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「彼女は妹みたいな存在で!」って、説明が通用すると思ってるの?

作者: もよん

『ごめん。

今日の舞踏会の約束だけど、リリノアが体調崩したみたいで、お見舞いに行くから行けなくなった。

すまない。また今度出かける日なんだけ』



 彼の家の下働きが、大急ぎで持ってきた手紙。

 そこまで読むと、メリッサは手紙を閉じた。


 メリッサとワグナーは今、婚約に進むかどうかを見極める、お付き合いの段階にいる。


 親を介しての紹介であったが、穏やかで優しい人柄のワグナーと、メリッサは付き合うことに決めた。



 ワグナーと付き合い始めて3ヶ月を過ぎたのだが。

 日に日に、彼は約束を反故にし、メリッサよりも別の彼女を優先することが増えつつあった。



『リリノアは妹みたいなものだから』



 もうそれは、ワグナーの口癖のようなものだった。


 メリッサは決めていた。

 もし、今日の舞踏会をワグナーがリリノアを理由に断ってきたら……。


 メリッサはペンを取り、手紙を書き始めた。








❖❖❖❖❖


「ワグナーお兄様!

リリノアを舞踏会に連れてきてくださって、ありがとうございます!

リリノア、すっごく嬉しい!」


「体調が良かったら、一緒に行こうと言っていたものね。今日はいつもより調子が良さそうで、僕も嬉しいよ」



 ワグナーとリリノアはひっつくようにして、舞踏会に参加していた。


 外はもう暗いが、会場は昼間のように明るく華やかだった。

 豪勢な場に浮かれてしまったのか、2人とも笑みがこぼれっぱなしだった。



「あらあら。

舞踏会に参加できるほど回復されたの?

病み上がりにはキツイのではなくて?

休まれた方が良いと思いますわ」



 その台詞が自分たちに向けられたものだと分かった2人は、動きが止まった。



「メ、メリッサ……」


「こんばんは、ワグナー。

お話があるから移動しましょう」









❖❖❖❖❖


 ワグナーとリリノアは、メリッサに連れられ、舞踏会が開かれている屋敷の一室に通された。



「舞踏会の主催者の方が、お部屋を貸してくださったの。ここなら静かにゆったり、話ができるわ」


「メッ、メリッサ……。これはその……」


「その前に、彼を紹介するわね。

彼はネミロ伯爵子息。私の弟みたいな存在なの」


「おっ、弟!?」



 ワグナーは驚愕した。

 誰とは聞けずじまいであった、メリッサの隣で存在感を放つ男。

 体に厚みがあり、身長も高く、ヒゲを蓄えた熊のような男を、弟みたいと紹介されたからだ。 

 メリッサは20歳だ。しかし、ネミロはそれよりも、10歳ばかりほど年上に見える。 



「な、何故彼と一緒に?」


「この舞踏会は、パートナー必須。

今日のお昼すぎに、いきなり行けなくなったとパートナーに言われた可哀想な私を、彼が助けてくれたの」



 ねぇーと、メリッサとネミロは顔を見合わせて頷きあう。


 ネミロの眼光は鋭かったが、メリッサと瞳が合うと、雰囲気と表情が和らいだ。

 彼がメリッサを好いているのは、誰の目にも明らかだった。




「そっ、それにしても、近すぎないやしないか?」



 メリッサはネミロに腰を抱かれ、その逞しい胸に頭を預けるよう、ソファーに座っていた。



「そう? 

彼は弟のような存在だから、別にこのくらい近くても、普通だと思うけど」


「でっ、でも!!」



 仮にも僕たちは付き合っているじゃないか!

 ワグナーはそう言おうとしていたのを、慌てて引っ込めた。



「でも?

リリノア嬢がしがみつく様に、今も腕に絡んでらっしゃるあなたに、何か仰りたいことがあるの?」



 リリノアは震えながら、まだワグナーに引っ付いていたのだ。



「これは……、リリノアは知らない人が怖いから、仕方がないんだ!」


「ごっ、ごめんなさい、メリッサ様。

ワグナーお兄様はリリノアのために、舞踏会に連れて来て下さったの。

だから、怒らないでさしあげて」 



 リリノアの今にも泣き出しそうな瞳を見て、ワグナーの心が痛んだ。



「リリノア、ごめんね。大丈夫だからね。

リリノアは悪くないよ」


「あら。

じゃあ悪いのは、ワグナー。あなた?」



 その言葉がワグナーの癇に障った。

 


「確かに嘘をついて、君との約束を急に破ったのは申し訳なかったかもしれない。

だけど今日は偶々、リリノアの体調が良かったんだ。彼女は体が弱いから、いつでも出歩ける訳じゃない。

だから、今日の舞踏会は連れて行ってあげたかったんだよ。

この気持ち、分かってくれるだろ?

責めるような態度ばかりとるのは、やめてくれ」



 善意の気持ちを否定されたワグナーは、不愉快に思った。



「ねぇ、ワグナー。

一緒に出かけても、妹のように可愛い彼女の話ばかり。

私との約束も、妹のように可愛い彼女の為だからと、幾度も破って。

今日は、妹のように可愛い彼女の具合が悪いから見舞いに行くと、嘘まで吐いて。

私のこの気持ち。分かってくれるでしょう? 

不機嫌になるのはやめて頂戴」


「ぐっ……!」



 メリッサに言い返されたワグナーは一瞬言葉に詰まったが、言い返した。



「困っていたり、弱っていたりする、か弱い子を優先するのは、仕方ない、当たり前のことじゃないか! それに妹のように大切なんだ!

僕が助けてあげないとっ!

リリノアは僕を頼ってくれるんだから!」


「ワグナーお兄様っ……」



 リリノアは感動したように、ワグナーを見つめた。

 しかしメリッサとネミロには全く響いてないようで、表情は冷ややかだった。



「そう。

ワグナーはこの先も、私と約束した日に、リリノア嬢が来て欲しいと言ったら、そちらに行かれる?」


「そっ、それは……、リリノアが大変だというならそっちに行くよ。

デートより、困っている人を助ける方が大切だろ?」


「では、

私とリリノア嬢が同じ日に風邪をひいたら。

どちらの見舞いに行くの?」


「メリッサ、頼むからそんな子どもじみた質問をしないでくれ。

どちらの見舞いにも行くさ」


「リリノア嬢が私のところへ行かないでと言っても、来てくださる?」


「それは……」



 また、ワグナーが言葉に詰まり、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 豊かに揺れる蜜色の髪。

 かき上げられた色っぽい前髪。

 胸元から膝辺りまで、生地が体にフィットし、体のラインが強調された黒のドレス。

 肩が出て、胸元もあいたデザインの為、白い溢れんばかりの胸が覗いている。


 ワグナーが回答に詰まったのは、どう答えても角が立ってしまうからだけではない。

 メリッサの美貌を前にし、ここに来て、すぐに手離すのが惜しくなったのだ。


 何も答えないでいるワグナーに、メリッサの黒曜石に似た瞳が、チクチクと突き刺さる。



「はぁー……あなた本当に

『彼女は妹みたいな存在で!』って説明が、

通用すると思ってるの?」



「それは……リリノアと僕は仲が良いけど、本当に兄妹みたいなもので。 

君に余計な心配をかけたくなかったから」


「あなたが私よりも、彼女を優先するんだもの。

疑いたくなるわよ。あなたとリリノア嬢の関係を。

だって、みたいであってあなた達、家族でもなんでもないじゃない」


「だから、僕たちは本当の兄妹のように仲が良くて」


「ねぇ、

本当の兄と妹の関係を、あなたは知っているの?

兄である男は全て、付き合っている女より、妹を優先すると思ってる?」


「ゆ、優先することもあるだろ。勿論……」



 ワグナーは自分の分が悪いことに、薄々気づいてきていた。だから、視線を泳がし、苦しそうに答えた。



「あなたはそう思ってるのね。

だけど私、結婚するなら、私が1番だと感じさせてくれる男が良いの。

私を置いて、他の女を優先させる不誠実な男は駄目。

新しい()を一緒に築く相手よ?

何をおいても、私を優先してくれる相手じゃないと、私は何も預けられないわ」



 そう言うとメリッサは立ち上がった。



「長々と話したけれど、

つまり私達、お別れしましょうってことなの」


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!

これから、やり直す道だってある筈だ!

一緒に考えよ」「遠慮するわ」



 ワグナーの言葉に被せるように、メリッサは断わりを入れた。



「両親の方へは私が説明するから。

あなた、これでお付き合いが駄目になるの何回目?

駄目になった理由が、そろそろ自分にあることを受け入れて、改めたら?

それか……」



 メリッサの視線がスッと動き、リリノアを捉えた。視線が合った瞬間、リリノアは大げさなほど、肩を跳ねさせた。



「リリノア嬢のことを真剣に考えたら?

妹のようであって、本当の妹ではないのだもの。

恋しようが、結婚しようが許される相手よ。

誰よりも彼女を優先してきた事実があるんだから、ワグナーにとってリリノア嬢は、1番大切な存在なのよ。

早くその気持ちを認めてあげたらどう?」



 それを聞いたワグナーとリリノアは、緊張の糸がほどけるのを感じた。

 メリッサの顔が柔らかだったことも、理由にあるだろう。


 許された上に、お似合いだと、2人は認められた気がしたのだ。



「それじゃあ、さようなら」



 メリッサはもうすでに、扉の方へ歩みを進めていた。



「まっ、待ってくれ! メリッサ!

すまない、でも、君のことを大切に思ってたのも本当なんだ! 

今までありがとう!」


「言ったでしょう?

思うだけじゃ駄目。大切だと、そう感じさせてくれる男が良いの」



 振り返り、1つ妖艶な笑みをこぼして、メリッサは部屋を出ていった。


 その笑みで惚けたようになったワグナーだが、鋭い瞳が現実へと引き戻した。

 


「あんたらの不誠実な態度で、メリッサ嬢の時間を浪費したこと。

俺は許してないからな」



 その体格に見合った低く太い声で、ネミロは2人を威圧するように言った。

 まるで今にも食い殺さんと言わんばかりに。


 震える2人を一瞥し、ネミロもメリッサを追い、すぐ部屋を後にした。







❖❖❖❖❖


「んぅ〜!

ようやく片付けが済んだわ。

ごめんなさいね、ネミロ。

今日は急に呼び出したりして」


「……別に」

 

「あなたが来てくれて、とても助かったわ。 本当にありがとう」


「ん……」



 帰りの馬車の中。

 今度はネミロがメリッサに頭を預けるように、もたれている。


 そして、メリッサがゆっくりと優しく頭をなでていると、ネミロの機嫌は徐々に良くなってきた。



「なぁ。

あの2人に対して甘くないか?

もっと俺が報復してやろうか?」


「いいわ、別に。

あの2人、友人以上の距離感なのに、どうして長年くっつかなかったと思う?

恋愛未満の状況を、楽しんでいたのかもしれないけれど……。

リリノア嬢は選ばれることが好きだから

ワグナーみたいな恋人未満のお友達が、まだ沢山いるのよね」



 それを聞いて、ネミロの眉間のシワが深まった。 



「ワグナーの親がリリノア嬢との婚約を進めなかったのは、彼女の秤にかける所を見抜いていたからかしら」


「なぁ。どうして、ワグナーのような男と付き合ったんだ?

前にも、あの女を優先して、振られるような男だったん……だ……ろ……」



 訊ねながら、メリッサの瞳の笑みが深まったのを見て、ネミロは答えが分かった気がした。



「元々別れる気だったのか」



「そうは言ってないわ。 

そうなるかもしれないと、思ってただけで」


「アイツと付き合った理由は……俺か?」



 暫くメリッサは黙ったあと、口を開いた。



「覚えてる? 初めて会った日のこと。

あなたは5歳で、私は8歳になったばかりだった。

ネミロったら、会って早々、きれい。好きだって私に言ったのよ?

とっても、おませさんよね。でも、すごく可愛かった」



 メリッサはネミロの質問に答えず、昔話を話し始めた。


 メリッサにまた年下の弟扱いされたように感じたネミロは、不機嫌になった。



「からかうのはやめてくれ」


「ふふっ。

でも私、本当にあなたが可愛くて仕方なかったの。

いつも私をキラキラした瞳で見るんだもの。

それが嬉しくて……。 

いつまでも、あなたの憧れの女性でいたくなってしまったわ」


「……その結果が、そっけなくしたり、距離を置いたりか?

可愛いと思ってた俺に対して、ひどい扱いだ」



 ワグナーがリリノアを妹のように甲斐甲斐しく可愛がったのとは真逆に、メリッサはネミロを自分から引き離すことで、ネミロに本当の弟のような立ち位置を与えていた。


 もうネミロが10歳を過ぎる頃には、その瞳に自分に対する欲が宿り始めていることを、メリッサは知っていた。

 自分を、憧れの姉以上の気持ちで見ていることは分かっていたが……。

 

 それは、初恋というもののせいで。


 メリッサはネミロの中の自分が、過大評価、美化され、幻想を抱かれているだけな気がしてならなかった。



「メリッサが広い世界を知ってる男は素敵だと言うから、よその国の学園に入学して、卒業までしてきたのに。

帰ってきたら、アイツと付き合ってるって言うし。

そんなに俺に諦めさせたかったのか」



 嫌われてはいないが、距離を置かれるようになって、ネミロは分かっていた。

 この恋心はメリッサにとって、素直に喜んで受け取って貰えるものではないことを。


 それでも、諦める気は全くなく、今も心の中で

 誰が諦めてやるか、ザマーミロと悪態をついていた。



「そうよ。

酷いでしょう? ワグナーのこと言えないくらい。

私、ネミロに幻滅されたくなかったの。

ずっとあなたの、綺麗な思い出の初恋のままでいたかった」



 メリッサが切なそうに、ネミロを見つめた。

 ネミロは体を起こし、馬車の壁にメリッサを押し付けるように近づいた。



「まだそんな風に思ってるか? 

こんなに近くに寄っても許してくれるのは、これもご褒美の範囲に含まれているからか?」


「ご褒美でこんな距離許すと思う?

弟のようだけど、あなたは立派な大人で、他人で、異性なのよ? 

私がこの距離を許す男は、家族になりたいただ1人だけ。

あなたの頭をなでてる時から、私の気持ちは伝わってると思ったけど……。難しいわね」



 照れ笑いを浮かべるその顔と、その言葉に、ネミロは思考が焼ききれるような、熱さと衝動を覚えた。

 その衝動のまま、噛みつくように荒々しく、メリッサの口を塞いだ。

 

 散々自分の気持ちを知っておきながら、線を引いたお返しと。

 何度その針で刺されても、諦めることなく、やっと手に入れた蜜に、自分のものだと主張するように。


 ようやくメリッサが、ネミロの口づけから解放されたあと。



「はぁ……はぁ……ひ、酷い。

いつから食べ荒らす熊になったの?」



 息も絶え絶え、濡れた唇もそのまま。

 それでも年上の威厳が捨てきれないのか、メリッサは少し強がって、大人ぶっていた。



「メリッサに弟じゃなく、男として見られたいと思ったその日から」



 ネミロのヒゲも、鍛え上げられた体も、年下の弟というイメージを消したかったからだ。

 ただ、メリッサに効果があったかどうかは分からない。



「嬉しそうな顔しちゃって。

本当、昔から変わらないわね」



 メリッサはうりうりと、少しだけネミロの片頬を引っ張った。


 いくら、ネミロがゴツくなろうともメリッサにはネミロが可愛く見えるらしい。

 

 ネミロがメリッサに対して、初恋フィルターがかかっていると言うのなら

 メリッサもネミロに対して、幼い頃の少年フィルターがかかっているのだろう。


 ネミロは甘えるように、メリッサの胸におでこを寄せた。



「どうしたの?」



 ワグナーとメリッサは違う。

 ワグナーはリリノアのことを妹のようだと言いながら、その距離は異様に近かった。


 対してメリッサは、これまでネミロに、思わせぶりな態度も、勘違いさせる言動も取らなかった。 


 ネミロがメリッサに、頭を撫でられたのも、手以外に触れられたのも、もうずっと前のことだった。 


 他人同士。ましてや、男女がこれほど密着し、近づくことが許される関係とは、どういう事か。

 ワグナーは知らない。

 メリッサはよく分かっている。



 馬車に乗り、頭を撫でられたあの時から。

 もしくは、演技とはいえ、ワグナーとリリノアと対峙したあの時から。


 メリッサは自分のことを、家族にしても良い相手だと認め、許していたのだとしたら。


 見逃していた事実に気づき、ネミロの口角は上がりっぱなしだった。



「何でもない。

熊はどうあがいたって、蜂蜜が大好物ってだけだ」



 そう答えたネミロに、メリッサは不思議そうな顔をしていた。





 


ー完ー

 

 

 




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