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第6話 優先されるは食欲

「ああっ! エリステア! それは私の分のお菓子ですよ!!」

「なんだ、欲しかったのか。一向に食べないようだから、不要だと思った」

「遠慮していただけですっ!!」


 異世界の存在に大きな衝撃を受けている明人を尻目に、たかだかどら焼き程度で喧嘩を始めてしまう魔女と聖剣士。緊張感に欠ける異世界人をジッと見つめた明人は席を立つと、ソフィアのために新しいどら焼きを用意した。


「ソフィアさん、どうぞ」

「アサギリ殿! いいのですか!?」


 自分の分のどら焼きをエリステアに食べられてしまい、涙目になっていたソフィアは、花を咲かせたような笑顔を見せた。美人中の美人であるソフィアの笑顔に、明人はドキリとした。


「ま、まだありますから」

「ありがとうございます!! この御恩は一生忘れません!!」

「そんな大袈裟な……」


 夢中でどら焼きを食べ始めるソフィアを見て、明人は思わず笑みをこぼした。異世界の聖剣士という存在も、蓋を開ければ、お菓子一つで一喜一憂する普通の女の子であることを実感している。


「うん、妾ももう一つ」

「エリステアさんはダメですね。食べ過ぎです。一人でどら焼き四つって」


 エリステアの要求を突っぱねる明人。この世の終わりとでもいうような絶望を浮かべるエリステアは、親の仇でも見るかのようにソフィアを睨み付けた。


「ドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキドラヤキ……」

(怖っ!! エリステアさん、怖っ!! ってか、この人って魔女なんだよな? 呪いとかかけたりするんじゃ……)


 呪詛を唱えるエリステアへ意識を向けないようにしながら、明人はソフィアに話を切り出した。


「で、お二人はこの後、どうするんですか?」


 成り行きで茶や茶菓子をご馳走したのはいいものの、異世界から来たという二人の去就が気になるのは当然だろう。


「迷惑を掛ける訳にはいきませんからね。それは勿論、元居た世界に帰りたいと思います」

「ヤキドラヤ……そうだな。異世界というのも興味深いが、のんびり観光をしている場合でもない。それに、この世界にとっては異物でしかない妾たちは早々に立ち去った方がいいだろう。どんな影響があるか、想像できない」


 明確な帰還の意思。それが二人にはあることが判明した。しかし、明人には大きな疑問がある。


「……それで、帰る手段は?」


 偶発的に世界を渡ったという分析をしたエリステアとソフィア。いくら自分の世界に帰る意思があろうと、それが実行できるかどうかというのは別問題だろう。


「簡単なことだ。妾たちが魔法を放ち、魔力をぶつけあって世界の境界を破る。こちらに来た時の状況を再現すればいい。幸い、妾たちが此処に来てからそれほど経っていないからな。二つの世界の結びつきもまだ薄れてはいないはずだ。魔力の痕跡を辿って、元来た道を戻るだけだ。さらに別の世界へ再び放り出されることもないだろう」

(流石は魔女だ。難しいことはよく分からないけど、何か説得力があるな)


 自信たっぷりに考えを述べるエリステアの横で、ソフィアは腕を組み、一人でうんうんと頷いている。


(あ、聖剣士のソフィアさん的には専門外のことっぽいから、エリステアさんの言う通りにするしかないんだ……)


 明人の予想通り、聖剣士であるソフィアは魔法にそれほど詳しいわけではない。あくまでも魔法を使えるだけで、細かな仕組みや原理に明るくはない。


「さて、この辺りに広くて人気の無い場所はあるか?」

「広くて人気の無い場所、ですか?」


 エリステアに尋ねられ、首を傾げる明人。彼女が何故、そのようなことを訊いたのか分からない様子だ。それを感じ取ったエリステアが言葉を続ける。


「先程の小競り合いが可愛く見えるほどの魔法をぶつけ合う必要がある。こんなところでやれば、間違いなくこの家は衝撃で吹き飛ぶ。無論、お前も死ぬぞ? 故に、なるべく周囲への被害が出ない場所を使いたい」

「エリステア、意外と配慮ができるんですね」

「何を言っている!? 妾を鬼か悪魔か何かだと思っているのか!?」

(へえ、異世界にも鬼とか悪魔っているんだ。まあ、とりあえず、安心したわ)


 再び口喧嘩を始めたエリステアとソフィア。その横で明人は、二人が場所を変えて異世界への帰還へ臨むと聞き、安堵していた。世界を渡るほどの激しい魔法の衝突など、到底させられない。


「えっと、この家の裏手にある小さな山を越えると、滅多に人が来ない平原のような場所があります。一応、爆発して山や森が燃えるとかは勘弁してもらえると嬉しいんですけど……」

「ふむ。要は膨大な魔力がぶつかればいいだけだ。火系統やそれに近い魔法を使わなければいい。余波で周囲の木々がなぎ倒されるくらいのことは起きるかもしれんが、それくらいは仕方ないだろう。許せ」


 明人は小さく頷き、エリステアの提案を呑んだ。いや、呑まざるを得なかった。自然破壊は不可避。異世界からの転移者を元の世界へ戻すには許容すべき犠牲かもしれない。「おれに決定権を委ねられても!?」と、明人は内心では動揺しているが、今の状況では仕方ない。


「決まりだな。では早速――」


 エリステアは立ち上がると、明人を真っ直ぐ見据えた。


「この世界の美味いものを他にも食べさせてくれ。ドラヤキの美味さから想像するに、大きく期待できる」


 元の世界では高名な魔女であるエリステアは、食欲を優先した。


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