第3話 不法侵入者
鬱陶しかった雨が漸く止み、雲の隙間から日の光が差し込んで来たところで、明人は裏庭に出た。
「あ~あ、やっぱり。俺の馬鹿……」
数時間前、ゴミ袋にむしり取った雑草を詰めた所までは良かったが、そのゴミ袋の口を縛ることはせず、そのまま裏庭に放置していた明人。そこに大雨がやって来たのだ。当然、袋の中には水が溜まり、バランスを崩して横倒しになっている。そして、雑草は泥を伴いながら袋の外へと溢れ出ていた。
「せめて納屋の中に放り込んでおけば良かったか」
漸く雨が止んだというのに、要らぬ掃除の手間が増えたことで項垂れる明人は、溜息を吐きながら作業に取り掛かる。その時、明人は初めて裏庭の異変に気が付いた。
「は?」
視線の先に何かがいる。犬猫のような動物ではない。確かに人が二人、泥塗れになって倒れているのだ。家の敷地内に人が倒れているなど、とても普通の出来事ではない。
「嘘だろ!? 何で!? 不法侵入!? 強盗!? 新手の訪問販売!? いやいや、そんな馬鹿な!!」
気が動転した明人だったが、自分で自分をツッこむくらいの冷静さは取り戻した。そして、様子を窺うべく、恐る恐る倒れている人のもとへ近付いていく。
「何だよ、これは」
倒れていた人間は二人とも女性だと思われた。うつ伏せになっているため顔を拝むことはできないが、全体のシルエットなどから女性だと推測できた。
「一一〇番? 一一九番? いや、一一七番か!?」
女性が二人して他人の家の庭で倒れ込んでいる異常事態に再び混乱する明人だが、彼を混乱させる要素がもう一つあった。
「レ、レイヤー……?」
二人とも、到底、普段着と言えるような服装ではなかったのだ。水に濡れ、泥にも塗れているが、その判断は簡単だった。
一人は腰まで届く銀髪で、幾つもの装飾を施された真っ黒なドレスを纏っている。そして、もう一人は金髪をポニーテールに纏め、西洋の騎士を彷彿とさせるようなゴツイ鎧を身に着けているのだ。また、二人の近くには、漫画やアニメで見たことがあるような木製の杖と、銀を基調としたレイピアのような物まで落ちている。これらの材料から、明人は彼女らをコスプレイヤーだと判断したのだ。
「もしも~し。どうしましたか? だ、大丈夫ですか~?」
二人のコスプレイヤーが祖父宅の裏庭に迷い込んだ理由までは分からないが、地に突っ伏して動かない以上、意識を失っている可能性が充分にある。そんな非常事態を看過することができない明人は二人の意識を確認するために声を掛け続けた。
「ン、ン……」
「ウウッ」
明人が何度か呼び掛けると、二人のコスプレイヤーはほぼ同時に目を覚まし、呻き声を上げながらゆっくりと起き上がった。
(起き上がった! 良かった! え!? 外国の人!?)
コスプレイヤーは二人とも目鼻立ちが非常に整っており、瞳の色も異なり、日本人のそれとはかけ離れていた。海外のモデルかと見間違うほどの彼女らの美貌は、泥に塗れて汚れていても隠し切れないらしい。
「え、あの、大丈夫ですか? 良ければ救急車でも呼びますけど。場合によっては警察も……って、言葉通じる?」
二人に改めて声を掛けた明人。倒れていた二人の体調に配慮するが、それ以上に自分の安全にも配慮している。警戒した明人は必要以上に二人に近付かない。
覚醒して間もない二人は少しの間、呆けていたが、明人の存在に気付いた彼女たちは彼の方を向き、大きな声で何かを訴えた。
「“#$%<?*‘’&%$」
「|=‘+*@#$」(“#」
「やっぱり言葉通じない! で、何語!?」
何を言っているのか、全くもって理解できなかった明人だったが、義務教育の頃から学んでいた英語ではないこと、大学の授業で選択して学んだ中国語ではないことだけは理解できている。訝しむ明人を見ていた女性らは、ゆっくりと首を動かし、お互いの顔を見やった。
「=‘*?」%&’($$#“!!」
「“#&‘~‘>*‘=」$%&!!」
「だから何語だよ!?」
使っている言葉は相変わらず不明でも、二人が言い争いのようなことをしているのは明らかだ。明人が大きめの声を出した途端、二人の女性は互いに距離を取り、地面に落ちていた杖と剣を回収して構える。
「$%+>~=」
次の瞬間、銀髪の女性は手に持った杖を振るった。すると、彼女の周囲にボーリングの球くらいの大きさの火の玉が幾つも現れる。生み出された火の玉はフワフワと彼女の周りを漂い、浮いている。
「は?」
手品でも使ったのか思うほど、綺麗な火の玉の出現に明人は目を皿のように丸くした。銀髪の女性が杖を前へ突き出すと、火の玉が金髪の女性目掛けて勢いよく射出された。
「=‘*;@$&!!」
これに応じるかのように金髪の女性は手に持ったレイピアを突き出した。すると、そこから放水車顔負けの水流が勢いよく放たれた。衝突する火と水。互いに打ち消し合い、それらは消滅する。
「はああ!?」
有り得ない光景に、明人の開いた口は塞がらない。このままだと、顎が外れる可能性すらある。そんな明人のことなどお構いなしに、コスプレイヤーの女性二人は不思議な戦いを続けている。火や水に留まらず、風や雷なども起こしたり、杖とレイピアで鍔迫り合いを繰り広げている。
「……杖で近接戦闘? いや、そんなことより、全部滅茶苦茶だ」
この非現実的な光景を黙って見つめている明人だったが、一つだけ確かな現実を理解していた。それを理解した途端、明人は黙っていることができなかった。
「アンタら――」
明人は、恐怖心など忘れて勢いよく一歩踏み出す。
「死んだじいちゃんの自慢の裏庭でぇ――」
明人の表情は険しく、怒りの感情が込められている。未だ鍔迫り合いを続ける二人の間に割って入り、彼女たちそれぞれ額に手を近づけた。右手も、左手も、中指は丸められ、親指で強く固定されている。
「何してくれてんだああああ!!!!」
反動をつけて勢いよく中指を弾かせる明人。所謂、“デコピン”を不審人物二人に炸裂させたのだ。