2 友人との楽しい休日
「ーーーーということが昨日あったのよ…」
今日は休日なので友人のセオと会っている。
私には、お気に入りで通っている街の定食屋がある。
セオはそこの息子さんで、私と同い年だ。
学校から近いこの街は、治安も良く私も歩きやすい。
とても居心地の良い街だ。
私は学校に入学した頃から、
休日に街を散策して美味しいお店を探すのが趣味だった。
この定食屋さんも、その時に発見したのだ。
何回か通っているうちに、セオとも話すようになった。
ランチタイムも過ぎ、少し前から落ち着いたので
カウンターの端の席を陣取り、
モヤモヤとした心の内を吐き出していた。
***
話すつもりなんて無かったのに…。
いきなり「なんか悩み事?」なんて、
ピンポイントで訊いてくるんだもの…
セオが鋭すぎるのよ!
セオは相槌を打ちながら、最後までちゃんと聴いてくれた。
何故か、複雑そうな表情で言われる。
「ん〜。考えようによっちゃ、愛されてんじゃないか?」
「うーん…。多分…あれは違うと思うわ」
ミアは浮かない表情になる。
「何で?」
セオは首をかしげた。
ミアは言葉を選ぶように、思案しながら言う。
「あれは…ただ私の事を管理したいだけよ!
彼自身が、悪い気分になりたくないから…」
ふむ…と顎に手を当て、
「…なるほど」とセオが気遣わしげな顔になる。
「私だって夜にはちゃんと休まないといけないなんて、
それこそ子供じゃないのだからわかってるわ…」
テーブルの上でギュッと手を握りこみ、
ミアは悔しそうに言う。
時々私が夜更かししているのを知っているセオは、
子供を見るような目で見てくる。
「ん」
手元のグラスにオレンジジュースを入れて、
手渡してくれる。
ひと口飲むと、爽やかな酸味と甘味で、
気分が少しスッキリする。美味しい。
ホッとして、ついポロッと言ってしまう。
「でも…それでも読み出すと止まらなくて…!
気がついたら明け方だったのよ!」
面白すぎる本にも責任を問いたいところだが…
それは八つ当たりというモノだろう。
ん?とセオがくいつく。
「明け方?それはもう『ちょっと寝不足』じゃなくて、
『ほぼ徹夜』なんじゃないか?」
ミアの目が泳ぐ。
嘘をついたのがバレてしまった…。居心地が悪い。
誤魔化すように、
オレンジジュースを追加でもうひと口飲んだ。
「だって…正直に言ってしまって、
彼がもっと注意してきたら…本当にキレてしまうわ」
セオが呆れた顔をする。
「………」
セオの顔は整っているので、
どんな顔でもサマになる。羨ましい。
「心配だからって言われても、
やっぱり叱られたくはないもの…」
ミアは下を向き、ポツリと言い訳をこぼす。
「…まあ、そうだな…」
セオが、気の毒そうな表情で見てきた。
「……」
「……」
そんな重い空気を、
セオの明るい声がガラリと変えてくれる。
「…それより、その本どんな本なんだよ?
止まらなくなるんだろ?」
途端にミアの目が輝き、嬉しそうに話し出す。
「そう!そうなのよ!!主人公がとても強くて勇敢でね。
展開が早いし、続きが気になって気になって…
もう時間なんて忘れて読んじゃうの!」
「へええ、ミアが言うならよっぽどだな!俺も興味ある」
「そう言うと思って…」
ミアは、「じゃん!」と本を出して見せる。
セオの目も輝く。
「おお!」
セオの喜ぶ顔を見て、
ミアも嬉しい気持ちでいっぱいになった。
セオといると、とても楽しい。
「もうどーうしても読んで欲しくて…
一緒に語り合いたくて持ってきたの!
徹夜する必要はないんだけど、また読んでみて?」
「はいっ!」と渡されて、
セオが満面の笑みで本を受け取る。
「借りていいの?めちゃくちゃ楽しみなんだけど!」
楽しみで堪らないという顔で、
本を開いてパラパラとページをめくる。
「もちろんよ!その為に持ってきたんだもの」
私も、うふふと笑う。
ふと思い出したように、セオが言う。
「読書の趣味はなかったけど、
ミアが面白い本持ってくるから、
俺も自然と読むようになったんだよな…」
良いチョイスだった!と、
セオとの懐かしい話に二人の顔も自然と綻ぶ。
ニヤリと笑って、ミアが言う。
「字を読めるって聞いたら、
やっぱり面白い本を読んで欲しくなるじゃない?」
「そんで、『語り合いたい!』だろ?」
セオも同じくニヤリと笑った。
ミアはセオが読書仲間になってくれた時に、
大喜びした事を思い出す。
「そうなのよ!
感動を分かち合える友が欲しかったのよ!」
言い切ったあとで、熱くなり過ぎた…と気づき、
少しずつ恥ずかしくなってくる。
落ち着かない気分になり、手元のグラスをクルクル回した。
中のジュースが、ゆらゆら揺れる。
そんなミアの様子をチラッと見たセオは、
ニカっと笑って軽口をたたく。
「いや〜、
本を楽しむなんて高尚な趣味を与えてもらえて、
俺は本当にラッキーだよ!」
おかげでミアも調子を取り戻した。
ふふん!と笑って、言い返す。
「それは良かったわ。私も趣味仲間を得られたし!」
おかしくて、二人で笑い合った。
その時、手元の本に視線をとめたセオが、ふいに言う。
「…まあ倒れる程は、無理するなよ?」
ミアは一瞬目を見張った。
(同じ事を言われているのに、ダニエルの時と全然違う…)
「…わかったわ。ありがとう」
心がほんわかして…自然と自分を大切にしようと思える。
ーーーふと気づく。
あんなにトゲトゲとしていた気持ちが、
いつの間にか凪いだように穏やかになっている…。
「……」
私が胸に手を当てたまま固まったので、
セオが心配そうに見てくる。
「どうかした?」
「…ううん。また来週も来ていい?」
「…俺に会いに?」
セオがイタズラっぽく笑いながら、冗談を言った。
(!!)
冗談だとわかっているのに、ミアの心臓が早鐘を打った。
なんだか悔しくなり…
「…そうかもね!」と言って、フイっとそっぽを向く。
セオの笑いを堪えるような声が漏れ聞こえてくるが
熱くなった顔を見られたくなくて、
全力で気づかないフリをした。