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第2話 大荒れ天気

「あ~、暑いなあ、もう!」


 裏庭の片隅で草むしりをしていた青年は、空に向かって一言呟いた。


 季節は既に夏。七月も半ばだ。気温はぐんぐん上昇しており、少し外に出ているだけで汗が滲み出る。草むしりでもしようものなら、滝のような汗が流れ出てしまう。


「よ~し、今日の分はもう終わり!」


 青年――浅桐明人(あさぎり あきと)は区切りの良い所で作業を中断した。無理をして続けて熱中症にでもなれば一大事だ。明人は抜き取った雑草をゴミ袋に詰めると、「続きはまた明日だな」と言い訳をするようにしてゴミ袋をそのまま脇へどけた。


(シャワーでも浴びて、昼飯にでもしようかな)


 首に巻いたタオルで汗をぬぐった明人は、昼食の献立を考えながら勝手口の扉を開けた。




 シャワーを浴びてしっかりと汗を流し終えた明人はすぐに昼食の調理に取り掛かった。調理と言っても、スーパーの特売で購入したそうめんを茹で、薬味とめんつゆを用意するだけである。簡単で手早くできることが明人にとっては重要らしい。


(やっぱ、夏はそうめんに限る)


 明人はズルズルと音を立てながら、そうめんを胃の中へ流し込んだ。




 浅桐明人は地方の大学への進学を機に、祖父の家で暮らしている。正確に言うなら、今は亡き祖父の家で一人暮らしをしている。


 数年前に明人の祖父は亡くなり、明人の父がこの家を相続した。明人の父にとっては生家だ。思い出ごと手放すのは憚られたのだろう。ところが、相続したのはいいものの、実際には手入れのために年に数回ほど家族で訪れる程度で、家が家として機能しているとは言い難かった。ただただ維持費を重ねるだけの状況に、明人の父親ら親類は頭を悩ませた。


『勿体ないから俺が住むよ。丁度、行きたい大学から近いしさ。下宿的な感じで』


 当時高校三年生だった明人は、自分が祖父の家に住むことを提案した。明人が志望する大学は偶然にも祖父宅から近く、良い下宿先と成り得たのだ。家賃は不要で、最低限の家具家電も揃っていることも魅力だったが、何より、「じいちゃんの家を放っておくも可哀想だ」という明人の想いを受け取った明人の父は、彼の意見を承諾。志望校合格への道を徹底的に応援した。


『受かったよ、じいちゃん。これからよろしくね』


 そして、明人は無事に受験を突破し、亡き祖父が遺した家に住むことになったのだ。明人のこの家での生活は、今年で三年目を迎えている。




(もうすぐ夏休みか。バイトのシフト出さなきゃな。その前にテストだけど……)


 七月も下旬となり、大学の講義も残り僅か。期末試験を乗り越えれば夏休みがやって来る。そうめんを平らげた明人は食器を片付けると、試験勉強を始めた。


(んあ?)


 試験勉強を始めて二時間程が経過したところで、明人は外の異変に気付いた。ゴロゴロと大きく、鈍い音が響いて来る。窓を開けて外を覗くと、空は灰色に染まっており、先程の晴天は見る影も無い。雨が降る前の、特有の土の匂いが漂った。


「これ、もうすぐ来るなあ」


 明人は急いで洗濯物を取り込んだ。一人暮らし故に、それほどの量は無いため、すぐに終わる。明人が洗濯物を取り込んだその直後、大きな音を立て、勢いよく雨が降り始めた。


「セ、セーフ!!」


 バケツをひっくり返したどころか、浴槽をひっくり返したと言っていいくらいの雨だ。タイミングの良さに思わず声が出ている。


(今日が土曜日で良かったよ。大学の授業がある時だったら、洗濯物は間違いなくパーだな)


 夏の天気は変わり易い。偶々、在宅だったために洗濯物を未曽有の危機から救い出すことができた。この運の良さを明人は喜んだ。


 明人は取り込んだ洗濯物を綺麗に畳み、衣装ケースにしまうと、試験勉強を再開した。しかし、激しい雨音や雷の轟音が著しく明人の集中力を奪っていく。イヤホンを耳栓代わりに装着したがあまり効果は期待できない。


(あ~、うるせええ!! 集中なんてできやしない!!)


 おもむろに立ち上がった明人は、八つ当たり気味にテキストを床に投げつけた。外の騒音にも限度があると考えた明人は勉強を中断し、集中力などに作用されない、他の作業をすることにした。




 「通り雨だろうからすぐに止む」と考え、時間潰しに部屋の掃除を始めた明人。時折聞こえる雷の音にビクつきながらも熱心に掃除機をかけ、戸棚の上などのホコリも丁寧に掃う。ついでに風呂やトイレの掃除も済ませ、何だかんだで、二時間は掃除に没頭していた。


(ふう、こんなもんか。ってか、まだ雨止まないの!?)


 外の様子を見た明人は肩を落とした。一向に止む気配のない雨は、明人の試験勉強に対するモチベーションも洗い流していくようだ。完全にやる気を失った明人はベッドに飛び込み、だらけることにした。


「……メチャクチャ降ってるじゃん」


 ベッドの上でゴロゴロすること一時間。スマートフォンを片手に暇潰しに興じていたが、やはり、騒音が邪魔をして集中し切れない様子だ。明人が大雨にウンザリとしていたその時、「バリバリッ!!」という、今日一番の雷の音が大きく響いた。


「ええっ!? 音、デカ!?」


 明人はベッドから飛び起き、家中の窓という窓から外の様子を確認した。見える範囲に異常はない。停電もしていないことから、生活に差し障るような問題が起きていないことは理解した。


(あ~、ビックリしたぁ~)


 とりあえず安全らしいことが判った明人は、安心しながらゆっくりとベッドへ腰を下ろした。


「いい加減、早く止んでくれないかな」


 明人の願い通り、じきにこの雨は止む。少しずつ雨の勢いは失われ、その音も弱まっていく。これが、明人の運命を動かすカウントダウンだった。


とりあえず、もう1話です。

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