11
「つ、疲れたぁ……」
そう吐き出しつつ、紗雪は借りている部屋のベッドへと倒れ込んでいた。
4~5日前に卜部より結界の訓練前に未来予測は絶対にしないように、と強く注意された翌日より多部の訓練が厳しくなっていた。
「水卜さん、余裕ありそうだから今日からは少しペース上げようと思います。」
そうイイ顔で宣言され、本当にハイペースになった。
「ちょっと厳しくないですか?!」とクレームしても全然気にする様子もなく、「ほらほら休まない」と更にペースを上げられる。
紗雪がへばるようになってくると、体力が足りないとランニングに柔軟、筋トレまで追加され、昨日から実戦だと小物とはいえ鬼の封印や結界での捕縛が始まった。
鬼とはいえ悲鳴をあげられると怯んでしまう紗雪に多部は容赦なく叱責し、声が煩わしいなら音を遮断しろと言われ、試したら非常に効果的だった。
鬼と対峙する事が増え、直に視る鬼は物語や昔話にあるような醜悪な見た目をしていることに改めて驚いた。
これが異界、別世界に生きる人なのかと思うと地獄かな?と思ってしまうが、反面有希姫や白藤のように美しい存在も居ると思うと謎は深まる。
何はともあれ、明日は多部との訓練はお休みで久々に未来予測を白藤の元で行う。
それはそれで疲れるので、早めに休もうと決めた紗雪は入浴と食事を済ませると早々に寝てしまった。
眠る紗雪の部屋の外、丑寅の方角に当たる木には夜闇に紛れるように一羽の烏がいた。
烏は一声鳴くと、黒い瞳が朝焼けのような紅茶のような赤とオレンジの中間の不可思議な色に変わる。左右を見渡し満足するとまた一声鳴いて飛び立って行った。
翌朝は良く晴れて、長袖1枚が気持ちいい秋晴れだった。
そろそろ11月に入り寒くなっていくだろうと感じさせる天気だが、最近は暑さが異常だったので少しホッとできる季節はありがたい。
「かかさま、おはようございます」
「おはよう。今日も早いのう、紗雪はほんに勤勉で妾は誇らしい」
「かかさまは私に甘すぎですよぉ」
「ほほ、では紗雪に甘い妾は頑張る吾子に褒美を用意しておかぬとなぁ。」
「ええっ?!かかさま?」
「今日のお勤めが終わったなら、妾とお茶をしてくれぬか?」
「はいっ!楽しみです!」
紗雪は定番となった藤の大木の下、敷物に早速横になる。
意識を外に向けるのにも慣れ、迷うことなく下へ下へと沈んでいく。様々光景の断片がぼんやりと多数通り過ぎ、一番下へとたどり着く。
薄らと明るい音のない場所。木に実が成るように大小の未来が浮いている。
紗雪はその実のような未来をもぐことは出来ないのが、ある意味もどかしい。だが、見ることが出来るだけでも対策は可能だ。
大きな実は近い未来、小さい実は遠い未来。光が、存在が強いほど可能性が高く、淡いものは可能性が低い。
あの赤い未来は、まだ、在る。
絶対に避けなければならない最悪の未来。
紗雪は今はまだ小さい赤い実から目を離し、大きめの実を確認していく。
もう後3日ほどに迫っている武術大会、その大会の未来が不安定なのだと紗雪以外の巫女たちが言うのだそうだ。
大会には将来有望な護りてたちと、紗雪の家族も来るため、なるべく対策を取るために紗雪に依頼が卜部から来たのだった。
『それに、あの人の顔を確認できるかもしれない』
未来の自分はその人を信頼しているように見えたから、早く信頼関係を築いておきたい。
いくつかの実を覗くが特に異常は見当たらなかった。勝敗が多少異なっていたが、どれも葛木が順当に勝ち上がっていた。
10個ほどの実を確認して巫女たちの予測違いだったのか?と思った時に違和感があった。
一見するとこの未来も普通に武術大会が進行しているだけだった。
何が違うのかとよくよく見比べると、あるアクセサリーを着けている人が違った。
同じものが複数あるのか、と思ったが身につけているのはいつも一人だった。同じ家門の者でも無さそうだ。
そして、何よりそれはイヤーカフだったり、指輪だったり、人によって形を変えていたが、同じ嫌な気配がした。
武術大会への影響はないようだが、嫌な予感しかしないので紗雪はそのアクセサリーを着けていた参加者たちを白藤に見せた。
白藤は眷属の視界を共有でき、伝達もできる能力を活用して監視網を張る。紗雪が確認できそうなのはここまでだった。
身体に戻る時はいつも少し気怠い、と思いつつ目を開くと白藤が穏やかに笑んでいる。
「ただいま」
「おかえり、紗雪。お手柄じゃったのう」
「ほんと?アレが何か分かったの?」
「恐らくの。徹が厳しい顔で指示を出していたから、心配はない。
さあ、頑張った紗雪は妾とゆるりと過ごそう」
楽しげな白藤に手を引かれ、紗雪も嬉しくなる。
向かったのはそれは不思議な光景の大部屋だった。
部屋自体は旅館の宴会とか食事に使うような広い和室。その部屋の空中を半透明に輝く小魚が群れを成して泳ぎ、大小の光が舞う。
まるで光の水族館のような幻想的な風景が広がっていた。
「凄い!綺麗〜!
かかさま、この魚はどうなっているの?」
「ふふ、妾の吾子は愛いであろう?
千姫、この子が紗雪じゃ。紗雪、こなたが千姫、九十九の姫じゃよ。」
「はっ、はじめまして!すみません、お恥ずかしい姿を……」
「構いませんよ。白藤と有希姫からあなたの話しを聞かされて、とても会いたかったの。
はじめまして、私は九十九の鬼姫で千姫と呼ばれているわ。
九十九は夢を追いかける一族故に夢を操るのよ。」
「は、はい…… お名前だけ、とても強い護りての一族と」
「ありがとう、うち子たちが聞いたら喜ぶわ。
この魚もね、私の能力で生み出している幻影なの。でも触れるわよ?」
「ほんとだ!すごい……可愛い」
白藤と千姫は魚と戯れる紗雪を愛おしそうに眺めつつ、視線を交わす、
「白藤、あの映像の信頼度はどれ程なの?」
「かなり、じゃな。こなたには辛かろうが、既に時間がない。
もっと早くに分かれば良かったのじゃが、許してたも」
「あなたのせいでも、卜部のせいでもないわ。
分かっている、私たちはこの千年で気が緩んでしまった。あの子たちは私が必ず。」
「妾も紗雪と共にまた潜ろう、二度と、二度とあの子を奪わせぬ為にも……。
千姫、よろしゅう」
「もちろんよ。
あなたの愛娘に会えて良かった、本当に真っ直ぐで可愛い子。大丈夫、あの執着心の塊が本気になっているんだもの、何があっても守ってくれるから、あなたも最後まで諦めないのよ?」
「ほほ、みなにこんなに愛されて、あの子は幸せよのう。
妾も、一目会えればと思っていたけど、もっと吾子を見ていたいと欲が増えてしまった。……無論じゃ、妾は生き延びる。
そして紗雪の孫まで見届けねばのう?」
「ええ、その通りよ。では、またね。」
千姫は眩しそうに紗雪を見ると、こちらの視線に気付いたのか手を振っている。手を振り返して、そのまま千姫は広間を出て本宮の出口へと向かう足取りは重くなる。
脳裏に浮かぶのは、数人の若者の顔。それは全て千姫の大事な九十九の一族の若手の護りてだった。将来有望な子ばかりであることが歯がゆいが、こんな所でリスクを抱える訳にはいかない。
既に物部には千姫と九十九の当主、馨から依頼を出し護りてである若者たちは捕縛してある。悲しい事に、鬼用の捕縛結界にて捕縛できてしまった……1人を除いて。1人だけでも無事だったことを今は嬉しく思い、身内を汚した者への報いはいつか必ず!と悲しい怒りに燃えながら千姫は九十九の本家へと急ぐ。
惡羅が再び襲来するまで、あと2年とちょっと……。
読んでいただきありがとうございます。