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「ちょっと!酷いじゃないのよ、姫さま!!」
ハリセンで鼻を強打され、蹲って悶絶していた葛木は立ち直るや否や涙目で赤くなった鼻を押さえつつ、少女を睨みながら怒鳴る。
もう美人が色々台無しであるが、それでも美人なのだから世の中不公平だと嘆きたい所だが、紗雪には聞き捨てならないワードがあった。
「ひいさま…… お姫さま?」
「そうじゃなぁ、我はこ奴らには姫と呼ばれておるの」
現代であろうとも権力者に失礼をしては行けないのは古今東西共通認識だ。
「失礼しました、王族や華族様とは知らず!」
「気にするな、今の世に華族なぞもう居らんでな。
それよりも清一郎の無礼、申し訳なんだ。すまぬの。」
紗雪を気遣い優しげに対応していた少女は葛木の方へ視線をやると、打って変わってギン!と睨みつける。
「せいいちろう…… 早とちりしおって。
いいか、よぉーっく、このお嬢さんを見るのじゃ。
このお嬢さんは混ざりものじゃない、巻き込まれた被害者じゃ。色が重なりすぎて混ざりものに見えるがの。
しかし、多いな ……のう、お嬢さん。お主、何回目じゃ?」
ヒュッと紗雪の喉が変な音を立てる。だが、逃げられないと本能が訴えてくる。逆らうな、と。
紗雪が人生を繰り返している事を指していると、何故か分かるし、誤魔化せばいいのにと思う反面嘘はつけない。
「わ、わかりません…… 4回はありそうです。」
「原因に心当たりは?」
「全く。そもそも、ほぼ記憶がありません。たまに、何かの切っ掛けで思い出す程度で。」
「ふむ…… 我等と繰り返しの中で出会ったことは?」
「絶対にありません、お会いしていたら忘れない自信があります!」
こんな美人2人、絶対忘れないし見たら思い出す自信しかない!
記憶どころか、魂に刻み込むべきだと美しいお2人に自信満々に紗雪が言い切ると、お姫様の方が笑ってた。
「清一郎、この子は愛いのう。」
「ええ、姫さま。紗雪ちゃん、ごめんなさいね、怖がらせて……。
でもねぇ、きっとあなたに必要な話だから、もう少しアタシたちの話しに付き合ってくれないかしら?」
2人の雰囲気が変わり、真面目に、向き合ってくれているのを感じ、自然と紗雪も正面を向き話を聞く体制になると葛木がふわっと微笑む。
「ありがとう。まず、さっき名乗ったアタシの名前は本名よ。
葛木清一郎、葛木一族の当主であり、この日本国の裏の護りて筆頭を務めているわ。」
「裏?」
「そう、裏。ねえ紗雪ちゃん、あなた人に見えないものの声が聞こえるわね?
では姿は見える?」
「いいえ」
「あなた以外の家族で、所謂霊感があるとか、何か見えたり聞こえたりする人は?」
「心当たりはない、です……」
「ご実家は広島の方?石川の方?」
「母方の実家というか、本家が石川の方だと聞いた事はありますが……我が家は分家も分家、かなり傍流の方のはずです」
「となると、やはり卜部の傍流のようねぇ。あなたは先祖還りかもしれないわ。
さっき私が潰したもの、アレは鬼と呼ばれるものなの。」
「鬼……って、あの?」
「そう、角のある、怖~い奴。もっとも、さっきのは大した害のない小鬼だけどね。
そして、この国はいつも鬼に狙われているから、鬼たちから護るのがアタシたちのお役目。
ここまではいいかしら?」
「は、はい……」
「小説みたいでしょう?事実は小説より奇なりというけれど、鬼なんかと無縁な生活してたら想像もしないわよねぇ。
更に混乱する事を言うと、姫さまは、鬼たちと同類、なの。」
「へっ?!」
「昔から言うでしょ?神と鬼は紙一重って?」
「ほあ………… じょ、情報過多ですぅうううう!!!!」
◇◆◇◆◇
許容限界になった紗雪がアッサムのミルクティーを飲みながら状況整理している横で鬼の姫は可愛くクッキーを摘み、葛木は珈琲を美味しそうに堪能していた。
「ようやく、整理出来たんですが、鬼は異界?異世界?からの侵略者で幽霊や妖怪も同じもの。
葛木さんは陰陽師とかと似た立ち位置で奴らを倒せて、私はどうやら予言をする卜部の能力があるっぽい?と……」
「うん、良く出来ました。その通りよ。」
「それで、私に何を求めていらっしゃるんですか?」
「聡い子は好きよ。
紗雪ちゃんの能力が声を聞くだけには思えないのよね、だからまずはあなたの能力を確認させて欲しいの。」
「まずは?」
「ええ、能力者は貴重なの。だから、あなたが貴重な戦力になりそうなら、出来れば協力を求めたいわ。」
「戦力…… 戦うんですか?」
「直接戦う以外のお仕事もあるわよ?まあ、そこは追々でいいわ。」
パチンと器用にウインクする葛木が可愛くて悶えそうになるのを堪えつつ、紗雪は悩む。
正直、嘘は吐かれてないと思う。だが、今日初めて会った人なのだ。信頼できるかは、まだ分からない。そこでふと違和感に、紗雪ははっと顔を上げ、周りを見渡す。
「そういえば、この話こんなオープンに話していいんですか?」
「ねぇ、紗雪ちゃん、このお店って嫌な雑音が無くて静かじゃない?」
質問に質問で帰され、困惑しつつ耳を澄ますと、喫茶店らしいレトロな洋楽が鳴る他はちらほらと客がいるが静かだった。
そして気付く。
「あの声がしない」
そう、鬼たちの声が一切聞こえない。
外にいてこんなに静かだったのはいつ以来だろうか?そういえば、自宅にいる時は以外はいつも色んな声が聞こえていたのに。
「その通りね。」
暗にそれだけ?と訴える葛木に改めて見回すと、客は誰一人こちらを気にして無かった。
「もしかして、みんな関係者……?それとも聞こえてない?」
「ふふ、大正解。
このお店はアタシたちのセーフハウスであり、今この席の周りには姫さまが結界を張っているわ」
「……!!」
少女の方を向くと「にっ」と紗雪にドヤ顔をする。
とりあえず特には問題がないと分かり、紗雪は葛木に向き直る。
「色々まだ分からないけど、私は何処でその検査とかするんですか?」
「うちでもある程度は分かると思うんだけど、卜部の本家に行った方が良い気がするのよねぇ。
だから、石川県かしら?2泊3日くらい見て欲しいわ。」
「なるほど、それだとまず家族に確認を取りたいです。一応成人はしてますが、学生なので。」
「道理だわ。じゃあ、私も一緒に行くわねぇ」
「いえ、あの、1回私がちゃんと家族に話したいです」
「うーん、そうねぇ。じゃあ、番号とL〇NE交換しましょう。
何かあった時に助けられるように、それからこちらからも連絡できるように」
「……それくらいなら、はい。大丈夫です」
紗雪と葛木がスマホでやり取りをするのを鬼の姫は、何かを伺うように眺めていた。
「それでは、今日はここで。あの、紅茶代は?」
「その位気にしないで。連絡待ってるわね、紗雪ちゃん。」
「は、はい。あの、お姫様もありがとうございました。」
「有希じゃ。我は有紀姫と呼ばれておる。」
「それでは、あき姫さま、失礼します。」
ペコペコとお辞儀しつつ紗雪は足早に店を出ていくと同時に音が戻ってくる。
「それで、姫さま何か分かりましたか?」
「お主も気付いているだろう?」
やれやれと肩をすくめると、葛木の雰囲気が一変する。
「あの子、だな。
あの子の服やピアスから奇妙な呪を感じた。それに、あの子は入れ替えられてる可能性もある。傍流と言うには顔が卜部の直系そのもの、と言うより当代当主にそっくりだ。」
「流石じゃの。あれは能力の封印じゃ。……が、あれがなければ紗雪はあの歳まで生きては無いだろうから、不幸中の幸いじゃな。」
「まあ、式神に追わせているから、監視と保護させつつ、移動する。今日、動き出す。」
「そうか、お主が言うならそうなんだじゃな。準備だけはしておけよ。」
ふっと笑うと葛木が振り返り、いつの間にか1人の青年が立っていた。
葛木の雰囲気も柔らかいものに戻り、笑顔で有希姫に向く。
「抜かりなくてよ、姫さま。
ねぇ?湊?」
「こちらに。水卜紗雪の身上資料です。また、清一郎様の部隊は既に配置に着いています。」
「ありがとう」と言いつつ受け取ると、葛木と有希姫はざっと書類に目を通し頷きあった。
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