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【冬の娘】-11 歌姫の微笑

そして辿り着いた歌姫の離れ。

王城の庭園を臨む位置に造られたそこからは、雪に埋もれてゆく花々がよく見えた。戦続きの中、庭師も庭に硝子の天蓋をかけることを忘れたのだろうか。

まるでこの先の彼女の運命を眼にしているようだ。


口角が醜く上がる。

雪に殺される花。

私に殺される彼女。



―――――その、夢想を覚ますように、私は冷えた空気に微かな声が響くのをきいた。



掠れて、それでも透明な。雪に埋もれようとする世界の中で、唯一温かく柔らかく咲き誇るような旋律。

言葉はすでになく“La”の音だけで構成されたそれは、それでも人の心を揺り動かす。

歌。

彼を慰め、彼を狂わせた、歌姫フレイアの歌!!


旋律を辿り、私は駆ける。一歩ごとに明瞭さを増し、音勢を増し、近づいてゆく歌声。近づいてくる彼女。

一際精緻な、美しい蔦の彫り物が施された扉を、叩き壊す勢いで乱暴に開け放った。

冬と私の冷気が容赦なく押し寄せ、寝台の天蓋幕を揺らす。

その、白く薄い紗幕の向こうに



「……イルヴァ様」



歌が止む。


彼女は、いた。

変わらぬ薄紅色の髪を綺麗に梳かして、小さな唇に花弁の色を乗せて。

精緻な刺繍を施されたクッションに寄り掛かるように、それでもしっかりと半身を起こしこちらを見て


……―――――――心底うれしそうに、笑うのだ。



不治の病に冒された身でありながら、そして今、明確な殺意と凶器を手にした人間に相対して。


どうして、そんな風に在れるのか。


怒りのあまり眩暈すらした。彼女の美しさは私に自分の醜さばかりを見せつける。




「―――――宮廷歌手フレイア。

 王を惑わしこの国に混乱をもたらした罪により、お前を処刑する!!」



「イルヴァ様……」


私の名を呼ぶ、その声さえ歌うようだ。

私には歌えない歌で、彼に愛された少女。

長い髪、柔らかな身体、清い心、春の微笑。私にはないものを全て持っていた少女。

たった一つの、私の欲しかった(もの)さえ手に入れた女。




軍靴の音を響かせて彼女に歩み寄る間にも、彼女の双眸に恐怖はない。困惑もない。

ただ、微笑だけがある。

それが、不愉快だ。



( 泣き叫べばいい。 )


泣いて、喚いて、無様に逃げ回って、へつらい懇願して。

花のような姿は上辺だけで、本当は醜い人間なのだと。完璧な者などいないのだと、示して欲しかった。本当は彼に愛される価値などないのだと。


だから、剣を振り上げた刹那、彼女が唇を開いたのに、刃を止めたのだ。

命乞いの言葉の一つも口にしてくれるのではないかと。



「……ずっと、苦しかったのです。」


「……?」


付き付けた刃の先で、喉が苦しげに震える。

潤んだ瞳は熱のためか、他に理由にあるのか、私にはわからない。



「くるしく、て、息をするのも苦しくて、ひどく熱く、っ凍えるように寒く、

 むねが、胸の奥が痛くて痛くてたまらなくて――――!!」


これは、確か泣き言だ。

歌姫フレイアの、おそらく誰にも漏らしたことのない弱い部分。けれど、それは私が望んだ醜さとはほど遠く、ただ、ただ痛々しいだけで、そして――――――




「―――――――― わたしを、救って下さるのですね、イルヴァ様。」




ふわり、上気した頬での微笑。

それは、私の罪を(そそ)ぐためのものであると、いかに私が愚かであれ理解できることで。




「――――…ッ!!」




一息に、私はその華奢な喉首を剣で刺し貫いた。

首を落とすには忍びなく、一気に引き抜けば出血で彼女は即座に死に至るだろう。病の苦しみと死の冷たさでは、どちらが辛いかわからぬが。



綺麗な綺麗なフレイア、優しいフレイア。

彼が大切にした、彼が愛した――――――……


( ごめんなさい、ごめんなさい、アルが大事にした人だったのに! )


柄を握る手に震えるほど力を込めた刹那、ふと、喉首に突き立った刀身に白い手が伸びた。


眼を見開く。

変わらぬ薄紅色の唇で、彼女は困ったように囁いた。

声は剣に縫いとめられてでないから、唇の形だけで



“ 泣 か な い で ”



と。

そして私は、初めて自分が涙を流していることに気付く。

涙など、とうに凍りついてしまったかと思っていたのに。



たおやかな手が刀身から離れ、私の頬に触れた。


温かい指先。涙が溢れる。

青翠色の双眸に私を映したまま、彼女は微笑(わら)った。




“ ありがとう ”



ああ、ああ、嗚呼!!



『 おやすみなさい、フレイア。 』



せめて、苦しくないように。

私の言霊にフレイアは安らかに眼を閉じた。



そして、引き抜く剣。

しぶく鮮血。彼の髪にも似た鮮やかな赤。

彼女の白いドレスを彼の色に染めて、私の藍色の鎧を醜い黒に染めて。




彼女の亡骸が完全に雪と同じ温度になるまで、私はその場に座り込んでいた。




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