幕間1
遠い遠い昔のこと――。
時は平安。
山は早くも白い雪帽子を被り、里にもちらちらと雪が降ってきて寒さが身に染みる。
田畑は既に積雪に備え、各家も冬に備えた備蓄も終え、子供たちの雪を喜ぶあどけない歓声が聞こえる平和な初冬。
護りての里も各地の結界の強化を終えて冬ごもりの準備は着々と進んでいた。
ト部家の嫡女である深雪は難しい顔をして雪化粧で白く染った山を見つめている。
「ととさま、かかさま、ごめんなさい」
そう囁くように呟くと、深雪は迷うこと無く山へと入っていった。
まだ7つになるかならないかという女童が浮かべるには悲壮感のある表情。だがその瞳は決意で輝いていた。
「みゆきは、かかさまの娘としてお役目を果たさなければ」
幼いながらも自分に課せられた役目に対する決意、その気持ちだけで、不安も恐怖も無理矢理押さえ込んでいた。
ト部深雪、その最後の足取りは突然に途切れていた。
後日、深雪の想いを閉じ込めた結晶を見付けたのは、母である白藤だった。
◆◇◆◇◆◇◆
深々と降る雪は好き。
かかさまの髪のように綺麗で、きらきらしてて。
でもちょっとだけ寒い。
でもやっぱり楽しい。
一番乗りで雪に足跡をつけるのはちょっと楽しいもの。
みゆきのかかさまは、本当に綺麗なのよ?
雪のように白い髪に肌で、おめめは藤の花のように優しい紫で。
ととさまは、いつも眩しそうにかかさまを見てる。
みゆきはととさまの黒髪と、かかさまの藤の花のおめめをもらったの。
でもね、みゆきやかかさまのおめめは、たまあに嫌なものを見せるのよ。
怖い、怖い鬼が来るの。
鬼は綺麗なかかさまを食べたいみたい。
あんな綺麗なかかさまを食べちゃうなんて、おかしいよね?
みゆきは、かかさまを呼び出すために鬼に捕まってしまうの。
でもね、みゆきは良い子だから鬼に捕まらないようにがんばるわ。
かくれんぼは得意なんだから!
誰もみゆきを見つけられないのよ。
そのはずなのに…
あの鬼はずっとずっとみゆきを追いかけてくるの。
どこに隠れても見つけてくるの。
みゆきは困ってしまって、ととさまに相談したの。
そうしたら、ととさまは一度だけ鬼を追い払ってくれる勾玉くれたの。
きれいな勾玉はととさまのおめめのようなお日様の赤い色の勾玉。
ととさまは強いから、色んな鬼を倒して、追い払ってくれていたから大丈夫。
みゆきのととさまは、護りてでいっとう強いのだもの!
なのに、みゆきはあの怖い鬼に捕まってしまったの。
でもね、かかさまは食べせないわ。
ととさまの勾玉で、みゆきごと鬼を追い返すの。
この鬼はかかさまを食べて、みんなみんな殺してしまうつもりだから。
かかさまも、ととさまも、みんなみんな。
そんなの、だめ。
雪の綺麗な里も
お友達も
ととさまも
かかさまも
全部、全部、あげない。
みゆきも、鬼にはあげない。
鬼に捕まってしまったけど、みゆきにはちゃあんと見えたから。
みゆきは、ちゃんとかかさまの元に帰るの。
かかさま、泣かないで
ととさま、自分を責めないで
みゆきは、少しだけ会えなくなるけど、帰るわ。
かかさまの笑顔が好き。
ととさまの笑顔も好きなのよ。
でも、ととさまの温かい手が好きなの。
ととさま、かかさまを守ってね。
みゆきは、絶対に帰るから。
また、ね。
ちゃんとみゆきを見つけてね。
◆◇◆◇◆◇◆
雪が深々と降り積もり始めたある日のことだった。
突然の衝撃が大地を揺らし、人々を不安にさせたが、雪崩もその後も特に何も起こらなかった。
ただ、一人の幼子が消えた。
卜部の直系、白藤の娘深雪はその魂、その力を奪われないように父の作った鬼を撃退する呪の込められた勾玉を自分に使い自死し、その魂を四散させつつ鬼を異界へとはじき返したのだった。
それは完全な精神生命体である鬼であっても受けるダメージは半端ではなく、半分人の血が入っている深雪の魂が受けたダメージは深刻で転生できるまで魂が回復するのに永遠ともいえる時を必要とした。
千年もの時を超えて、再びこの世に生まれ落ちるのを待つ者達と逢えるまで。
白藤は微睡みつつ愛し子の帰還を待つ。
そして、その魂に惹かれる者たちもまた。
読んでいただきありがとうございます。
深雪のお話しでした。
近い内に護りての家の姫たちの話しも書きたい、書きたい…!