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葛木の訪問の後、紗雪は卜部が呼んだ物部の指導を受けて結界や護身術の指南を受けていた。
白藤の血縁となる紗雪や卜部は感能力が高く、対象と同調できるため神降ろしや時の流れに沈み未来予測を可能としている。
同時に木々が根付くように、自分を中心とした護りに特化した結界も得意としていたが、紗雪は珍しく攻撃に特化した結界の素質が高かったため、物部が指導することになった。
攻撃性の結界は敵を封じ込め、滅する為のものだ。単に行動を阻害するものから、弱体化、更には文字通り封印し閉じ込めるものまで様々だが、物部曰く紗雪は卜部の感能力を使って対象に合わせた結界特性を調整出来るという。もちろん、封印も可能だ。
卜部徹は紗雪が指南を受け始めて3日ほど経過し、紗雪の指南をしている物部の一番弟子だと言われた多部祐希から進捗の報告を受けていた。
物部の言っていた通り、能力は高いが気難しい青年だった。
「水卜さんは結界は現状彼女の感情、メンタル状況に非常に左右されやすいですが、概ね敵の妨害は可能になりました。
もう少し制御が可能になれば大抵の鬼は問題なく封印まで出来るようになるかと思われます。ただ、精神面の弱さが致命的で、ムラが多いですね。つい先日まで一般人として過ごしてきたのを鑑みれば仕方ないのかもしれませんが、危険です。」
「本日も紗雪の指南、お疲れ様です。
それにしても多部君は良く見ながら指南をしてくれて助かります。」
「ありがとうございます。
このまま訓練を重ねれば、武術大会までにはある程度仕上がるかと。
彼女の護りの呪具も明日より使い方を訓練始めます。」
「ふむ、承知しました。ところで、紗雪は君の目にはどう映っていますか?」
「正直に申し上げても?」
「勿論です。」
「今時の甘ったれたクソガキが自分の能力を持て余して翻弄されている認識です。
能力が白藤の君より高いとは現状思えませんが、『誰でも1人だけ超強化できる』という危険性への実感がないのが一番致命的ですね。
彼女の死=こちらの世界の半壊に繋がるのに危機感が全く足りてません。」
「なるほど」と答えつつ卜部は違和感を感じていた。紗雪は何度も鬼に殺され、惡羅にも5回目で遭遇して、恐怖を覚えている。
また、白藤の死を回避するために、危険性のある未来予測を何度も行い、細い蜘蛛の糸のような僅かな希望を掴んだ根性と努力を備えた娘だ。
「ちなみに多部君は視るのは得意ですか?」
「特に得意と言うほどではありませんが、呪の感知は慣れています。」
「では魂魄や妖気、霊気の感知はあまり得意ではないのだね。」
「はい、未熟ゆえ、申し訳なく。」
「いや、責めているのではないよ。得手不得手はあるからね。
ただ、ふと紗雪が未来予測を行う状態を見ての判断も入っているのかもと思ったのでね。紗雪の未来予測は魂魄を時の流れに沈めて行うのです。」
「はっ?!魂魄のみで、ですか?」
「そうです。そして、その未来予測の正確性は異常な程です。
分かりやすい比較をすると、当代巫女姫たる私の妻美由紀は、白藤の眷属でも上位の鬼である白妙の力を借りて出来る未来予測が数ヶ月後まで。
ここ数年、未来予測は非常に困難で可能性の高い未来を見つけるのも大変だと言われています。
それに対し白藤の守りがあるとは言え、紗雪は己の力のみで時の流れに沈み、数年先を見てくる。そして直近数ヶ月に関してはほぼハズレ無しなのです。
外れといっても、座標が数キロ程ずれた程度なのだから恐れ入る。」
「……で、では、もしや白藤の君に守られて眠っている時は?」
「その通りです。未来予測で魂魄が留守の状態でしょう。
これは、まだ口外しないで欲しいのだけど、惡羅との対決の際、当主陣はほぼ居ないようなのです。
その理由を求め、紗雪は今も日々時の流れに沈んで原因と対策を進めている。
そして、ほぼ確定事項として、東京は広範囲を破壊される。物部や葛木、九十九全当主で対策を検討しているが、紗雪の予測は変わらない。
多少の差はあるが微々たるもので、1番効果的なのは紗雪が程々の距離に避難する事でした。遠すぎると紗雪を誘き出すために惡羅はむしろ東京を破壊するようで……。」
多部は白藤に膝枕され、眠っている紗雪を思い出しつつ、だからあんなにも白藤の眷属が守りを固めているのかとようやく理解した。
単に白藤が我が子の生まれ変わりを甘やかしているだけだと、そして起きてからも訓練中に疲れているような態度から何を甘えているのだと内心腹を立てていた。
だが魂魄のみで術とは、精神力のみで行使するものだけに、身体の疲労は無いだろうが精神の疲労は半端ないだろう。そう考えると、良く訓練出来ていたな、と冷や汗がでる。
道理でムラもあると、未来予測を直前にしていたかどうかで疲労度は違うだろうから、集中力にも影響があるだろう。その中あそこまで出来るなら、もっと行けるな、と内心でほくそ笑んだ。
「卜部様、自分の勘違いへのご指摘ありがとうございます。
私は水卜さんへの偏見がありましたので、以後気を付けたいと思います。」
「誰でもミスはあるし、紗雪にも訓練前は控えるように言っていたので、あの子も悪い。そこに関しては私から指導します。
手間を取らせて申し訳ない。ただ、紗雪が多部君の指導は分かりやすいと言っていたので、このまま続けてもらえると助かります。」
「勿論です。是非このまま継続させて下さい。水卜さんは鍛えがいがあります!」
何か不味いスイッチ入ってないか?と思いつつも、卜部は「まあ、いいか」とそのまま受け入れた。
生きるか死ぬかの護りてたちは、スパルタ位で丁度いい。それは紗雪も含めて。
むしろ、紗雪は死んではならないのだから尚更か必要だな、と思い直した。そして、多部が恐らく明日からは厳しくなるであろうことを予測しつつ、にやりとしていた。
一方本宮では、紗雪がクシャミをして白藤の過保護スイッチが入っていた。
「クシュン」
「おや、風邪かえ?誰ぞある、紗雪に温かいものを!」
「えっ、大丈夫だよ?」
「万が一があってはならんのでな、紗雪今日はもう部屋へ戻りますぞ」
「かかさま?!」
白藤の眷属たちに「はよう、はよう」と抱えられるように自室へと連れ帰られ、蜂蜜生姜に手足のマッサージで血行を良くし、そのまま寝かされてしまった。
翌朝過保護な母は大変だ、とこっそり紗雪は思いつつ、しっかり寝てしまっていたので疲れていたのかもな?とスッキリした顔で起床した。
読んでいただきありがとうございます。
やはり、当面2日に1回ほどの更新になりそうです。よろしくお願いします。