06.学園へ
「その…フェリーチェ様。顔が大変怖いです…。
やはりどこか体調が芳しくないのですか?」
シオンが心配そうな顔でフェリーチェを覗き込む。
今日はいよいよローリエ学園への登校日。
二人は現在馬車で移動中なのだが昨日一睡も出来なかったフェリーチェの瞳は血走っており並々ならぬ迫力が生まれている。
そのためか向かいに座るシオンは朝から常に体調を気遣っている状態だ。
(あぁ…朝日の破壊力が素晴らしいわ…目が痛い)
「大丈夫よ。ただ今日はちょっと勝負の日というか…。少し緊張してしまって…心配してくれてありがとう。」
フェリーチェとしての学園への記憶はあるが真白だった自分には経験がない。この初登校と言っていい状況に加え数日前に経験したあの嫌われよう身構えるなという方が難しい。
ローリエ学園は貴族、平民関係なく実力のある者が平等に入学を許された都市一大きな学園だ。
しかし、平等と掲げてはいるもののやはり平民の生徒の方が少なく権力により貴族が優遇されているため下のものを蔑んでいる場面も珍しくない。
(問題は平民や下級貴族をコケにしている代表的な人物こそフェリーチェということかな…ハハ…)
もうこれだけでも冷や汗ものなのだが…状況はさらに良くない。
権力があるからと講義は上の空、文句ばかり吐くため周りからは迷惑がられ実力もない。比較的味方につけやすい中立な立場を貫いていた真面目な生徒からも嫌われている始末だ。
(…性格も悪ければ学習態度まで最悪だったとは〜…)
真白の学生時代にいたイキり陽キャを思い出す。
本当の陽キャは気が利くいい子なのだ。
うるさいだけの自称陽キャはただのイキり野郎。
フェリーチェの行動、それはまるで自称陽キャのイキり野郎と同じではないかとため息を吐く。
(自分がイキり陽キャになる日が来るなんて…大丈夫!大丈夫よ…!
昨日徹夜で考えたこの計画で関係修復してみせるわ!私はスローライフを送るのよ!)
少しでも気持ちを落ち着かせるために手に持つメモに視線を落とす。
1.人には優しく!常に笑顔で!
2.家のコネは使わない!目指せ学力学年10位以内
3.口は災いの元!悪口なんて言わない!
小学生が書いたのかと思うような内容だがフェリーチェはこの一つもクリアできていなかったため行動を変えるだけでもかなり印象が変わってくると期待したのだ。
___…
どれぐらい時間が経ったのだろう。あれこれ考え気を引き締めたその時、馬車の揺れが止まる。
どうやら学園に着いたようだ。
「シオンいってきます」
覚悟を決め馬車を降りる。するとシオンから何かを手渡たされた。
「こちらをどうぞ。では行ってらっしゃいませ。勝負、上手くいくと良いですね。」
自分に出来るのはこれくらいだと困った表情のシオンは慣れた手つきで飴を手渡す。
「飴…?ありがとう!」
(なんだか飴を貰うのすごく懐かしく感じるな。よし。頑張ろう!)
シオンに見送られながら学園に足を踏み入れる。
フェリーチェは2年生であるため教室は2階だ。
自身の鼓動が徐々に早まっていることを感じながら、とうとう教室の目の前に到着する。
(ついた……)
数回深呼吸し気持ちを落ち着かせ意を決してドアに手をかける。
ガチャ__
「…おはようございます!」
___シーーン
フェリーチェの登場によりかすかに聞こえた話し声が消える。
(あれ急に静かに…私上手く笑えていないのかしら〜…。大丈夫よ。昨日鏡で練習した時は美しい笑顔だったじゃない。)
貼り付けた自然な笑顔を浮かべたままフェリーチェの学園生活が始まった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(私なかなか上手くいってるかも…!)
現在昼休憩。裏庭のベンチでぼっち飯を食べながら午前中の成果を振り返る。
挨拶、笑顔、お礼を意識しクラスメイトと接することで残念ながら疑いの眼差しはまったく晴れていないが目が合っても逃げられず、少しではあるが返事が返ってくるようになったのだ。
創立記念パーティーの時とは大違いの好感触にニコニコと笑顔を浮かべながらパンを頬張る。
(まぁ……まだまだなんだけどね〜)
午後からはどう接するか考え始めていたその時突然切羽詰まった女性の声が耳に届く。
「や、やめてください!いや、手を離して…!」
自分以外に人がいることに驚きながらも視線を向けると薄い桃色髪の女子生徒が男子生徒に腕を掴まれていた。
「あ?なんだよ先輩〜ちょっとぐらい遊びましょうよ。俺将来有望ですよ?」
態度のでかい生徒はそう言うと更に距離を詰める。
(何あの人!どう見ても嫌がっているじゃない!それに年上は敬うべきよ!)
フェリーチェはすっと立ち上がり声のする方へ足を運ぶ。
「嫌がっていらっしゃるではありませんか。しつこい男は嫌われましてよ!」
生徒の間に割入り男の手を掴み振り払う。驚いた男はよろけフェリーチェを睨むがその顔を見るやいなや頬を緩めだらしのない表情を浮かべる。
「へぇ〜お姉さんも綺麗ですね。あなたが遊んでくれてもいいのですよ。」
ニヤニヤと品定めをするような視線に嫌悪感を抱き睨みつける。
「下品な顔に心まで醜いとは…とても見苦しいですわね。目の毒ですわ。貴方みたいな屑を相手する暇は私たちにありませんの。お引取りを。」
(あら結構悪女風、様になっているかも!)
軽蔑の眼差しと共に吐き捨てるように言うと正論に言い返す言葉もないのか男の顔は怒りでみるみる真っ赤に染まり勢いよく拳を振り上げる。
「…お前っ!俺に恥をかかせる気か!少し綺麗な顔してるからって調子に乗るな…!」
「…!?危ない!」
絡まれていた女子生徒の悲鳴混じりの声を他所にフェリーチェは軽やかに拳をかわし近くにあったホウキで男を突き飛ばす。
「…っ!?」
あまりに突然の出来事に2人は息を飲む。
フェリーチェは蹲る男を冷ややかな瞳で見下ろし吐き捨てる。
「私。フェリーチェ・ミラ・ランカスターと申しますの。あなた将来有望?だったかしら。
文句がおありでしたら、いつでも相手して差し上げましてよ?」
「…!?ラ、ランカスター!?!!?」
どうやら男はランカスター家を知っていたのか青い顔をして後ずさりとてつもないスピードで逃げ去っていったのだった。
(ふん、顔はバッチリ覚えたんだから。
…生前私を苦しめていた剣道に生まれ変わって助けられるなんて皮肉ね)
男の後ろ姿をボーッと眺めていると、控えめに女子生徒が声をかける。
「あの……フェリーチェ様…助けていただき…ありがとうございました!!」
素早く女子生徒に振り返り言葉を発そうとするが目が会った瞬間、以前あった激しい頭痛が再び襲う。
(こ、れ…!最初に記憶が戻った時と同じ痛み…!)
再び訪れた激痛に苦しみながら又してもフェリーチェの記憶が流れ込む。
『オリヴィア様!貴方またクロックス様に色目を使って!何様ですの!』
『これだから醜い下級貴族は!貴方にクロックス様は相応しくない!』
『!?大変だ!オリヴィア嬢が階段から…!』
『見て!階段の上にいるのフェリーチェ様じゃなくて?!あの方が突き落としたのよ…!』
(っ…これは!)
どうやらこれはフェリーチェとオリヴィアの記憶のようだ。
『貴方のせいでオリヴィアは今も熱で苦しんでいるのに』
突如以前ジニアに言われた一言を思い出し息を飲む。
「どうかされましたか!?大丈夫ですか?」
ゆっくりと視線を目の前にいる人物に戻す。
薄い桃色髪に澄んだ泉のように綺麗な水色の瞳。
…そこにはオリヴィアが立っていた。