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【冬の娘】-10 剣と言霊

国王が全ての将官と重臣を招集したのはその日の昼だった。

石造りの広間に君臨する赤。

アルヴィド・マグヌス・ティセリウス。

北の宝冠を戴くだけでなく、今や彼は教皇の錫杖を持ち、南の真珠の鏤められた帯を付け、東の玉鋼の剣を帯びている。

纏う豪奢な王衣の真紅は滅ぼした国々の血の色だろうか。厳然たる王者の姿。

それでもその中で最も眼を引くのは、彼自身の炯炯(けいけい)たる赤金の双眸だった。


知性に裏打ちされた狂気の輝き。




「南のエルス、西のラヴェスタ、東のオースティン。

 大陸の全ては私の前に膝を屈した。」



厳寒の大気に響き渡る言葉。誰をも平伏させる威力を持った、それはまるで言霊。

しわぶき一つ聞こえぬ静寂の中、そして彼は淡々とその一言を口にした。




「次は()つ国だ。」



―――――“海の彼方へ。”



その言葉に、流石に居並ぶ人々の間にざわめきが走った。

続けざまの大戦、それとて暴走に近い無茶なものあったというのに。今、彼が口にしたのは間違いなく狂気の沙汰だ。

“賢王”たる彼が決して口にしてはいけない一言。愚かな“狂王”の証明。


……そう。王の狂気に、今の不安定な状況に薄々気づいていた大臣連中も高を括っていたのだ。いくら拡大戦争が行われようと、それはこの大陸内で終わることだろうと。

思いつきもしなかった。海の彼方の事など。


それは、私も同じ。――――いいや、この場で一番動揺しているのは、私。



( 海の向こうへ――――― )



吐息が止まる。

私は、あなたと同じ大地に立つことすらできなくなるのですか?

あなたの狂気は、あなたの歌姫への想いはこの大陸にすら収まりきらず、海をも越えるというのですか?



「陛下、それはあまりにも無茶な……!」


言い掛けた父王の代からの重臣――――彼の家庭教師を務めたこともある老人は、しかし彼の一瞥のみで呼気ごと言葉を飲み込んだ。


他の者とて同じようなものだ。それぞれ横に立つ者と囁き合えど、誰も真っ向から王に対して意見などできはしない。

そしてそのざわめきすら、すぐに彼の一言によって殺される。




「将軍。“青藍の戦乙女”よ。」


冷たい声が降る。私の名さえ呼ばず、私を呼ぶ。



ただ一人、広間で沈黙を守ったままの私は彼の前に進み出で、跪いた。




「行け。此度も先陣を切るのは、お前だ。」



事務的な命令。それに

「はい、ティセリウス陛下。」

―――――そう、声が返ることを誰もが予想しただろう。勿論、目の前の王を含めて、だ。


だから。




「 いいえ、ティセリウス陛下。

  その御命令には従いかねます。 」




俯いたまま、それでもはっきりと口にした私に、周囲がざわめきを通り越して唖然とするのを私は感じた。

そして、王の表情に初めて苦々しい色が混じるのも。



「―――――…… 将軍。

 お前は、この三つの戦で最も功を立てた。だからこそ、一度は赦そう。

 外つ国へ渡れ。彼の国を我が物とせよ。」


「あの歌姫の為にですか。」


「イルヴァ!!」



初めて、この広間で私の名前を呼んでくれた。

怒声よりもその事実に涙を堪えながら、私は俯いたまま続ける。



「お聞かせ下さい。海を越えた外つ国へ攻め入る理由。

エルスのような豊かな土地もなく、ラヴェスタのような遺恨と威もなく、オースティンのような利もない。ほとんど知りもしない国へ攻め入る理由を。

 歌姫の延命の術を探すという理由以外で!!

『賢王アルヴィド』よ!!」



届いて、届いて、私の言葉。私の言霊!!

かえってきて、私の王様、私の―――――……!



「知れたことを…!フレイアの命以上に大切なものなど、あるものか!!」



―――……アル。


ああ。嗚呼。


彼の狂気は、恋慕は、私の懇願の言霊など跳ね返して。




「……て、しまった……っ」

無様に掠れた声が零れた。



「あなたは…狂われてしまったのですね…アルヴィド…

あの、歌姫の所為で……ッ」


「ッフレイアを侮辱するか!!赦さんぞイルヴァ!!」


「歌姫フレイア――――全てはあの娘が……ッ!!」


「イルヴァ!!」


私の怨嗟がこもった声に、彼が激昂する。

顔をあげ、立ち上がり今にも抜剣しようとする彼を藍色の双眸にしっかり映すと、私は叫んだ。





『 動くな!アルヴィド・マグヌス・ティセリウス!! 』





静止の言霊。歌姫への憎悪、報われぬ哀惜、私から“アル”を奪った狂王への怒り全てを込めて。

忌まわしき呪いの言霊!!


それでも。



「…ッ!?

化け、物…。おのれ、忌々しい、魔女め……ッ!!」


それでも。



「………あなたにだけ、は、そう呼ばれたくなかったな。」


我ながら女々しい自嘲。

唇の端を無理矢理に吊りあげた私は、彼に背を向けると抜剣した。


彼が私のためにあつらえた剣。

私が彼と彼の王国のために捧げた剣。



人殺しの道具。




「 歌姫に死を!! 」




城中に響き渡るほどの号令を。

言霊など使わずとも、私の行く先を阻む近衛など誰一人として存在しなかった。





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