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第5話 来客にはもてなしを

 浅桐家の居間に、身綺麗になった不審者二人を招き入れた明人。得体の知れない、人間かどうかも分からない存在を家に入れるなど、普通は有り得ない。しかし、明人は目の前で“魔法”という、非現実的な事象を幾度も目撃した。それによって彼の感覚は、大きく狂ってしまったのだ。不審者二人が居間でくつろぐことも、明人にとっては些細なことだ。


 感覚が麻痺した明人は、椅子に腰かけてテーブル越しに無言で睨み合う女性二人にお茶と茶菓子を出そうとまでしている。


「どうぞ。お茶とお菓子です」

「気が利くな」

「あなたは! 少しは慎みなさい! お気遣い、感謝します」


 すぐに茶菓子に手を伸ばしたのは銀髪の女性。金髪の女性の小うるさい注意など、右から左だった。既に明人が用意した茶菓子は彼女の口内にある。


「ふむ! これは美味いぞ! こんな甘味、今まで食べたことがない!! この甘味は何というのだ!?」

「ど、どら焼きです」

「ドラヤキ!! 気に入った、ドラヤキ!!」


 夢中でどら焼きを頬張る銀髪の女性を見て、金髪の女性はわざとらしい大きな溜息を吐いた。


「……こんな人は無視して、まずは自己紹介を。私の名前は『ソフィア・アーク・ナギール』。サイフィス王国騎士団所属の聖剣士です。ソフィアとお呼びください」

「浅桐明人。学生です。一応、この家の管理者です」


 丁寧に話す金髪の女性――ソフィアに倣い、明人も自己紹介をした。


「アサギリ殿……でよいでしょうか? 先程は失礼しました。目覚めた直後で意識や思考が曖昧だったとはいえ、周囲を顧みない、急な戦闘行為。迷惑を掛けました。改めて謝罪します」

「驚きはしましたけど、幸い、家にも俺にも被害は無かったし。まあ、いいですよ。その、俺の方こそ、すみませんでした」


 頭を下げるソフィアを見た明人は、その頭を上げさせた。デコピンとはいえ、二人に手を出したのは明人の方だ。今度は明人が頭を下げている。


「いえ、見知らぬ者があなたの邸宅内で勝手に戦闘を始めたのです。混乱も怒りも当然でしょう。本当に申し訳ありませ…………いつまでお菓子を食べているのですか!? ほら! あなたも名乗って謝りなさい!!」


 ソフィアは、未だにどら焼きに舌鼓を打つ銀髪の女性を叱りつけ、無理矢理自己紹介をさせる。


「……偉そうに。妾の名は『エリステア・マウアーリ』。フレクシオ公国に身を置いている魔女だ。うん、この茶も美味いな」

「魔女……?」


 魔女と名乗るエリステアの風貌は、まるで御伽話に出て来るお姫様のそれだった。明人が描く魔女の一般的なイメージとかけ離れていたため、声が出たようだ。


「うん? どうした?」

「いえ、想像と違ったもので」


 それが気になったエリステアは明人に詳しく理由を尋ねると、「黒い三角の帽子にローブ? 箒で空を飛ぶ? 高く長い鼻? 何だ、その馬鹿げた空想は!? 面白いことを言う!」と言って笑い倒した。


「エリステア。そんなことより、状況の整理をして情報交換をしましょう」


 ソフィアは、腹を抱えて笑うエリステアに呆れたらしい。キッと、お気楽なエリステアを睨み付けた。


「ああ、そうだったな。アサギリと言ったか。まずは妾たちの話を聴け。質問は後回しにして、な」


 そう言って魔女エリステアが淡々と話し始めた。それまでとは打って変わって、真面目な表情だ。彼女の話を補うように、時折、聖剣士ソフィアも口を開く。明人は言われた通り、一切口を挟むことなく、二人の話を聴くことに徹した。







(魔法と剣の世界? 魔物? テリオム大陸? 邪龍退治? 国家間の対抗試合? 信じられないけど、信じるしかないもんな。 『よく頑張って設定考えましたね! 最近の海外のコスプレイヤーさんは凄いですね!!』って言いたいよ……)


 二人から与えられた情報に混乱する明人。普通は受け入れられない、荒唐無稽な話だが、明人は魔法を実際に見ている手前、彼女らの話を信用するしかない。


「え~、二人は国同士が行う対抗戦なる催しで、各国の代表として試合をしていて、その戦いの最中に二人とも大技を使った。次の瞬間には大きな閃光と衝撃に呑まれて、気が付いたらウチの裏庭で倒れていた。で、目が覚めてお互いの顔を見たら、とりあえず決着を付けなければと思って戦いを始めてしまったと。まとめると、こんな感じですかね?」

「ええ、相違ありません」


 明人の解釈に、ソフィアが申し訳なさそうに首肯する。


「思い返せば、あの時、青白い光に満ちた広い道のような場所を通ったな。いや、正確にはその中を飛ばされていたか」

「ええ、私も憶えています」

「光の道。目が覚めると見知らぬ場所、ウチの裏庭に……。う~ん、異世界転移?」


 明人もそれなりにサブカルチャーを嗜む。その手の漫画やアニメを幾つか知っているため、“異世界転移”という結論は容易に導けたため、無意識にその言葉を口にしていた。


「なかなか鋭いな。恐らく、妾たちの放った魔法が原因だ。強大な魔力の衝突が空間に歪みを生み、世界の境界を破壊したのだろう。最も近くにいた妾たちがその歪みに引き寄せられ、こちらの世界に放り出されたと考えられる」

(え、当たり?)


 明人は、何となく放った言葉がエリステアによって肯定されたことに驚き、自然と後頭部を掻いている。


「ただの空間的な転移も考えられますが、建造物や風景など、多くのものが私たちの知っているそれとはかけ離れています。例えば、この天井に付いている灯り。こんなもの、私たちの世界では見たことがありません」


 ソフィアはそう言って、天井の電灯を指差す。エリステアも電灯に視線を映した。


「妾の知る限り、魔道具でもここまで綺麗な光を安定して放つものは存在しない。この世界に魔法など存在しないと言うお前が妾たちの魔法を見て驚くように、妾たちもあのような器具の存在に驚いている。ああ、このドラヤキにもな。世界を渡ったと考えるのは必然だろう」


 小さく息を吐いたエリステア。どら焼きを再び口に運んだ彼女のそれまでの真剣な表情は、嘘のように崩れている。


(異世界転移したっていうのに、どら焼きが優先!? ていうか、美味そうに食べるなぁ、この人。まあ、それはいいとして、驚いたな。ああ、驚き過ぎたわ。本当に、本当なのか……?)


 早い段階で異世界という単語が頭を過っていた明人だったが、それを少しは否定したいという気持ちがあった。あまりに現実離れしている出来事の数々に夢でも見ているかと考えたが、エリステアとソフィアと話をすることで、異世界という存在が確かであることを彼は受け入れざるを得なくなった。



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