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12月の中旬、はらはらと雪が舞う日に生まれた事から紗雪と名付けられた、水卜紗雪は、特に目立たない普通の毎日を過ごす普通の女子大生として生きていた。
そこそこ恋愛して、バイトして、大学に行く。
どこにでもいる普通の女子大生。
大学自体もいわゆる6大学のワンランク下の可もなく不可もない、まあ悪くない普通の大学。
つまり、特に目立つものがない、THE没個性だった。
そんな紗雪には普通じゃないものが2つあった。
それはどこからか聞こえる「声」。
人ではないものの声がふとした瞬間紗雪にだけ聞こえている。その内容は様々でいい内容もあれば、悪意に満ちていて聞こえるのが辛いものまで多種多様だった。
「声」も1種類だけではなく、その時々だったので、最初は何が聞こえているのか分からなかった。
いわゆるテレパス的な誰かの内心の声でもなさそうで、でも紗雪には話している本人は視えない。
そして、もう1つは…… 恐らく、としか言えないが紗雪が「今」を生きるのは2回目以上のはずだ。
良くある、既視感と言うには正確過ぎる事が何度となくある。
とは言え、全てを覚えている訳ではなく、何かが起きた時にふと「ああ、次はコレが起きるな」と言うのが確定した事実として認識されるのだ。
そして、それは外れた事がない。
自分ですら気味が悪く、誰にも話せなかったので、未だにこの事は紗雪以外は知らない。
勿論、何故自分が人生を繰り返しているのかは分からない。恐ろしいのは、それが2回目とは限らない事。
思い出すパターンで、分岐が2~3ある場合があるのだ。そして、このパターンなら次はコレだと想定できる。
未来はまだ確定しているようで、していないのかもしれないと実感できる。けれども、出来るならば知りたくは無いものも多く知ってしまった。
そして今、紗雪は困った状況にいた。
目の前の美しいとか、麗しいとしか表現しようのない人は獲物を前にした猫科の狩人のごとく鋭い視線を紗雪に向けている。
なんでこんな事になっているのだろう。
紗雪の思考はこの一言に尽きた。
◇◆◇◆◇
大学からの帰り道。
風の気持ちいい秋晴れだったので、珍しくイヤホンもせず大学の近くの欅並木のある商店街を歩いていた時だった。
「ごめんなさい、そこのあなた、少しいいかしら?」
ハスキーな声に振り返ると、紗雪の目の前にまるでモデルのような長身の美女としか形容出来ない美しい人が紗雪を見ていた。
長い髪は奇麗な亜麻色で、緩く編まれ、ほつれ毛まで色っぽい。切れ長で大きな二重の瞳は柔らかく、艶やかな唇も優しく笑んでいる。服装はシャツとロングスカートにストールとシンプルだけれども品良くまとめている。
思わず見惚れていると、小首をかしげる。そんな仕草も麗しい!と思いつつ、なんとか返事をしなければ、と紗雪は慌てて答える。
「わ、たし、でしょうか?」
他の人じゃないの?と左右を見渡すが、美女はそのまま紗雪に近づく。
「ええ、急にごめんなさいね。 髪にゴミが絡んでるのが気になってしまって。
ちょっと失礼。」
そう言って紗雪の髪の近くを摘んだ瞬間「ギィアアアア」という断末魔と呪詛の声が耳元で響き、思わずビクリと身を竦めてしまう。
しまった!と気付いた時には、紗雪を見つめる美女の目には剣呑な光が宿っていた。
「へえ? ねえ、あなた、時間ある?あるわよね?
アタシ、いい喫茶店を知ってるのよ〜」
断ろうにも声が出ず、腕を取られそのまま少し離れた喫茶店へと連れて行かれてしまう。
何か上手い言い訳を、早く逃げなければと思うのに、掴まれた腕はそんな力は入っていなく、キツくもないのに振りほどけない。紗雪の気持ちばかりが焦って行く。
着いたカフェは落ち着いた雰囲気で、こんな状況でも無ければいいお店を知ったと喜んだのだが……。
向かいに座る美女は感情の読めない笑顔でマスターに注文をしていた。
「マスター、アタシはいつもの珈琲、特製ブレンドね。あなたはどうする?」
「え、えと、出来れば紅茶が……」
「アイス?ホット?」
「ホットでお願いします。」
「マスター、この子はホットの紅茶ね。アッサムのミルクティーがいいわ。」
アッサムのミルクティー、それは紗雪の好きな紅茶だった。
けど、そんな話しはしていない。
「うふふ、ようやくアタシに興味を持ってくれたかしら?」
「え、ええ…… 色々、気になります。」
「素直でよろしい。とりあえず、飲み物が来るまでに自己紹介だけはしましょうか。
アタシは葛木清一郎。」
「えっ?!」
「そういう素直な反応いいわぁ。
そう、アタシはれっきとしたオトコよ。」
「めっちゃ美人なのに……」
「ふふ、ありがとう。
これは趣味。だって男の服って可愛くないし個性が無いんだもの。
それに、アタシにこの格好似合うでしょう?」
「はい、10人中100人振り返る絶世の美女です!」
「ちょっと!増えてるわよ!」
「通行人が通行人を呼ぶので!100人位余裕で集められる麗しさです!」
あ、美人って目をパチクリしてるのも絵になるんだな〜、なんて呑気に考えていた紗雪に葛木が破顔する。
「ぷっ…… あはははは!あなた良いわぁ、凄い可愛い。」
大笑から一変、葛木にネコ科のような獰猛な雰囲気が戻り、緊張で紗雪の背筋が伸びる。
目を逸らしたいのに、逸らせない緊張に身体が強ばり動けない。
「うふふ、そう無意識でも判るのね。
正解よ、アタシから【目を離してはダメ】。可愛いお嬢さん、アタシの質問に答えてちょうだいね。」
逃げたいのに、動けない。
どうして、こうなった……。
紗雪は緊張と恐怖から血の気が引いて行くが、目の前の葛木と名乗った美女から目が離せず動けない。
「大丈夫、取って食いはしないわよ。
ただ、【教えて欲しい】のよ、あなたはだぁれ?」
「……」
声が出ない。
答えちゃ行けない気がする。私の身体が勝手に答えようとするのを止められないのに、声は出ない。
「ふぅん、そう。じゃあ、もう一度聞くわね?
【答えて】あなたは誰なの?」
今度こそ、口が勝手に話し出す。
「わ、私は…… 紗雪。水卜紗雪」
「そう、いい子ねぇ。
紗雪ちゃん、あなたは何処から来たの?」
「……? 東京、出身です」
「うーん、残念。ここの話ではなく、あっちの話よ」
「私は…… 東京しか、知らない……」
「ええ?! 待って、⬛︎⬛︎⬛︎とか○▷▶︎▷とかに聞き覚えは?」
「よく、聞き取れません。な、んでしょうかそれは」
「嘘でしょう?!でも術は完全にかかっているし、まさか……」
葛木がああでもない、こうでもないと独り言を言っているのを聞くともなしに聞いている内に、段々と紗雪の意識がハッキリして来る。
気付かれないように逃げなければ、とそっと身体に力を入れた瞬間、またしても視線が合う。
見ちゃいけないのに、と思いながらも動けない自分に内心で文句を言っていると真横を何かが高速で通り抜けた。
スッパーン!!
と、割と大ぶりのハリセンが葛木の顔を直撃し、葛木が崩れ落ちた。……痛そう、と思いつつも呆気に取られて紗雪は動けなかった。
「このド阿呆!!」
そう葛木を叱りつけて仁王立ちするのは、可愛らしい見た目の少女だった。
新作を始めました。
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