる。手足の動きと引き換えに。手足の感覚と引き換えに。
いずれそれが進めば手足を失うはめになるかもしれないが。
( でも、それが何だっていうの? )
冷たさが過ぎて突き刺すような痛みを覚える身体を他人事のように眺めながら、私は座り込んでいた。
陰鬱な灰色の石造りの部屋。ざらつく石は雪のように冷たく、眼の前にはさらに冷たい金属の格子。
それは見慣れた王城の牢獄だった。私自身、幾人もの裏切り者や盗賊達をこの檻の中に追いやったことがある。そして、今度は私が閉じ込められる側だ。
その末路など知りすぎるほど知っている。
鎧も剣も取り上げられ、彼女の血を浴びた衣のまま私はここにいる。
“ 歌姫を殺した魔女 ”
まったくもって申し開きの仕様のない罪状によって、私は大罪人としてここにいる。
ならば、この手足が凍り腐れ落ちようと、何の意味があるだろう?もはや彼の為に剣を振るうこともないこの両手足に、どれほどの価値がある?
(――――ああ、もしかしたら、火刑台に張り付けるのに手足がないのは不便かもしれない。)
浮かんだのはそんなことくらいだった。
それでも、手のひらをわずかに開閉させる気にはなった。最後まで彼の手を煩わせるのも申し訳がない。
そしてその微かな動作に、見張りの兵がびくりと身体を震わせるのが視界の端に映った。かつて私が率いたこともあったかも知れない、若い兵士。それでも、今はもうそんなことはどうでもいい。注がれる恐怖の視線とて当然のこと。
戦に名を馳せた人殺しにして王の最大の不興を被った大罪人、そして異能の力を持った魔女。
温かかった彼女の血はどす黒く変色し、罪と共にこの身に纏わりついている。
ぼんやりと、唯一の明かり取りである石牢の天窓を見上げた。分厚い雪雲に覆われた曇天に、太陽の姿は見えない。
光の代わりに、はらりはらりと白い氷の結晶が舞い込んできた。
雪だ。嗚呼、雪が降る。冷たい雪が降る。
彼が忌み、彼女を殺した、私の季節。
「っふ、ふふ…ふふふ……あはははは……!」
あの雪の原で抱えていた以上の絶望を抱いて、私は笑った。
もう、手を取ってくれる人はいない。涙を零させてくれる人はいない。
彼が私をこの極寒の地へ追いやったのだ。
「あは、は、は……っは―――――……!」
零れ続ける無様な笑声。
兵士達の怯える気配。魔女という囁き声。そんなものはもうどうでもいい。
罅割れた唇から血が流れても、私の瞳から涙が流れることはなかった。
あと一話でイルヴァ編、【冬の娘】は完結です。