第7話 魔法、ぶつかり合うも……
まさかの「何か食わせろ」というエリステアの予想外の発言に、明人は某喜劇の如くズッコケた。そんな明人を見てエリステアは怪訝な顔をしている。
「エリステア! あなた、図々しいにも程がありますよ!? アサギリ殿だって、驚きのあまりに言葉が出ていませんよ!!」
(せ、聖剣士ソフィア様!!)
庇い、護ろうとしてくれるソフィアの真っ直ぐな態度に、明人は感服した。今の彼の目に映るソフィアは、女神のように映っているかもしれない。
「腹が減っては、魔法は使えないだろう。お前こそ、良い子ぶるなよ? お前もドラヤキをあっという間に平らげた。この世界の食べ物に大いに興味があるのは、同じだろう?」
「ななな、何を言っているんですか!! べべべ、別に、私は『もっと他のお菓子も食べたい!』とか『美味しい肉料理もあるのかな?』とか思ってません、絶対に!!」
「いや、思いまくってるでしょ!!」
分かり易過ぎる、典型的なソフィアの態度を見た明人は、心の声を外へ漏らしてしまった。
「美味かったな。満足だ。この世界のパンはとても柔らかい。あの触感が気に入った」
「私も、とても気に入りました。使われていた調味料も、私たちの世界では味わえないものでしたね」
「どうも」
異世界からの客人二人の頼みを断り切れず、明人は仕方なく食事を振舞った。食パンやハム、チーズ、トマトやレタスといった材料が残っていたため、明人はサンドウィッチを手早く作った。一人暮らし歴二年の明人。それくらいの料理など、造作もなかった。
「この世界にもパンがあったのは面白い。世界はまるで違うというのに、同じ穀物から同じ食品が作られるというのは、興味深いな」
「ええ、俺も驚きました」
エリステアたちが住む世界と、明人の住む世界。全く異なる世界であっても、共通点があったこと。不思議と、明人は親近感を覚えた。
「満足だ。では、始めるか。案内してくれ」
「ええ、そうですね。アサギリ殿、ご馳走さまでした」
「行きますか」
食事を終え、しっかりと腹が膨れた二人は、今度こそ、自分たちの世界へと戻る。エリステアとソフィアはグイっとお茶を飲み干すと、明人の案内に従って浅桐家を出た。
浅桐家を出て歩くこと三十分。三人が到着したのは広い平原。花木が生い茂り、緑にあふれた平原。ここがエリステアとソフィア帰還の舞台になる。
「これくらいの広さがあれば問題は無いだろう。お前は離れていろ」
「はい」
エリステアが明人に目配せをし、退避を促した。
「アサギリ殿、短い時間でしたが、お世話になりました。食事、とても美味しかったです」
「そうだな。貴重な経験だった。礼を言おう」
明人は彼女たちの指示に従い、その場から離れた。途中、ソフィアの「エリステアが人にお礼を!?」という驚愕の声が辺りに轟いた。
「準備はいいな?」
明人が充分に離れたのを見計らい、エリステアはソフィアに声を掛ける。
「勿論です。アサギリ殿が作ってくれた食事のおかげで元気満タンです! 勿論、魔力だって!!」
ソフィアが胸の前で拳を握ると、それまでの緩い雰囲気は嘘のように吹き飛んだ。
「うっ!!」
二人から発せられた気迫や闘気が明人を襲う。地球に棲む平凡な人間に過ぎない明人でも、それらを感じ取ることができた。異世界の住人がそれほど強力な力を持っていたという証明だろう。
(俺、あんなヤバい人たちにデコピンぶちかましたけど、大丈夫だよな? 一発報復とか無いよな? でも、もう帰るから大丈夫か……?)
極めて友好的に接することができていたとはいえ、やはり、明人から手を出した事実に変わりない。改めて明人は戦慄していた。
「……さあ、全力で行くぞ」
「望むところ! あ、炎熱系の魔法は無しですよ?」
「馬鹿にするな。それくらい分かっている……『スターライト・ブラスト』」
「それなら結構です! 『ライトニング・ブレイカー』!!」
二人が放った魔法の衝突は、裏庭でやり合った時とは比較にならないほどの衝撃を生む。たまらず、明人はズシンと尻餅をついてしまった。
(こ、怖えぇ!!)
浅桐家でこのレベルの魔法合戦が行われなかったことに心底安堵した明人。二人が気絶から覚醒した直後で寝惚けていたことは、幸運であったのだ。
エリステアとソフィアの二人が互いの魔法をぶつけ合い、その魔力の奔流が周囲に確実に影響を与えている。旋風が砂を巻き上げ、地面にはヒビが入り、草木は折れて吹き飛ぶ。天変地異でも起きたかと錯覚するほどの現象。世界を滅ぼすと勘違いしてしまうような、そんな現象も、一、二分程度で収まった。明人にとっては何十分にも感じられた地獄のような恐怖の時間は終わりを迎えたのだ。
「うええ、口に砂が入った。や、やっと終わった……」
砂を吐き出しながら、辺りを見回す明人。木々の枝は折れ、地面も抉られている箇所がある。予想を上回る環境破壊。ただ、火災は起きていない。二人が約束を守ったことに、明人は安堵した。
(火事になってなくても、この有様だ。流石に騒ぎになるだろうな。早いとこ、ここから離れるか)
轟音を響かせ、周囲の自然に小さくはない影響を与えた異世界人の魔法。滅多に人が訪れない穴場スポットではあったが、この惨状が露見するのも時間の問題だ。面倒事に巻き込まれないように、明人は早々に立ち去ることを決めた。
(いやあ、異世界や魔法だなんて、誰にも信じてもらえないような凄い経験をしたな。大学生活で、いや、一生で一番の思い出にな、る……か……)
ふと、エリステアとソフィアがいたはずの場所へ目をやった明人は、その目を大きく見開き、その目を何度も擦り、ある場所を見た。
「えっ!? これ、デジャヴ……?」
つい一、二時間前に、祖父宅の裏庭で見た光景と違わぬ光景を再び目にした明人は小さく呟いた。そこには、異世界の魔女であるエリステアと、異世界の聖剣士であるソフィアの二人がうつ伏せで倒れているのだ。
いつもご覧いただきありがとうございます!