17
幸江と葛木の睨み合いは紗雪によりあっさりと収まり、卜部と水卜は連れ立って卜部の席へと戻った。
2回戦が始まるのだが、何故か葛木は紗雪の左隣を陣取り、幸江は負けずと右側から紗雪と腕を組む。
真ん中で挟まれた紗雪は美女と美少女に喜ぶべきか、注意すべきが悩ましいところで何とも微妙な顔をしていた。
そんな3人を見つつ、夏樹は恐る恐る隼に怪訝な顔を見せる。
「なあ、俺は詳しく無いんだが、両親曰くあのオネエ、葛木さんは偉い人なんだろ?」
「そうだな、俺たち護りての最強かつ、六家のトップの当主だな」
「大分若いよな?俺たちとあまり変わらないように見えるんだが」
「そうねぇ、今年24になるわよ?」
いつの間にかこちらに来ていた葛木にビビる夏樹に、隼はやれやれと肩を竦めると、にっこりと音がしそうな感じで葛木が笑う。
「ごめんなさいねぇ、アタシの話が聞こえたから。
アタシの家は昔から脳筋でねぇ、前当主を下した者が当主になるのよぉ。面倒でしょう?
武闘派の護りての家としては仕方ないけど、アタシの父親は脆弱過ぎて18の息子に負けちゃったのよぉ」
キャラキャラと笑う葛木に夏樹は若干青ざめ、敵に回していい人では無いなと思いつつもこれだけは確認しなければと、葛木を正面から見つめる。
「あら、いい眼ねぇ。なにかしら?」
「失礼を承知で伺います。あなたは、性同一性障害なのでしょうか?」
「……っぷ、アハハ!正面から聞いてくる人は初めてだわぁ。そうならどうするの?」
「紗雪に近づくのは、紗雪の力が目的でしょうか?」
「そうねぇ、紗雪ちゃんの力は全ての護りてにとって魅力的よ。でも、アタシの答えはノー、よ。
アタシは紗雪ちゃん個人が欲しいわ」
「紗雪、本人が」
驚く夏樹に微笑むと、状況を見守っていた紗雪の方へ振り向くと葛木は宛然と笑む。
「紗雪ちゃん、アタシのこの格好は趣味だと以前話したわね?」
「は、はい……」
次の瞬間、柔らかな雰囲気は一変して男性的な強い眼を紗雪に向ける。それだけで周りを圧倒する存在感、威圧感が葛木から溢れる。
「オレはやりたければ普通に男の格好もできるが、どうやらオレがちゃんと男らしい姿をしていると圧が強いようでな。部下たちが怖がるんだよ、情けないことに。
それに、紗雪は女装のオレが気に入ってるだろう?」
初めて見る、聞く、男性らしい葛木の雰囲気と声に紗雪は一瞬で真っ赤になり、あわあわと言葉にならなくなるのを見て葛木の雰囲気がまた柔らかくなる。
「だ、か、ら、アタシはもう暫くこのままでいるわぁ〜。でもね、アタシもオトコなのよ?
そこは忘れちゃダメよぉ」
紗雪の態度に満足し、頭をよしよしと撫で、翻弄するだけ翻弄して満足すると、機嫌良く葛木は出ていった。
曰く、紗雪にいい所を見せたいから準備をすると。
「お兄様」
「幸江、流石の覇気だったな」
「本当に葛木様はお強いんですね」
「そうだな、渉、あの方の試合は本当にしっかりと見ておくんだぞ」
卜部家の兄弟が感心してる横で、水卜兄妹は全く別の会話をしていた。
「夏樹にぃ、美人さんがぁ……」
「アレはただの狼だからな。ったく、面食いの紗雪に一番効果的な対応するとは、侮れない」
妹に言い寄ろうとしている葛木に遠慮のない夏樹に両親は冷や汗を流しつつ止めるが、夏樹は止まらない。
曰く、武力で勝ち目は無いだろうが、紗雪の兄である自分を物理的に排除するような奴を紗雪は認める事は無いだろうと。ならば、正面から紗雪を口説いて落とすしか無いが、そんなもの許さないと。
それに乗ったのが幸江で、卜部もまた頭を抱えていた。
そんな観客のカオスを他所に2回戦の1戦目の準備は進む。
芦川vs木崎の対戦からだ。
芦川は多種多様な術の使い手で、木崎は霊力でごり押すタイプのため相性はあまり良くない。
芦川は霊力勝負では勝ち目がないためか、刀を携えていた。
試合開始早々に木崎は雨のように霊気の矢を土砂降りの雨のように降らせるが、芦川は人型3体で結界を張りつつ木崎へ接近戦を仕掛ける。
木崎は舌打ちしつつも、刀を鉄扇で受け止めると共に札を用いて炎で芦川を絡めとろうとするが、芦川もヒット&アウェイの要領で飛び退いて危なげなく回避して再度切りかかる。
負けじと木崎は今度は複数の風の刃を飛ばして牽制しつつ、距離を取ろうとした時木崎の片足が氷結で固められ体勢を崩した。そこに被せるように更に速度を上げて芦川が斬りかかり木崎が押され、これは苦しそうだと紗雪が思った瞬間、木崎と芦川の間に特大の土の槍が出現し、芦川はあわやの所で結界と刀で受ける。
1回戦の神代との試合の再現、そして神代よりも上だとアピールする木崎に眉を顰めつつ、芦川は受け止めた土の槍は結界で受け流す。
「ふん、つれない奴だな」
「……」
木崎を無視しつつも、芦川は攻めあぐねていた。足を止めても木崎には影響が無い、前後左右何処からでも呪符を使って五行全ての術で返し、圧倒してくる。
試合開始から10分も経つ頃には芦川は息も切れ切れだった。
木崎の炎の蛇を切り落としつつ、芦川が後退した時、足が泥沼に嵌り完全に体勢を崩した。
咄嗟に結界を展開するが、芦川は風の矢に囲まれていた。
これを耐えても勝機は無いと諦めた芦川は重いため息を吐くと、「自分の負けだ」と宣言した。
如月当主の宣言で1戦目が終わり、芦川は無表情で礼をすると去っていったが、木崎は何処か面白く無さそうだった。
「ふぅ……」
「凄いな」
思わず息を吐いた紗雪、終始圧倒されていた夏樹の兄妹に幸江が話しかける。
「やっぱり、圧倒されます?」
「ああ、まるでアニメの世界だ。だけど、なんで俺にも見えるんだ?」
「理由は2つ、1つは顕現する程込められた霊力である事、もう1つはやはり夏樹さんも傍流とは言っても護りての血を引くからですね。
今までは必要が無かったものが、必要に迫られて能力が発現してるんだと思います」
思いがけない幸江の言葉に夏樹は驚いて目を見開いく。
「俺にも何か能力があるのか?」
「あっても不思議は無いですよ?あなたも水卜の方ですし。
ただ、やはり【視る】のが精一杯かと思います」
「それでも十分だ、何も分からないより少しでも状況把握出来るだけでも意味がある」
見えなければ、何が起きても逃げることも避けることも、妹や家族の盾となることも出来ない。
そう言う夏樹に自分の盾になるなんて許さない!と怒る紗雪と、言葉の綾だと苦笑する夏樹を幸江や卜部の人間は微笑ましく見守るのだった。
久々の更新になり申し訳ありません。
年末年始で忙しすぎました…… 週1くらいの頻度になりそうですが、更新再開したいなぁ。