3
喫茶店を出た紗雪は外がもう暗くなっていて、バイトがなくて良かったと思いつつ家へと急いだ。
それにしても色々と濃い一日だと思いつつ、家族に話すのに撮らせて貰った葛木と有希姫の写メを眺めてにやにやする。
普段まずお目にかかれないレベルの美少女と美女に会え、面食いの紗雪的にはほくほくだった。
有希姫の名前の文字通り、希望の光になるような眩い美少女ぶりに悶える。
「本当に眼福な2人だったなぁ〜」等と思っているうちに、地元の駅に着いたのでスマホはしまって早足に移動する。
駅前の商店街を抜け、道なりに進んで10分もしないで着く自宅だが、途中視線を感じたような気がした。一瞬足が止まりそうになったが、急がないと不味いと本能が警告し、走ってに自宅へと急いだ。
「ただいまー!」
紗雪は自宅に走り込んで玄関の鍵を閉めながら大き目の声で言うと、奥から「おかえり~」と普段と変わらぬ母の声が聞こえ、ホッとして力が抜けて座り込んでしまう。
「紗雪?あらまあ、どうしたの?あなた汗だくよ?」
「ごめん、なんか変な人居たから怖くて走って帰って来たの……」
「嫌ねぇ、明日交番に話して来るわ。あなたもしばらく早めに帰るのよ?」
「うん、ありがとう、お母さん」
「いえいえ、折角だしお風呂入ってスッキリして来なさい。あなたが出る頃にはお夕飯も出来ているわ。」
「はーい!」
キッチンへ戻る母の背中を見つつ、紗雪も軽くなった足取りで脱衣所へと向かう。
「お母さん、兄さんは~?」
「夏樹?部屋にいると思うわよー」
「ありがとー!」
◇◆◇◆◇
熱いシャワーを浴びると思考もスッキリして来る。
改めて、今日一日で色々あったな、と紗雪は思わず溜息が出る。
何年も不気味に思い、困っていたあの声の発生源を簡単にプチッと潰せる人と出会うなんて……。
しかもそれが絶世の美女?とは!!!
面食いな自覚はあったけど、あそこまで綺麗な人と会ったのは本当に初めて!ハスキーな声も素敵で、例え男性であったとしても理想的な美人さんだった!
などと、一人でぶつぶつ言いつつ、気が緩みまくっていた紗雪だったが、なにやら玄関の方で音がして母の声が聞こえる。
悪い予感しかない。
このお夕飯時の一般的には迷惑な時間に押しかけてくる人なんて、母の従姉妹である叔母しかいないのだ。そして、この叔母が紗雪に向けてくる視線がどうにも苦手でなるべく距離を置くようにしていた。
まして今日は家族に話したいことがあったのに、ついていない……。
重いため息を吐き出しつつ、観念してシャワーから上がり、何食わぬ顔でリビングに向かうと案の定叔母が陣取っていた。
「あ、叔母さんいらっしゃーい」
「こんばんは、お邪魔してるわ」
髪を拭きつつ、自然に見えるように気をつけつつ挨拶をして、リビングにつながるキッチンへと向かう。
「お母さん、何か手伝う?先に兄さん呼んで来た方がいいかな?」
「そうねぇ、もうちょっとでご飯だし夏樹を呼んできてくれる?」
「はーい」
返事をしつつ紗雪が2階へあがるに合わせたように、兄の夏樹が自分の部屋から出てきた。夏樹は階段を登って来た紗雪の表情を見て苦笑していた。
「逃げたな?」
「ん~、どうかな?」
「まあ、分かる。がんば、数時間の我慢だ」
「はあ……憂鬱だけど、がんばるよ」
たぶん、悪い人ではないのだが、何故か紗雪への当たりが強いと言うか、感じが悪いので紗雪は苦手で夏樹もよく紗雪を庇っていた。
「ねぇ、兄さん。
確か水卜の本家って卜部だよね?」
「遠い本家だけと、大元はそのはずだぞ。どうした突然?」
「今日あった人が私のことを見て、卜部の先祖返りでは?って言われて、どうだったかな?って」
「ふーん?良く分からんけど、それならお前は嫌だろうけど叔母さんに聞くのが早いぞ。
叔母さんの勤め先は卜部本家のばずだ」
「ああああ、そっかぁ……」
気は重かったが何時までも2階で話している訳にいかず、紗雪は夏樹と1階に戻り、母の手伝いをした。
父の席に叔母が座り夕食は何事もなく進む。今日も父は遅いようだ。紗雪の両親は職場結婚で、元々忙しい仕事なので、父の帰宅は基本遅かった。
夕食の片付けも終わり、団欒場所をリビングに移していた。夏樹に目で合図され、渋々紗雪も覚悟を決めて切り出した。
「ねぇお母さん。今日、葛木さんって人に会ったんだけど知ってる?」
その一言に反応したのは紗雪の母ではなく、叔母のほうだった。
「紗雪、葛木、なんと言う方だったの?」
「え、えっと、確か清一郎さんだったはず」
「葛木清一郎、なぜ、あの方が……」
「叔母さん知っているの?」
「ええ、まぁ。」
叔母は動揺しているようで、紗雪の母と兄の訝しむ視線に気付いてない。
紗雪が素知らぬ顔で葛木と決めた検査についての話を続けると、叔母の態度は一変した。
「なんか、私を見て卜部の先祖返りかもしれないから、その場合特殊な血液型の可能性があるので一度検査しないかって。
面白そうだし行ってもいいかな?」
「ダメよ!!」
紗雪の母が答える前に叔母が全身乗り出して否定した。
叔母に険しい表情で怒鳴られ怯えた紗雪を、そっと母親が肩を抱いて支える。紗雪の母にしても何故従姉妹がこんなに怒っているのか想像もつかなかった。
「奈美、何をそんなに怒るの?」
「ほ、ほら、本家の方々は難しいじゃない?由紀子も、知っているでしょう?」
「そうだったかしら?」
「そうよ!」
そこからがマシンガンのように如何に本家の方々が気難しいか、本家でのお勤めが大変か声高に話し始め、紗雪は逃げる事もできずげんなりしながら聞いていた。
それは兄の夏樹がいつの間にか消え、来客を伴って来るまでの5分程だったらしいけれど、紗雪には数時間に感じられるほど面倒な時間だった。
「まあ、駄犬は良く吠えると言うけれど、本当だったのねぇ……」
ハスキーな声に振り向けば、夕方別れたばかりの葛木だった。
着替えたのか、黒のパンツスーツにタートルネックのシンプルな格好がまたスタイルの良さを引き立てている。
「なっ……!!」
「葛木さん!どうされたんですか?」
叔母を無視して近寄ると、兄が代わりに答える。
「わざわざ忘れ物を届けに来てくれたらしいぞ」
「そうなの、流石に学生証はまた今度じゃ不味いでしょう?」
「ええっ?!気付いてなかった、すみません!!」
焦る紗雪に、こっそり「口実よ」と囁くと葛木は顔色悪くこちらの会話を凝視していた叔母を見る。
「ねぇ、あなた美幸さん付きの方よね?
お仕えする方に対して随分な言い様でしたわね?」
「葛木様がいらっしゃるとは……!!
言葉の綾でございます、どうかご容赦を」
「言葉の綾ねぇ……。
やっぱりあなたが逆恨みで美幸さんを恨んでいるという話しは真実だったのね。
ねえ、紗雪ちゃん、酷い話しをするけれど許してちょうだいね。」
辛そうな顔をする葛木に、紗雪は困惑しながらも頷くが叔母が怒鳴っていてあまり良く聞こえない。
「五月蝿いわねぇ、少し【黙りなさい】。私の質問に『はい』なら頷く、『いいえ』なら首を振って【答えなさい】」
「…………」
叔母の口は何かを言いたげにパクパクしているが、声が出ることは無かった。
「紗雪ちゃんは、美幸さんと卜部当主、卜部徹さんのご息女ね?」
葛木の質問に紗雪と夏樹は目を見開いたが、母である由紀子は何かを悟っていたのか悲しげに眉を寄せるだけだった。
叔母奈美は抵抗していたが、頷く。
「そう。美幸さんの亡くなった第一子と言われている子と紗雪ちゃんを入れ替えたのは、あなたね」
奈美の顔は紙のように白くなっているが、抵抗虚しく頷く。
「そう、残念だわ」
そして、葛木が手を上げると何処からか数人の男性が現れて、奈美を拘束して連れていった。
両親の子では無い、とショックを受け呆然としていた紗雪は母に抱きしめられ、兄の背後に隠されながら一部始終を見ていた。
「突然の訪問、そして身勝手に家族を引き裂きかねない発言をして申し訳ございません。」
葛木はそう言うと深々と頭を下げた。葛木の言葉に紗雪の母、由紀子は紗雪を抱きしめたまま向き合った。
「葛木の当主様、どうぞ顔を上げてください。
私の従姉妹の罪、どうぞ咎は私一人にお願いいたします。息子の夏樹、主人はなにも関係がありません。」
「由紀子さん、とお呼びしますね。
あなたは、紗雪さんがご自分の子では無いと知っていたのですか?」
「いいえ、確信はありませんでした。
ただ、主人にはあまり似ていなく、私の水卜、引いては卜部の血が濃いとは思っていました。
なので卜部の直系と聞いて納得しました。
知らずに我が子として育てましたが、親バカですが、とても素直な良い子です。
どうか、この子を良しなに。」
最後は涙声になりながら頭を下げる母に紗雪はまた別の衝撃を受けて腰が抜けてしまった。
「お、かあ、さん…… わたし、いらない子?」
「馬鹿!!そんな訳、そんな訳あるはず、ないでしょう!?
紗雪も夏樹も、ずっと私の可愛い子供たちよ!
でもね……、でもね、お母さんも水卜なの。卜部の力の大事さは知っているのよ……」
「あ、あの、葛木さん?さま?
妹はもう帰って来れないんですか?」
夏樹は妹と母を庇うように必死な表情で葛木の前に立っていた。
そんな親子に葛木はふっと笑顔になる。
「安心して下さい。あなた方も被害者なのは分かっていますよ。
それに紗雪さんが愛されて育ったのも知っています。
卜部当主ご夫妻も既に数人お子さんがいますし、紗雪さんを取り上げる気はありません。
ただ、紗雪さんの能力が高そうなので一時的に我々が能力制御の訓練と、身の安全のため保護させていただきたいのです。」
夏樹は能力の話しは分からなかったが、母を見ると頷いていたので、2人の前から退いた。
「紗雪、夏樹、色々混乱していると思うけど、しっかり聞いてね。
奈美がね、実はこの家には念の為って結界を張ってはいたの。でもね、年々侵食が激しくなって来ているから、安全な場所に保護してもらうのは良いと思う。
何故我が家が?と思っていたんだけど、紗雪が卜部の直系なら納得したわ。このままここに居ると、あなたが憑り殺されてしまうかもしれないの。
詳しくは、紗雪は葛木様に伺いなさい、きっと猶予はもうないのだと思う。夏樹は後でね。」
「……お母さん、大丈夫になったら帰ってきていい?」
「ええ、あなたの大好きなグラタン作るわ」
「ふふ、お母さんのグラタン大好き。兄さん、お母さん、絶対帰ってくるから。」
「おう、ちゃんと連絡はしろよ」
泣き笑いで話している紗雪たちを葛木は痛ましそうに見ていたが、はっ!と険しい視線をリビングの窓へと向ける。
「破られたか」
「葛木さん?」
葛木はにこっと笑んで振り返ると、「大丈夫」と囁いてまた窓を向く。
次の瞬間窓ガラスに何かがびしゃあと、貼り着く。溶けたような人の顔が広い窓に張りつき、紗雪は悲鳴が漏れるのをなんとか我慢した。
「嫌がらせで結界を切ったかな?まあ、甘いんだけど、範囲結界の準備はもう整っているの。
さあ、おいたのお仕置よ……。
浄化結界起動、【結】!」
一瞬窓の外が淡く光り、窓に貼り付いていたスライムのような何かは溶けるように消えた。
「紗雪ちゃん、申し訳ないけどここに居るかぎりあいつらは次々に来るの。
必ずまた家族で住めるようにするから、今は私と来てちょうだいね」
「は、はい」
話しながら玄関へと向かい、夏樹は薄着だった紗雪に自分のパーカーを着せて、母はお守りにとずっと大事にしていたペンダントを紗雪につける。
慌ただしく車に乗せられ、紗雪は母と兄を名残惜しげにいつまでも見ていた。
読んでいただきありがとうございます。