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 5試合目は剣士同士の対戦。一人は居合いの構え、もう1人は剣道のように中断で構えるかと思えば、無造作に腕を下げ何も緊張してないような体勢。

 だが、2人の間の緊張感は張り詰めた糸のようだった。


 無造作に腕を下げている芦田満がすっと足を運ぶと、合わせるように崎口圭吾も動く。円を描くように2人がそろりそろりと動いていたが、90度ほど回った辺りで不意に芦田が動いた。

 あまりの早さに紗雪は追えられず、次の瞬間には崎口と切り結んでいた。


 芦田の切り上げを居合いで防ぎ、鍔迫(つばぜ)()いになった2人は共に無表情のまま距離を取り再度睨み合う。

 今度は崎口から上段で切りかかるが芦田にもそれを受ける。上段に、下段に、2人の試合は剣舞のように見事だった。


 最初に笑んだのはどちらだったか、2人は共にこの試合を楽しんでいた。と、同時に剣では決着がつかないとも分かったので、お互いに呪符を左手に持つ。


「起動」「氷結」


 芦田は発動の呪言を唱えると共に距離を取り、風を纏った刀からカマイタチを複数飛ばす。崎口は飛んできた風刃を切り捨て、それさえも凍らせていく。


「えぐい術使うなぁ」

「汚れるのが嫌いなんです」

「分からんでもない、なあ!」


 切り結ぶと自分が不利になる為、芦田は特大の風刃を複数崎口に放ちつつ、呪符をもう1枚出す。


「させない!!」


 崎口が居合の軌道の空気さえも凍らせて迫るが、僅かに芦田には届かなかった。


「炎華」


 芦田の風に火が混ざり、青い炎を纏った刀が出来上がった。


「さあ、仕切り直した」

「くっ」


 芦田の剣はするどく、崎口は受けざるをえず、氷と炎が互いにぶつかり合う。

 高温である青い炎の嵐を止める力は無く、徐々にジリ貧になるが崎口にはまだ余裕が見えた。


「加重、氷結」

「なに?!」


 鍔迫(つばぜ)()いの最中に発動する崎口の氷結は押されかけていた炎を一気に押し戻した。炎の芦田と氷の崎口、その状況はまだ5分と5分に戻った。氷を燃やし青から赤へと変わり、2人の周囲も炎の赤と氷の薄い蒼で彩られる。


「面白い」

「行きます」

「来いっ!」


 炎と氷が吹き荒れ、会場全体が荒れる。2人が切り結ぶ度にその勢いは増し、ゴウゴウと嵐のような音を立て、風が巻き細かな氷や火花が散る中、物部の者たちが動き出す。


「あの人たちは?」

「周囲への影響が出始めたから、結界の強化でしょう」


 そう幸江が説明するのとほぼ同時に客席側と試合の行われているステージ両方に新たに結界が追加された。

 顔や身体に感じていた圧迫感と風がすっと消え、紗雪も思わずホッとため息が漏れる。


 ステージ上は益々激しさを増している。

 剣戟ごと、2人の剣筋は鋭くなり、会話もない真剣な試合。術も剣もほぼ互角、そしてどちらも一流。

 決着は一瞬の隙、隙とも言えない僅かな、瞬きにも満たない一瞬。崎口の視界の端を氷の欠片が掠め、視界が狭まったのを芦田は見逃さなかった。僅かな差、僅かな体制の崩れ、それが勝敗を決めた。

 炎は氷を切り裂き、芦田の剣先は崎口の首元へ突き進む。氷が一気に蒸発した蒸気で観客席からは良く見えない中、勝敗が宣言された。


「勝者、芦田満!!」


 ようやく蒸気や氷嵐が収まり、芦田の剣先が刺さらぬよう、如月当主の扇子が押さえているのが見えた。

 芦田はすっと刀を引くと、深く如月当主に頭を下げる。仲間を殺してしまうのを防いで貰ったのだ。しかも、必殺で臨んだ一撃を扇子で防いだその底知れぬ実力の如月当主に迷惑をかけてしまったと思うと自然と頭は下がった。

 芦田も崎口もお互いを殺す気で試合に臨んではいたが、本当に殺す気は無かった。当たり前だがこれは試合であり、仲間である護りてを失う気はない。

 崎口もまた、自らの不甲斐なさに如月当主に頭を下げていた。


 双方引くと、如月は両方を労い試合終了を宣言する。


「以上で全ての1回戦は終了!

 1時間の休憩の後、2回戦目を始める。」


 紗雪はほう、と体の力が抜ける。

 未知の世界のような戦いだった。術、そして様々な武器を用いた試合、どの試合もみんな真剣で素人の紗雪には凄いとしか表現出来なかった。


 そんな紗雪と卜部兄弟が和気あいあいとしていると、ノックがあり芦屋湊が迎えに来た。


「水卜家の皆様が到着されましたので、ご案内いたします。」


 紗雪が卜部に移ってから既に1ヶ月以上経っていたが、あっという間でもあり、短くも濃い1ヶ月だったので、実際よりも長く感じていた。

 本当に、色々いっぱいあったな、と感慨深く思いつつも紗雪の気持ちは浮き立っている。兄や両親のことは今でも大好きで、落ち着いたらゆっくりまた一緒に暮らしたいと思っているが、同時にこの先が分からないと思っている冷静な自分もいる。

 事実、この先は惡羅(うら)との決着がつくまで平穏とは無縁になることは理解しているが、感情として分からないというより、現実味がなくて実感がないのだ。いうなれば、まだ他人事で自分事になっていないのである。


 久々に会う家族に緊張しているのか、取り留めのないことばかり考えてしまう紗雪だったが、前方に見慣れた長身の美女を見つけて破顔する。


「葛木さん!」

「紗雪ちゃん、お待たせしたわねぇ。最近会えなかったけど、元気だったかしら?」

「はいっ!」

「それは何よりよ。さあ、水卜の皆さまもお待ちよ。卜部の皆さまもこちらへどうぞ」


 葛木に先導され扉をくぐった瞬間、違和感を感じた紗雪は不安げに葛木を見上げるとウインクをして「大丈夫」と言われたのでホッとした。何故だか、葛木の言葉は無条件に信じられた。

 短い通路を経てまた扉ががあるが、人の声が、懐かしい声が聞こえて紗雪は我知らずに小走りに進み、ドアを勢いよく開けると両親と兄が広い部屋のソファーで話していた。


「お父さん、お母さん!夏樹にぃ……!」

「「「紗雪!!」」」


 涙が溢れ立ち尽くす紗雪に、母由紀子が飛びつくように抱きしめてくれ、後から父と兄は優しい顔で抱きしめてくれた。

 ひとしきり紗雪と共に泣き、もう一度紗雪をぎゅっと抱きしめた後、紗雪を夏樹に渡すと母、由紀子は卜部一家に土下座をした。


「お母さん?!」

「全て、全て私と従姉妹の責任でございます。知らなかったで許されることではないのは重々承知しております。」

「由紀子の責任であるならば、夫であり同じく水卜を名乗り卜部の傍流とはいえ流れをくむ私にも責任はあります。

 私ども夫婦は全て覚悟の上で本日参りました。

 ただ、水卜のことも卜部のことも知らなかった夏樹だけはご容赦いただけますよう、平にお願い申し上げます。」


 そう言って父も土下座する。両親は芦屋から紗雪のこと、紗雪の予言を聞いて事態の深刻さに顔色を無くしたという。そして、愛娘はきっと保護してもらえるだろうが、息子はどうなるか分からないと悟り命を賭しても守らねばと。


 驚きで涙が止まった紗雪が無意識に葛木を見ると、困った顔で頷く。「大丈夫」と言うように紗雪の頭を撫でると卜部家当主、徹に視線を向ける。


「直接会うのは初めてだね。卜部の今代当主、卜部徹です。こちらが妻の美幸。」

「卜部美幸です。水卜さん、どうぞ顔を上げてください」


 涙にぬれたまま、拭うこともせず母由紀子が顔を上げると、目の前に来ていた美幸が優しくハンカチで涙を拭う。


「な、なぜ……」

「だって、貴女は何も悪くないもの。それに紗雪さんを見れば大切に育てられたのが良く分かりますわ。

 紗雪さん、ご家族のこと、大好きでしょう?」

「っはい!母も、父も、兄も、みんな大好きです!!」

「ほら、お子さんを泣かせてはいけませんわ。

 ご両親の命の代償で生き延びても、ご子息も辛いだけだし、私も徹もそんなことを望みません。

 だから、立ってくださいな?」

「あ、ありがとうござぃ……」


 最後は言葉にならず、母はただ涙が溢れ、父と夏樹に支えられ、ソファーに座らせられた。

 卜部一家も反対側のソファーに座り、ようやく落ち着いて話ができた。改めて叔母については知っていることは大半聞き出したが、このまま無罪放免にはできないこと、どうなるかは決まっていないがどうなったとしても気にすることはないことを伝えられた。

 そして叔母の実家にはそれなりの処罰はあったが、それは叔母奈美の行動に怪しい動きがあったのに放置したためだ。

 卜部の血は鬼の餌として非常に有効なので、厳しく罰せられる。

 紗雪の家族である水卜家は両親共に卜部の流れは汲むものの、能力はほぼないに等しく一般人として生きてきたため情状酌量もあり今回は罰せられない。一般的にいう【霊感がある】という詐欺紛いの霊媒師や【幽霊が見える】という一般人とほぼ変わらないので紗雪の能力に気付くのは無理があった。

 ただ、【霊はいる】ということを知っているため、怖がる娘にお守りを従姉妹にお願いしていただけだった。とはいえ、紗雪はもしかしたら能力が高いのかも?と由紀子が思い始めた矢先に葛木が訪れたのであった。


「奈美さんは、幼い紗雪さんの身体に負担になるのも構わず能力封印をかけていたようなのよ……。

 だから5歳での健診でも何も言われなかったでしょう?

 紗雪さんの能力を封印していなかったら確実に引っ掛かり、卜部に連絡が来たでしょうからね。」

「紗雪ちゃん、あなた赤いピアスをしていたでしょう?アレよ。」

「えっ……。あれ、お守りじゃなかったんですね。」

「ある意味、お守りにはなっていたわ。あなたの能力を封じることで、鬼たちの興味を惹かせなかったからねぇ~。

 そこだけは、あの女の手柄だけど……。」

「なにかあったんですか?」

「うん、あったけど、こちらの話しよ。」


 そうにこっと笑っていう葛木に、紗雪は大人しく引き下がった。

 その後は和やかに話が進み、水卜家は卜部に近しい場所に生活の場を移すことになった。それは彼らを保護するためであり、紗雪への人質として捕られないようにするためでもあった。

 同時に、子供たちは親戚同士として交流をさせようと。夏樹も弱いながらも能力はあるようで、少なくとも自衛手段は学んだ方がいいだろうとの判断もあった。


 隼と夏樹は意外と早く打ち解けていて、そこに渉も混ざりに行っていた。紗雪が3人を眩しく見ていると、横にスススッと幸江が寄って来ていた。


「紗雪さん、改めてこれからもよろしくね?」

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします。」

「もうっ!固いなぁ~ 紗雪さんのほうが年上なんだし、もう少し砕けて欲しいな。ダメ?」

「ふふ、ありがとう、幸江ちゃん。私ね、妹欲しかったから嬉しいな。」

「うん、私もお姉ちゃん嬉しい。隼兄さんは優しいけど、女の子同士のお話しはできないでしょ?」

「まあ、そうね。今度女子会もパジャマパーティーもしないとね」


 そうクスクス2人で笑っていると、葛木も目を細めて楽しそうにする。


「女子会いいわねぇ~。でも、それだとアタシは入れないわね。」

「もちろんダメですよ!葛木様にはまだ紗雪ちゃんを渡しませんからっ」

「えっ?」

「まあ、幸江さん……言うようになったじゃない。アタシに勝てると?」

「葛木様、紗雪ちゃん、非っ常――――に!!懐にいれた人に甘いんですのよ?」

「知っていますわ」

「しかも、年下には激甘なんですの。……わたくし、泣きつきますわよ?」

「へえ……?」

「えっ?!ええっ?!?!!」


 葛木と幸江が睨み合うのを隼と夏樹は冷や汗をかきながら見守っていた。渉は蛇とマングースが睨み合うような、いやもっと恐ろしい巨大怪獣同士の睨み合いに恐れをなし、両親の元へ逃亡済みだ。

 卜部夫妻はのほほんと、水卜夫妻は青くなってオロオロしている。葛木の側近である芦屋は我関せずで無表情だ。

 紗雪は切実にストッパーになりそうな有希姫を探したが、残念ながら居なかった。


「なあ、お前の妹、強者(ツワモノ)だな……」

「ああ、俺も知らなかったよ。」


 2人の睨み合いは紗雪がキレ、「これ以上喧嘩続けるなら2人共口聞きません!!」と叫んだことで終息するまで続いた。

読んでいただきありがとうございます。

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