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紗雪が幻術の魚と戯れている頃、葛木清一郎は式神の報告を聞きながらイライラしていた。
武術大会を目前に控え、関係各所との連携や会場の警備強化などで忙しく、もう1週間も紗雪に会いに行けてなかった。しかもここに来て、九十九の若手が喰われていた事が発覚し千姫が3人捕縛。2人は既に死亡、1人は洗脳もされずに間に合ったが、マーキングされていたことが確認取れた。
そして、3人が捕まったと同時に姿を消した護りでが数人。間違いなく鬼の手先、または成り代わりだろう。
なまじこちらの手の内の者を乗っ乗られているので対策が難しい。問答無用で切り捨てるのも、情報を引き出さなけれぼいけないことを鑑みると難しい。
亡くなった護りての魂から少しでも情報が取れないか卜部もまた協力している。
そんな殺伐とした現場の中、葛木の癒しは式神からの紗雪の報告だったのだが……。式神からの報告は葛木のささくれだった神経を更に逆なでするものだった。
これはちょっと物申してもいいだろうと、割とかなり自分勝手な結論に至り、同じく武術大会の準備に勤しんでいる物部の元へと苛立ちも隠さずに向かう。
「ねぇ、物部…… ちょっといいかしら?」
「ああ? なんだ、こっちはいそが……
って、てめぇ、ちょっと待ちやがれ!!いきなりなにしやがる!!」
殺気に思わず避けて振り向くと、後ろにいた葛木の手には小振りのナイフがあり、目には剣呑な光が宿っていた。殺されることはないが、相当苛立っているのが分かると同時に物部なら避けるだろうと手加減もされている事が分かる。
「あらぁ、惜しい。アタシの気晴らしにその長ったらしい髪をサッパリさせてあげようと思ったのに。」
「なんだとっ!てめぇの方が髪は長いだろうが!!」
「そう言われればそうね。
……うん、そうだったわ。このままじゃダメだったわね、切りましょう。
物部、たまには良いこと言うじゃない。たまには!」
一人でブツブツ言いつつ、一変して機嫌良くなった葛木がウキウキと手を振りながら歩き出すのに周りは圧倒されつつも、何事も無かったことにホッとしていたのも束の間だった。
「ああ、そうだ。多部祐希、余りに目障りだと消すから♡」
「なんだと?!
あいつは俺が可愛がっている一番弟子だと分かってての発言だろうな?」
「アンタの一番弟子だろうと、気に入らないものは気に入らないのよ。
アタシのモノに手を出すなら覚悟しろよ?それだけだ」
「てめぇの……?」
「じゃあね、それだけよ〜」
今度こそ葛木が去って行き、多部が何をやらかしたのかと物部は急いで卜部へと連絡を取る。このタイミングで内部分裂は良くないし、葛木を敵に回す気は物部には一切ないので誤解は早く解いておきたい。
「おう、俺だ。悪いな忙しい時期に。
時間が無いから単刀直入に聞くが、うちの多部はなにか葛木を怒らせるようなことを仕出かしたか?」
「やあ、忙しいのはお互い様だから気にせず。
多部くんは、日々紗雪の訓練に勤しんでくれていますね。なにも問題ないし、葛木くんはそもそもほぼ来てないのですが……。
ちょっと待って、白妙何か白藤から聞いてないですか?」
『葛木様でございますか?我が君から特には何も伺っていませんが……。
そうでございますね。葛木様は常に紗雪様の様子を式に見張らせていますので、訓練の様子は全てご存知かと思いますわ。』
「つまり……?」
『まあ、やぼですこと。妬心でございましょう?ええ、そうですわ。
葛木様は独占欲の強い妖狐の血を引くお方、危険のある訓練を主導なさる多部様に効果的と分かっていても許しがたいのでしょう。あのお方の性質なら、紗雪様を真綿でくるんで守りたいお方でしょうから』
必要な事は話した、と白妙はそのまま去って行き、残された卜部と物部の間にはなんとも言えない空気だけが残った。
「そういや、多部の奴は実施訓練させているんだったな……。ちなみに紗雪さんの見た目は?」
「多少の色合いは異なりますが、白藤に近い雰囲気ですね。
私や美由紀そっくりの顔、亜麻色の髪に亜麻色の目だが、力を使う時だけ見事な藤色になるのが印象的です。
……紗雪を見つけてくれたのが葛木くんでした。」
「あーーー…… 悪い予感しかしないんだが。大分、いやかなり綺麗なお嬢さんなんだろうな。」
「まあ、本人に自覚はありませんが、人目を惹く容姿はしてますね。
葛木くんなら容姿も問題ありませんし、全て実力のみでも他社を排除できるでしょうから、大丈夫でしょう。」
「あいつは必要ならいくらでもあくどい手を使うだろうが、不正はしないだろうしな。少なくとも紗雪さんと白藤の君の前では。
こうなると多部が、既婚者で良かったわ……マジで自分の采配に感謝だ。」
2人の当主たちは正確に状況を把握し、ある意味現在最強と呼ばれつつもやる気がなかった寝ていた獅子が起きたのなら今後の戦いを見据えると悪い事ではない。だが同時に非常に扱いにくい、言うことを聞かない暴れ獅子でもあるので、紗雪の手腕に期待したいところだった。
当主2人が頭を悩ませている本人は機嫌良く行きつけの美容室へと向かっていた。
「湊、有希姫の状態はどう?」
「姫様曰く、明日には完全に整うと。」
「そう、間に合ったのね。ふふふ、これで準備は全て整ったわ。
それで、捜索の方は?」
「九十九が卜部の協力を得て、なんとか捕獲したようです。幸いなことに被害者も増えることなく、巫女たち予測も安定したようですが、姫巫女や紗雪様の表情はすぐれないようなので警戒だけは続けた方が良さそうです」
「白藤の君も紗雪ちゃんも警戒は解いてないと、いやぁね……一波乱ありそうだわ~。」
「清一郎様が愉しそうで何よりでございます。」
「湊、アタシは面倒事はまとめて片したいだけよ。」
「失礼しました。」
「鬼も人も分不相応にアタシの番に手を出す奴らを纏めて擂り潰したら、きっとスッキリするわよねぇ〜♪」
「白藤様は兎も角、紗雪様にはくれぐれもバレないようお気をつけ下さい。
今、とても凶悪なお顔をされてますよ。」
「そう言うな、湊。これでもかなり我慢しているんだ。」
「存じ上げております。しかしながら、普通の女性であれば怯えましょう。」
「そうだな、普通の女であればな。
紗雪は大丈夫だ、彼女なら受け止めてくれるだろう。根拠はないがな。」
そう言って嬉しげに笑う主人に驚きを隠せない湊は、それでも機嫌の良い主人の邪魔をしないようそっと控える。
武術大会はもう目の前に迫っている。
暗雲立ち込める状態ではあるが、主人ならどうにでもするだろうと湊は気にしない。それよりも主人である葛木清一郎が堂々とその手に番を手に入れる時はもうすぐであることが喜ばしい。
側近としてはその後の段取りを問題ないように進めておくのみだ。
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