03.出会い
「なんの騒ぎですか。」
凛とハリのある声が響く。
野次馬たちが道を開けたその先から、艶のある漆黒の髪に感情の読めない青玉のような瞳を持つ人物が姿を現す。
彼は先程の記憶に登場した人物の一人で名前はクロッカス・タンザナイト。
この国の第二王子だ。そしてクロッカス自身は大変不服そうであるがフェリーチェの婚約者でもある。
予想していた人物を目の前に体が強ばる。
「はぁ…またフェリーチェ嬢でしたか。今度はどうされたんですか?」
目の前の綺麗な男性は怪訝な面持ちでこちらを見ている。以前は嫌悪していても顔には出ていなかったが、いつからであろう近頃は隠す素振りも見られない。
フェリーチェの暴走はきっと王家の耳にも入っているため婚約破棄が秒読みにでもなったのかと考える。
(私、すごく嫌われてるな〜…声音に表情に態度に…全部から嫌いが伝わってきてますね…)
予想していた反応だが実際に目の前で見るのと記憶で見たとでは違うもので胸が痛む。
(それもそうよね…記憶にある数々の暴挙。正直頭を抱え続けたことだろう。ご苦労様です…。
私でもこんな令嬢とは関わらないだろうしストレスが溜まるのが目に見えています…)
親同士が決めた結婚とはいえ、小さい頃から長年に渡りフェリーチェに耐えてきたであろう目の前の人物の心労を考えると感心を通り越して同情してしまう。
(でもやっぱり私がやった訳では無いのにここまで敵視されるとセンチになりますよ王子…)
「こんにちは。クロッカス様。
お騒がせしてしまい申し訳ありません…。
未熟なばかりに自分の感情を抑えることが出来ず騒ぎを起こしてしまいました。反省し今後は身の振り方に気をつけてまいります。」
優雅な流れで深々と頭を下げる。フェリーチェの時の記憶のおかげか気になっていた所作は完璧だ。
体が覚えているとはこのことか。幾分か心が楽になりホッと胸を撫で下ろす。
(………あれ?)
フェリーチェの謝罪により周囲が静まり返る。自分が何か粗相をしてしまったのか急に不安になりゆっくり周囲を見渡すと…
そこにはフェリーチェの突然の変わりように人々が目を丸くしていた。
(あ〜。当然の反応かも〜)
「おい…今の聞き間違いか?」
「あの暴君令嬢が謝ったぞ…」
「しっ……!聞かれるよ…」
一瞬の静けさの後、今度は周囲にどよめきが広がる。面白がる者、自分の耳を疑うもの、次は何を企んでいるのか探る者、反応は多岐にわたった。
しかし周囲の反応とは裏腹に目の前にいるイケメンは相変わらず氷のように冷ややかな目をしたまま無言でフェリーチェを見つめ続けている。
(あ、これ絶対信用していない目だ)
正直ここでフェリーチェが何を言おうと弁明はできないだろう。フェリーチェが令嬢に暴力を振るった事実は変わらないし、記憶がはっきりしないまま会話を進めるのは得策では無い。
一度クロッカスから視線を外し今度はジニアの方に向き直る。
「ジニア様、貴方にも大変失礼な態度を申し訳ございません」
まさかこちらに話を振られると思っていなかったのかジニアはポカンと面食らった表情となる。
頭の処理が追いつかないのか数秒ほど沈黙が続きはっとしたように慌て出す。
「あ、謝って済むことではないです…!!」
(ですよねー…)
「許されぬことは理解しております。ただ今までのことを謝罪したかったのです。」
その言葉を聞いた途端、ジニアはグッと下を噛み締める。
「…今更……っ謝罪は受け入れます。しかし許しません。貴方のせいでオリヴィアは今も熱で苦しんでいるのに…私はこれで失礼いたします」
そう言い残すとジニアは足早にその場を後にしてしまう。その表情は悲痛に歪められチクリと心が痛くなる。
(…オリヴィア?やっぱり思い出せない…この話が終わったら探ってみよう…)
「今度は何を企んでいるのですか」
「え?」
ジニアの後ろ姿を眺めていると、ずっとことの成り行きを見守っていたクロッカスが口を開く。
その目は今も変わらず冷めており真意を見抜くかのように深く何の感情も読み取れない。
(うーん。どう返事しよう。いきなり別人格と切り替わりました。今までの私とは違います!なんて言っても誰も信じないでしょうし…。)
「何も企んでなどおりません。今までの自分の行いを恥、見つめ直した次第にございます」
意を決して言葉を続ける。
「今までのあれでは疑われるのも仕方がありません。ですがこれからは心を入れ替え努力します。どうか私にチャンスをいただけないでしょうか!お願いします!」
一礼後、真っ直ぐクロッカスの瞳を見つめ返す。
「正直に申し上げるが信じられない…これが私の考えです。それに…何も感じない人に努力されても迷惑です。
貴方への期待は…もう捨てました…。どうか今後は騒ぎを起こさず静かに学園生活を送ってください。私とも必要最低限の会話で結構です。
では失礼します。」
そう言い残すとこれで終わりと言わんばかりに背を向ける。クロッカスの瞳が悲しみに揺れるが一瞬の出来事であったため誰にも気づかれることは無かった。
(最後まで冷たい目をしていたな。)
すぐには信じられないだろうが失った信頼は少しずつ行動で示していく他ない!!
それに今日の王子は冷たい人物であったが記憶の中の彼はもう少し優しく客観的に物事を見れる人物であった気がする。きっといつか分かり合えるだろう。
そう淡い期待を抱きながらフェリーチェもその場を後にしたのだった。